(あの日)起こった事

16、宝珠、七色、春が失ったもの1

宝珠は言った。

母親を殺したのは自分だ、と。

だから私がお金を稼がなくてはならない、と。


春は言った。

母親やみんなの代わりにならないといけない、と。

だから私が家族を守って見せる、と。


七色は言った。

母親に会いたい、と。

だから私は良い子じゃ無いと駄目だ、と。


俺はその姿を見ながら.....俺自身も前に踏み出した。

この家の全員から俺はもの凄い等と言われているが。

そんな事はない。


ただ単に与えられたものを.....返しているだけなのだが。

そのつもりでやっている。

考えながら.....俺は天井を見上げる。


しかし.....何故だろうか。

そのせいなのか全員が俺に向いて来るのだ。

優しく見守ってくれる。

与えられたものを返す俺だが.....流石に限界が出てきた。


「.....だから悪い気はしない.....か」


俺の人生は。

悪い奴らも居た。

最低な奴らも居る。

だけどその中でも.....俺は泥沼を抜け出し。

死体だらけの世界から前に進もうとしている。


だが手は離れてない。

俺はその事にもいつか立ち向かわなくてはならないだろう。

考えながら.....俺は目の前の参考書を読む。

購入したものだが.....。

俺は参考書を見つめる。


「.....やれやれ。思い返せばかなり大きなものを背負っている。それに俺は何故こんなにも複雑な感情を抱いているのか.....」


「それはですね。私達に恋をしているって事ですよ?」


「.....お前は本当に何時もノックも無しに入って来るな.....七色.....呆れるんだが」


「だって私の家ですから」


「.....それは関係無いだろう。お前は俺の部屋に来るのが好きなだけだろう」


もー!、と七色は頬を膨らませる。

それから腕をブンブンと振り回してくる。

その様子を見ながら.....額に手を添える俺。

だが何だか今回は違った。

俺はその様子に少しだけ目を丸くする。


「でも良いです。それが私の好きな一真さんですから」


「.....あのな。俺はお前とは付き合えないと言ったぞ。.....それは分かっているな?」


「全く分かりません」


「.....いや.....」


分からないを笑顔で言うとは。

俺は更に額に手を添える。

それから盛大に溜息を吐いた。

この娘、と思いながらであるが。

そして七色の頬を引っ張ってみる。


「痛いです!!!!!」


「.....付き合えないと言ったら付き合えない。.....分かるか」


「わからにゃいです」


「.....」


「どれだけにらもうがわたしはわらしのことをしますので」


「.....ハァ.....」


これは本当に面倒な事である。

七色の頬から手を離しながら俺は額に思いっきり手を添える。

それから、全くこの娘.....、と頭を掻く。


困ったものだな。

そうしていると七色が俺に寄って来た。

それから紅潮しながら俺を見上げてくる。


「なんなら証としてキスをします?」


「冗談は止めてくれ。軽々しくキスをするとか言うな」


「私は貴方が好きですからね。.....だからキスは構いません」


「俺が許せないからな。.....駄目だ。あれは不意打ちだから」


「もー。ケチ」


ケチだろうが何だろうが。

俺はその様な真似を14歳の少女にさせるつもりは無い。

この前は油断してしまったが。

そんな事はさせない。

考えながら.....俺は七色の額を弾く。


「.....お前は相変わらずの様だが俺はそんな気分じゃない」


「.....ぶー。ならその気にさせます」


「無理だ。俺はそんな人間じゃないからな」


「でもそういう真面目さに惹かれたんですからね。私。.....だから問題無いです」


「.....」


問題がない様な気はしないのだが。

十分に問題アリだな。

艶めかしい顔で俺に迫ってくる七色。

困ったものだ、と思いつつ押し退ける。

全くな。


「いい加減にしろ。.....仮にもお前は14歳なんだぞ。.....その気になる訳がないだろう」


「ぶー」


「.....俺はそんな人間じゃないから。どれだけ迫って来ようが同じだ。.....落ち着け」


「.....分かりました。一真さんが言うなら仕方が無いですね」


ガッカリする七色を見ながら。

俺は顎に手を添えてから。

振り返って引き出しを開けた。

それからそれを手に取る。

そして七色を見る。


「七色。キスが出来ない代わりにお前にこれをやろうと思うだが」


「.....え?これは?」


「消しゴムだが。.....ただの消しゴムじゃない。.....俺が昔から持っていた消しゴムだ。.....小学校時代からの思い出深い消しゴムだがお前ならと思ってな」


「.....そんな大切な物を何で私に?」


「信頼の証だ」


「.....一真さん.....」


貰って嬉しくなったのか。

七色は飛び跳ねてからそのまま俺を抱き締めてくる。

完全に油断していた。

まるで人参でも貰ったウサギの様な有様だ。

これは参ったな.....。


「七色。落ち着け。気持ちは分かるが」


「だって.....初めて一真さんが私達に信頼をしてくれたんです。こんな嬉しい事は無いです。大切にします!!!!!」


「.....」


正直。

七色がこんなに喜んでくれるとは思って無かった。

俺は思いつつ.....七色を見つめる。

七色は俺を見ながら笑顔を見せてから。

はしゃぐ。


「ただの小学校時代の消しゴムなんだが.....」


「それでも。私は嬉しいです。.....信頼の証って言ってくれた。とっても嬉しいです」


「.....そうか。.....まあそれならもうそれでも良いが」


「だから一真さん。有難う御座います!」


「.....」


七色は.....相変わらずの笑顔を見せる。

俺はその笑顔を見ながら溜息を吐く。

全くな.....相変わらずだ。

この屈託の無い笑顔が、だ。

俺は変な感情になる。


「七色」


「何ですか?一真さん」


「.....お前は母親が恋しいんだよな。.....宝珠にあの日何があったか教えてくれるか」


「.....宝珠お姉ちゃんですね。.....良いですよ。分かりました。今の一真さんなら、今の宝珠お姉ちゃんなら大丈夫でしょう」


それから七色は俺をジッと見据える。

先程の笑顔のニコッとした眼差しからは考えられないぐらいの、だ。

俺も真剣に見つめる。

あの日の事を.....七色は教えてくれる様だった。

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