8、春の打ち明けた涙と七色の歩み寄り

春の行動。

俺の母親の事を思い出させる様な行動だった。

それはあの日、学校を熱で早退しての小学1年生だった時。

38度という高熱が出て.....その傍で母親がずっと寄り添ってくれて心配してくれて看病してくれたあの日を。


春の行動で思い出さない事は無い。

それは.....俺を母親が身体の一部、と捉えてくれていたのだろう。

息子を宝に思ってくれて.....有難い話だ。


「アンタは.....大変な人生を歩んで来たのね」


「.....家族をみんな失ったからな。.....それで児童養護施設に入った。.....それから今に至っている。正直.....大変な人生で当て嵌まっていると思う」


横の椅子に腰掛けながら話を聞く春。

そうだな.....確かにコイツは医者に向いているかも知れない。

この様な感じで話を聞いてくれるのだから。

本当に安心感というものがある気がする。

人を.....信用出来ない俺でも、だ。


「.....私ね。.....お母様が死んで.....それで医者になりたいって思ったんだ。.....当時の話だったけど.....医者の腕を頼りにしていたけど.....それでも亡くなった。だったらそれを超える医療を、って思った。だから.....だから」


「.....お前は強いな。春。.....俺よりも遥かに」


「.....私は強くないけど。.....強くないから泣いているんだから」


「.....そうか」


よく見ると。

春は.....グスグスと泣いていた。

何でアンタの前で泣けるんだろう。

私.....アンタだけには見せないって思ったのに。


一真だけには、と。

俺はその姿にどうしたら良いか迷ったが。

母親の事を思い出した。

それから俺は心臓に手を添える様に。


「.....泣くな。春」


そして俺は春をギュッと抱きしめた。

起き上がってから、だ。

それから頭を撫でる。

春は最初はビクッとしていたが。

俺の胸の中で涙をずっと流していた。


春は姉だから。

泣けないのだろう。

春は姉だから。

涙を見せないのだろう。


そんな感じがした。

そもそも俺にとって涙とは下らないものだ。

だから.....考えたことが無かったが。

そして泣いている奴は下らないと思っていたのだが。

こうして泣かれると.....こんなにも優しくしたくなるものなのだな。


前田さん。

それがようやっと分かってきた気がする。

貴方に出会ってから.....俺は。

思いつつ俺は春を涙が枯れ果てるまで抱き締めるつもりで。

優しく頭を撫でてやった。



「一真は優しいと思う」


「.....俺は優しい訳じゃ無い。.....ただ.....優しくあれ、と。教わったんだ」


「.....そう?.....ふふ。それでも.....アンタは優しいよ。根っから」


「お前がそう言うならそうなのかも知れないな」


そして春は立ち上がる。

それから、アンタを少し休ませた方が良いかもしれないから、と出て行く。

その際に.....踵を俺に返した。

そうしてから俺を見てくる。

笑みを浮かべて、だ。


「有難う。一真」


「.....俺は何もしていない。.....お前が泣いていたから抱き締めただけだ」


「そうね。.....確かにね。でもアンタの事。また見直したわ」


「.....そうか」


それから春は、じゃあ、と出て行った。

俺はドアが閉まるのを確認しながら.....手のひらを見る。

俺は根っから優しい、か。


と考えながら、である。

まるで太陽の暖かさだったな。

春の体温は、だ。


「でもな春。それは誤解だ。.....俺は優しくない。今もお前らを信用が.....まだ出来てないからな」


「ほほーう。一真さんはまだそんな事を言っているのかね」


「.....何をしている。七色」


「バルコニーから見に来ました!一真さんを!」


「.....また締め出すぞ。お前は」


バルコニーに目をやると。

そこには七色が可愛くニコニコしながら俺を見ていた。

俺のプライバシーは無いのに等しいな。

考えながら.....俺は盛大に溜息を吐く。

それから七色を見た。


「.....七色。まさかずっと見ていた訳じゃ無いよな」


「私はそんな真似は致しません。アハハ」


「それなら良いが。全くお前という奴は」


「.....でも.....一真さん。春お姉ちゃんがあそこまで貴方を信頼しているのは.....凄いと思います。誰にも心を開かなかったんですから」


「.....そうなのか?」


春お姉ちゃんは事故当時、失語症になったんです。

と俺に向いて話してくる。

俺は驚愕しながら、そうなのか?、と向く。

誰よりもママが好きだったんですよ春お姉ちゃんも、と悲しげな顔をする七色。

ショック性の失語症でした、と。


「.....それでも春お姉ちゃんは姉として.....強く居ないと、と立ち上がりました。戻って来てくれたんです」


「.....そうなんだな。.....春は確かに強いと思うな俺も」


「.....お姉ちゃんは.....お姉ちゃんらしく無くても良いと言っているのに。.....でもお姉ちゃんは強く居ます。.....それを打ち明ける存在が一真さんしか居ないかもしれないです。お父さんもそうですが.....同じ年齢の人では一馬さんぐらいでしょう」


「.....」


春も七色も宝珠も。

本当にコイツらは大変な思いをしてきている。

そんな奴らを.....俺は。

そう.....思いつつ居ると。

窓を開けて七色が入って来た。


「.....信頼の証を一馬さんにしましょう」


「.....信頼の証?何だそ.....」


そこまで言い掛けて。

俺は七色に頬にキスをされた。

また驚愕しながら七色を見つめる。

七色は、一馬さん。こうしないと貴方は信頼しないと思いますから。

と笑顔を浮かべた。

紅潮しながら、である。


「.....七色.....」


「さ、さあ!私が今度は看病しますから!アハハ」


「.....」


信頼とは何だろうか。

俺は目の前でタオルを濡らしたりする七色を見ながら。

改めて考えてみる。

それは.....形の無いもので形成するのは時間が掛かるものと思っていた。


だけど、だ。

違うのかもしれない。

また別に.....考えを改める必要性があるのかもしれない。

と思いながら.....俺は七色をこれまでに無い感情で.....見つめていた。

それは頭のジグソーパズルが徐々に埋まっていく感覚に近いものである。

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