02.大声でのお喋りはお控えください

『ノディアーク書店』

 魔法学院へと続く大通りから少し外れた小道にあるこぢんまりとした店だ。大通りには大きな書店もあり、こちらへの来客は少ない。特に学院に通う生徒は下校ついでに行けて品揃えもいい大きい書店へ向かうことが多い。

 ときたまに、例外がある。


「おはようございます」

「おはようございますー! って、もう交代の時間?!」


 放課後、いつものようにバイト先のノディアーク書店に来たカインは店内を忙しなく動いていた女性に話しかける。

 女性、セトラはカインと同じくこの書店で働く店員だ。栗色のサラサラとした長髪を後ろで一纏めにしている。

 セトラは汗でずり落ちそうな眼鏡をかけ直して申し訳なさそうに眉を八の字にした。


「ごめーん……今日忙しくってさ、お客様への連絡ができてないの……お願いしてもいいかな?」

「大丈夫ですよ。そんなにお客さん来たんですか?」

「うん……ほら今日って『シャチ俺』の発売日でしょ? なんか向こうの書店で売り切れ続出らしくってお客様がこっちに流れてきてるの」

「ああ『シャチ俺』……それなら仕方ないですね」


 シャチ俺とは『異世界転生したらシャチクになった俺』の略称である。

 こちらの世界で死んでしまった青年が異世界へと転生しカブシキガイシャというところで馬車馬のように働かされるも、仲間と手を取り合い職場環境を向上させたり大きな商談を成功させたりする成り上がりの物語である。

 10代から20代にかけて人気の作品で、新刊が出れば即日完売になってしまうのだ。

 今日はその『シャチ俺』ファン待望の第4巻の発売日だった。


「すみませーん、お会計お願いしまーす」

「はーい! じゃあカインくん、ご連絡お願いね」

「分かりました」


 客に呼ばれたセトラは会計カウンターへと小走りで向かった。カインはもう1つのカウンターへと入った。

 こちらはお問い合わせカウンターで客の探している本が店内にあるか調べ、なければ取り寄せの手続きをするところだ。予約の注文もここで受け付けている。

 店員はこのカウンターを使って雑務をこなしている。その中の1つが客への連絡だった。

 予約や取り寄せた商品が届いたとき、 『連絡鳥れんらくどり』という魔法道具を使ってその旨を知らせる。


「えっと、たしか連絡鳥はこっちの引き出しに……あった」


 カインは引き出しから数枚の紙を取り出した。8センチ四方の正方形のその紙にカインは今日の日付と客の名前、商品名とそれが届いたという文面をテンプレート通りに書き込んでいく。最後に、『ご来店お待ちしております』と書き込んでペンを置いた。

 今日届いた分を書き終えてカインは一息つく。深呼吸をしてから並んだ紙に手をかざした。

 魔力を込めた瞬間、紙が一斉にくしゃりと丸まる。瞬きの間にまた紙は形を変え、小さな白い鳥の姿になっていた。とつ、とつ、と軽い音を立てて小鳥たちはカウンターの上を数歩、歩いた後に窓の外へと羽ばたいていった。


「上手くいってよかった……」


 ほっと胸を撫で下ろす。連絡鳥を使うことをカインは苦手としていた。そもそも、魔力を操ること自体、カインは苦手だった。

 不得意な作業を終えてほっとしたのもつかの間、来客を知らせるベルが鳴った。


「いらっしゃいませー!」

「いらっしゃいませー」


 快活なセトラの声に合わせてカインも声を出す。しかし、どちらの声もかき消すほどの大音声が店内に響き渡った。


「ああーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!」


 びりびりと震える空気。他の客もカインもセトラもびくりと肩を震わせて音の出処に目をやる。

 そこには数人の学生がいた。詰襟の制服は間違いなく魔法学院のものだった。


「あったあったあったーーー!!!! シャチ俺4巻!!!!!! マジか!! やっべえ!!!」

「ほらな!!! 絶対ここなら残ってると思ってたんだよ!!」

「やべえなおい! つかこんなとこに本屋あるとか知らなかったわ俺!」

「俺も初めて知った!!! 何お前、けっこー真面目ちゃんなの?」

「ちっげーよ! 親父がここの店よく行ってて、それで知ってただけ!!」


 ゲラゲラと笑いながら棚の前でたむろする4人組。お会計中のおばあさんは「元気ねえ」なんて笑っているが、さすがに元気すぎる。近くの棚を見ていた客が眉を下げてそそくさと店を出ていくのを見たカインはぐっと拳を握ってカウンターから出た。


「あの、すみません」

「んあ? なんすか?」

「恐れ入りますが、他のお客様のご迷惑になりますので大声でのお喋りはお控えください」

「えっ、あー……すんまんせん、他の本屋でこれ全部売り切れてて興奮しちゃって」


 シャチ俺を持った学生は頬を赤らめて申し訳なさそうに謝った。声のトーンは先程よりも随分落ち着き、問題なさそうだとカインは判断する。


「声の大きさに注意していただければ問題ありませんので、どうぞごゆっくり見ていってください」

「はいっ、ホントすんません……」


 営業スマイルを貼り付けたカインがカウンターに戻ろうと踵を返したそのとき。


「あれ? 店員さんもしかして『Fクラスの落ちこぼれ』?」


 4人組の1人がぽつりと呟いた。ドッと勢いよく冷や汗が背中を流れるのをカインは感じる。しかし、それをおくびにも出さずに未だ張り付いた笑顔のまま振り返った。


「なんのことですか?」

「ああほらやっぱり!! Sクラスのアベルにそっくり!」

「Fクラスって都市伝説じゃねえの?! 本当に存在してんのかよ!」

「してるしてる! アベルの兄貴がいるって俺この前聞いたもん!」

「教室あったし存在はしてるだろ!」


 ケラケラと笑いながら我先にと発言し、ヒートアップしていく。


「つかFクラスって魔法使えないんだろ? なあマジで魔法使えないの? 魔道具は使える??」


 ぐっと距離を詰められたカインはその分後ずさる。

 先程まで何人かいたはずの彼ら以外の客はいつの間にかいなくなっていた。騒ぎが大きくなって帰ってしまったのだ。


「魔道具使えなかったら生活できないだろ〜」

「でも魔法使えないって魔力がないってことなんじゃねえの?」

「学院に入学できてるんだから魔力はあるだろ? さすがに」

「なあ店員さん、どうなの?」


 カインは軽いパニック状態に陥っていた。元々、人と話すのは得意ではない。接客はマニュアル通りの言葉を喋るだけで精一杯。

 それが今は知らない人たちに囲まれてマニュアルにない質問をされている。

 何か言わなければいけないのに喉が詰まって声が出ない。視界がぐるぐると回り、自分が真っ直ぐ立てているかどうかさえも分からなかった。

 それでもカインが必死に口を開けたそのとき。


「すいません、ウチもう閉店時間なんで」


 カインと学生たちの間に割って入ったのは店長のエノックだった。


「その本買うならあちらへどうぞ」

「え?!  あ! はい! 買います!!」


 本を抱えていた1人は慌てたように会計カウンターへと向かう。

 カインはそれを追いかけるように足を動かしたがエノックに肩を叩かれた。


「君は閉店準備」


 バックヤードを指さしてそう言われた。

 閉店準備なんてこの店にはほとんどない。明日のお釣りの準備をするくらいだ。バックヤードに用なんてない。

 困惑しているのが伝わったのかエノックはカインの耳に顔を寄せる。


「休んでおいで」


 ひそめられた声が耳をくすぐると緊張していたカインの体からふっと力が抜けた。


「わかりました」


 あんなに詰まっていた喉からするりと声が出た。その様子を見てエノックは下手くそなウィンクを送り、会計カウンターへと入っていった。

 カインは他の学生たちに声をかけられないうちに、そそくさとバックヤードに入る。休憩用の椅子にどっかりと腰掛け、机にうつ伏せた。

 はあ、と大きな溜め息が小さな休憩室に響く。


「お〜い、生きてるか?」

「て、店長!!」


 エノックの声にカインは飛び起きた。元気そうな様子にエノックは笑みをこぼす。


「す、すいません! あの! 俺……!」

「うんうん、君はもう帰りな」

「でも……っ!!」


 仕事らしい仕事もしていない。そもそも本当の閉店時間までまだ3時間もあった。立ち上がろうとするカインの頭にエノックの手が置かれる。

 わしゃわしゃと無遠慮に掻き回されて、黒髪がぐちゃぐちゃに絡まった。


「今日は元々早く閉めようと思ってたから、ちょうど良かったんだよ。俺だってシャチ俺読みたいし」


 納得いかないとでも言うような視線がエノックに刺さる。それから逃れるように頭から手を離した。

 カインはエノックから視線を逸らし、手櫛で髪を整える。それからぽつりと呟いた。


「ありがとうございます」


 聞こえるか聞こえないかの小さな声だった。それでも、静かなこの空間では十分すぎる声量だった。


「今日もお疲れさん。気をつけて帰れよ」


 からからと笑ってエノックは店に戻っていった。

 それを見送って、少ししてからカインは重い腰を上げて帰り支度をする。

 裏口から出て表通りへ回ると、入口の看板が『CLOSE』になっているのを確認した。

 いつもより明るい家路を「明日こそ、何事もなく過ごせますように」と願いながらカインは帰っていった。

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異世界本屋アルバイターは今日も憂鬱 南天穂 @mmtem5

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