第10話 人より、人らしく

目の前をカツカツ歩いていた神宮が

ふと何かを思い出したかのように止まり

こちらにクルリと振り返る。

「ところで君達。

 かごめかごめ、って知ってるかい?」

「、、、謎掛けですか?」

私は訝しむかのようにそう聞いた。

「謎掛けとは心外だなぁ。

 必要な情報だよ、必要な。」

そう言いながらも、神宮は近くを見渡し

何かを探していた。

その神宮の目線を追ってみると

そこには、誰もいないこと以外はいたって普通の

残骸に埋もれた公園だったものがあった。

「この場所に、必要な情報でも?」

と、私が問いかけると、神宮はこう返した。

「よく気づけたね。

 10点中、6点ってとこかな?

 ん~、もうちょっとヒント出してもいいけど

 今のに気づけるんだったら必要ないかな?

 じゃぁ、頑張ってねー。」

そう言うや否や、神宮は遊具の残骸に腰を掛け

完全に休憩モードに入った。

「やっと、休憩?

 じゃぁ、僕もねるね~。」

それに続いてバクも、いつも引き連れている

キメラのような生物の上で寝息を立て始める。

「必要な情報、かぁ。

 エインヘリアル、解ける? これ。」

そう言いながら、今まで黙りこくっていたヴァルキリーが

残骸を調査し始める。

「ほら、レミエルもボーっとしてないで手を動かす。」

「私だって、ボーっと

 してたわけじゃないんだけど、、、。」

「それじゃぁ、何か分かったり?」

確かなことは言えない、けど。

「必要な情報って言うからには、何かヒントが

 あるんじゃないかって。

 だから、ちょっと見まわしてみたんだけど

そこのベンチが妙に不自然とういうか。」

ヴァルキリーが私のその言葉に対して

不思議そうにこう言う。

「ベンチ?

 確かに、損傷が妙に少ないけど。

 ここはエンドタウン、デモンズの侵攻に耐えきれず

 人間が捨てた町。

 だから、デモンズが自分たちが使うために残した。

 って考えるのが普通じゃない?」

確かに普通ならそうなはずだ。

ただ、それは普通ならの話だ。

「、、、じゃぁ、何で神宮さんは

 あのベンチに座らずに、わざわざ居心地の悪そうな

 残骸の方に行ったんですか?」

私にそう言われて、やっと気づいたのか

「エインヘリアル、お願い。」

「了解。

 、、、大当たりみたいだ。

 妙に塵やら埃やらが取れてるから

 その塵やら埃やらの取れ方の

 パターンから寝ていただろう人物を

 仮想配置してみたら、ぴったり合う人を見つけた。」

そう言い、エインヘリアルは仮想スクリーンを裏返す。

すると、そこにはよく見知った顔が映し出されていた。

「メビウスが、ここに居たってこと。

 それが必要な情報、ですよね?

 神宮さん。」

私は、ここにメビウスが居たことを確認し

神宮にそう告げる。

「おっ、思ったより早いじゃないか。

 でも、そこ止まりな以上は

 やっぱり6点止まりかなぁ。」

その言葉に、私達三人は首をかしげる。

「あらら、誰も分からないか。

 じゃぁ、親切な親切な僕が

 説明してあげようじゃないか。

 かごめかごめは、『デモンズの個体名だ』

 まぁ、デモンズの個体名である前に

 子供がかごめかごめで遊ぶ時の歌であり

 子供の遊びでもあるんだけどね。」

デモンズの、個体名?

でも今はそんなの関係ないはず。

「そして、メビウスがここに居た。

 でも、姿が見当たらない。

 移動した形跡すらない、

 すると、どうなるかな?

 はい、答えてみよう! ヴァルキリー君。」

態度の急変に、驚きを隠せない様子だった

ヴァルキリーだが、正直に付き合うしかないことを悟り

自身の考えを語る。

「姿が見当たらない時の推測は主に二つ。

 一つは、何かに負けてその体ごと喰われたか。

 これは、周りに

 真新しい戦闘の痕跡が無いことを理由に除外する。

 と、すると

 もう一つの推測。

 『拡張現実、もしくは結界に捕らわれた』

 と、考えるのが、、、道理だと思い、ます。」

そのヴァルキリーの推理を聞き、満足げに

神宮は拍手をした後、こう言った。

「お見事お見事、その通り。

 実はここ最近、『丁度この近辺で』生命反応が

 急に消失する、っていう事件が起きているんだよ。

 そして、本部のレーダーで感知、解析したら

 これまたびっくり、世にも珍しい結界持ちの

 デモンズが検出されたってわけだ。」

その言葉を聞き、私は一つの疑問を抱いた。

なぜそこまで分かっていながら、倒しに行かなかった? 

と。

「なんで、放置していたんですか?」

その言葉に対して、ケロッとした様子で

神宮はこう言った。

「だって、わざわざ人間の生存圏外の

 敵を倒すなんて、コストも

 リスクも高すぎるじゃないか。

 だから、倒す必要がなかった。

 本来ここは、もう人の入ってきていい場所じゃ

 ないからね。

 それでも入ってきて喰われた人は

 自業自得、と割り切ってもらうしかないね。

 誠に不本意ではあるけど。」

確かに合理的で、理にはかなってる。

でも、それは

「人類を守るのがA&Hの使命じゃないんですか?」

A&Hの使命、もとい倫理に背くことの筈。

「だからこそ、だ。

 僕たちの使命は、人を守ることであって

 敵を駆除する事じゃぁない。

 それこそ、敵を駆除した結果

 人間を守る、という結果がついてきたら

 いつかその組織は、人間を守ることを捨ててでも

 敵を駆除しようとしてしまう、と

 僕は考えてるんだ。」

その言葉は、今までの言葉で

一番重かった。

『殺した結果、生かすのではない。

 生かす為に、殺すという結果が生まれた。』

この理論を間違っていたら、ただの殺戮組織に

生まれ変わる。

それはあってはならないことと、神宮さんは

自分の中で理解してるんだ。

「さーて。

 楽しいおしゃべりの時間はお終いだ。

 みんな距離を取って、一人でかごめかごめを歌うんだ。

 そしたら、彼の元に行けるよ。

 今度は謎掛けも何もなしだ。

 だって、彼に死んでしまわれては

 僕だって困ってしまうからね。

 じゃぁ諸君、向こうで会おうか!」

そう言い終わるころには、いつの間にか

現れた無数の幻影によって神宮は取り囲まれており

『後ろの正面だあれ』のその言葉を唱えた瞬間に

その無数の幻影を柱として形成された

円柱状の光の結界が現れた。

その結界は、数秒と立たずに消滅し

神宮の立っていた場所には、もう何も残されていなかった。

「議論してる余地は、なさそうね。

 エインヘリアル。

 それと、、、レミエルも、行くよ。」

そう言うや否や、ヴァルキリーも直ぐに

結界に飲まれていく。

それに続いて、私もエインヘリアルも

結界の中に飲まれていった。

「ありゃ。

 みんな、いっちゃったのか。

 じゃぁ、僕も。」

そう言い、バクもかごめかごめを歌い

全員が、そのデモンズの結界内に転移された。


眩い光に反射的に目を閉じ

そして、その光が収まった後にゆっくりと瞼を開けると

そこに広がるのは、一面の夕暮れ色の荒野だった。

いや、夕暮れと荒野が一緒に存在しているだけで

あったから、この表現は正しくなかったかもしれない。

そんなことを思いながら、辺りを見回していると

私より前に転移されたと思われる

神宮と、ヴァルキリー。

そして、私より後に転移されたと思われる

エインヘリアルとバクも状況確認のためにか

辺りを見回していた。

「さぁここが、かごめかごめの中。

 というより、結界。

 通称【鳥籠】だ。

 そして、向こうに見える壊れかけの鳥居でできた道の

 先に居るのが、この結界の主だ。

 じゃぁ僕は、ここで待ってるから

 後はよろしく頼むよ?」

そう言うと、神宮はバクの乗っているキメラに

寄りかかりながら、リラックスモードに入っていた。

、、、悲しいかな、もうこの人の

マイペースぶりに慣れてきてる気がする。

そんなことを思いながら、ライフルを構え、こう言った。

「ヴァルキリーたちも、一緒に行こ?」

二人を連れた合計三人で、鳥居をくぐり進んだ。

そして、その道を進みきると

正面には、壊れかけの社が鎮座しており

その中には、竹籠が逆さになり

まるで檻のように見えるものが存在し

その中に、小さな人影と青いコートを羽織った人物が

眠っているのを発見した。

「ちょ、ちょっとあれ!」

私より、少し先にそれを見つけたのか

ヴァルキリーが取り乱したようにそう叫ぶ。

「言われなくても、、、

 打ち抜け、サンダーシュート!」

私は、メビウスを助けようと電流の矢を作り出し

その竹籠に発射した。

だが、その竹籠には全く効きもしなかった。

それどころか、その瞬間私の足元から

幾本もの先に刃のついた鎖が

まるでこちらを貫かんとするように

地面を割って出現した。

「っ、どういう事?!」

「ただの竹籠じゃないってこと、ね。

 なら手加減無用!

 エインヘリアル、やっちゃって!」

その言葉と共にエインヘリアルの手の中に

巨大な光の大槌が生成される。

「壊せ、ミョルニル!」

そのエインヘリアルの声に呼応するかのように

降り下ろされた大槌は唸りを上げ

幾つもの雷がその竹籠に降り注ぐ。

が、それを突破することはできず

それどころか、レミエルと同じように

エインヘリアルとヴァルキリーも

その地面からの攻撃に執拗に追われた。

「お~ 始まってるね。

 この結界は『攻撃したものに対して自動反撃を行う』

 って特性があるのを

 説明しといたほうがよかったかな?」

三人が、必死にその攻撃を避けているときに

下から、余計な一言が聞こえてくる。

「だったら、最初っから、言いなさい!」

ヴァルキリーがいい加減見かねたのか

その怒りを叫ぶが、叫んだところで

事態が好転することはなかった。

「あ、そうそうそれと。

 この結界は、徐々に命を吸ってくから

 時間かけすぎると、みんな死んじゃうよ?

 だから、がんばってね。」

この人は、、、!

「そこまで知ってるんだったら

 メビウス君を、助ける方法も

 知ってるんですよね?」

私は、空を飛びながら必死に攻撃を回避し

そう問いかける。

「、、、それなんだけど~

 僕にも分からん!

 そもそも死神君が、この程度でやられるわけがない。

 だから、何か異常なことが起きてる。

 そう考えるのが、いいんじゃないかな?」

異常なことが起きてる、、、?

その言葉に違和感を覚え、鎖をわざと上空に引き付け

少しの間作った時間で、もう一度社に接近し

その竹籠の中をもう一度見ると

メビウスは、その小さな陰に

まるで『身を預けているように見えた』。

「メビウス君、何してるの?!

 起きて、ほら!」

私はその事実が理解できずに

必死にメビウスに呼びかけるけど

彼は反応を返してくれない。

ただ、その代わりに

「あなたたちを、殺したくない。

 だから、関わらないで。」

という、少女の声が聞こえた。

その一瞬のやり取りの間に、地面からの

攻撃が自身に追いついてきており

会話は、その攻撃のせいで無慈悲にも中断された。

「この鎖、本当に邪魔!」

そう叫びながら、迎撃しようと

電撃や弾丸を打ち込むが

全く効いている気配がなく、勢いを殺すことすら

出来ていなかった。

「ヴァルキリー、こいつらは攻撃が効かない!

 だから、一回離脱しよう!」

「離脱って言ったってどこに?!」

「上空!

 あそこならさすがに届かない、と思う!」

その言葉にヴァルキリーは頷くと、エインヘリアルに

抱えてもらい、一気に上空に羽ばたいた。

それに続いて、私も上空に離脱すると

その鎖は、リーチが足りないらしく

私たちのすぐ下で、ジタバタジタバタしていた。

「とりあえず、一安心だね。

 それで、私がさっきメビウス君を見てきたんだけど。

 、、、なんか、望んであそこにいる様な気がして。

 それと、結界の主っぽいデモンズが私たちを

 殺したくないって。

 取り合えず意味の分からない

 状況なのは、間違いなかった。」

レミエルが見たことを、そのまま二人に伝える。

「望んであそこにいる?

 確かに、この程度のデモンズにやられるほど

 トモヤ君は弱くはないけど、、、

 説明が、つかなくない?」

ヴァルキリーが、当たり前の疑問を投げつけてくる。

ただ、私もこの状況が何か分からなかったから

何も言う事は出来なかった。

でも、

「さっきのデモンズに、聞いてみれば

 何か少しわかるかも。」

そんな私の言葉を聞き、ヴァルキリーは

「正気なの?!

 相手はこっちを殺そうとしてるんだよ?」

と、至極まっとうな事を言った。

「、、、さっき神宮さんが言ってましたよね。

 『この結界は攻撃したものに対して自動反撃を行う』

 って。

 だから、結界が敵対してるだけで

 あのデモンズは、まだ

 話す余地があるんじゃないか、って。 」

「だからって!」

ヴァルキリーの言いたいことは十二分に分かる。

でも、このまま膠着状況を続けて

命を吸われ続けるよりも、何かをした方が

幾分かマシだ。

私はそう割り切り、こう言った。

「このままだと、こっちが消耗して

 結局全滅しちゃいます。

 だから、、、私はこれが博打だとしても

 話してみます。」

そう言い、私はヴァルキリーの返答を待たずに

一気に急降下し、その降下で得た速度で

鎖から一気に距離を離し

その社の中の竹籠の目の前に着陸した。

「ねぇ、この攻撃はあなたの意志によるもの?」

私はそう問いかけた。

すると、その籠の中の少女は

「ううん。 違う。

 この結界が、勝手にやってる。

 私には、止められない。

 だから、逃げて。」

そう言った。

「あなたが抱きかかえてる彼、メビウス君は

 何でそこに居るの?」

そう聞くと、少女が答える前に

後ろから猛烈な勢いで、距離を離したはずの

その鎖が、迫ってきた。

「「エンゲージ!」」

その瞬間に、その二つの声と共に

光の盾が降り注ぎ、その盾によって鎖の攻撃が

ギリギリのところで止まった。

「ほら、レミエル早く!

 慣れないことやってるから、こっちも

 長くは持たないよ!」

「命を吸われてるせいか、いつもより強度が低い。

 だから、持っても一分が限界だから、早く!」

二人に感謝しつつ、私はその質問の答えを待った。

「この人は、自分と同じ運命を持った

 私を撃てなかった。

 だって『この人も私と同じように

     自分の死を望んでいた』から。」

悲しそうにその少女は語る。

「だから、メビウス君はそこに居るの?」

その瞬間、ピクリとメビウスの体が動き

瞼がゆっくり開く。

「あれ、まだ俺、、、生きてたのか。

 、、、レミ、エル?

 それに、ヴァルキリーに、エインヘリアル?」

メビウスが、いつもと違った生気のない声で

こちらに語り掛けてくる。

「、、、メビウス君。

 細かいことは、今は言う時間がない。

 でも、私と一緒に、現実に帰ろう?」

私は、そう語りかける。

でも、彼のその目は生きる気力を完全に失っていた。

「無理、だ。

 もう俺は、戦えない。

 戦いたくない。

 何のために銃を握るのか、何を信じて戦えばいいのか

 もう、俺にはわからない。

 何が正しいか、もう俺には、、、分かんないんだよ。」

初めて聞いた。

メビウスの泣き言を。

「バケモノと呼ばれるのも、誰かに傷つけられるのも

 誰かを殺して恨まれるのも

 死にたいと思っても、運命が死ぬことを

 許してくれないのも。

 何もかも、もう、、、。」

メビウスの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

「私が、そこまで追い詰めちゃったんだね。

 、、、許してくれなんて言わない。

 でも、それでも、あなたを今度こそ

 一人にしたくない。

 共にいてあげたい。

 だから、私はあなたに死んでもらうわけには

 いかないの。

 たとえそれが、

 あなたの望まないことだったとしても。」

傲慢だってわかってる。

私が悪いのも分かってる。

でも、それでも、私は

この願いを託した誰かに、応えたい。

、、、応えなきゃならない。

メビウスは、しばらく沈黙する。

そして、口を開く。

「もう、俺には戦う事が、、、出来ないんだよ。

 ごめん、な?」

何とも言えない表情で、彼はそう言った。

全てに見捨てられ、それなのに戦い続け

やっと手に入れた終着点。

それを私のわがままが壊してしまったのは、分かってる。

それでも、彼を不幸ななまには、しておけなかった。

助けて、共にいてあげたかった。

でも、彼にとってそれがどれだけ

残酷な事かは、私には分かるなんて言えなかった。

後ろの光の盾が、徐々に音をたてて崩れていく。

「ごめん! こっちはもう限界!」

ヴァルキリーの必死な声が、私の耳に届く。

「分かった、、、離脱しよう。」

そう言い、また全員で上空に離脱しようとするが

上手く力が入らない。

羽ばたこうとしても、翼がうまく動かない。

「、、、何で? なんで動かないの?!」

その瞬間思い出した。

この結界は、継続的に命を奪う事を。

「何してるの二人とも!

 早く逃げる、、、よ?」

ヴァルキリーもそれを察したように

どんどんその言葉が、弱弱しくなっていく。

光の盾が完全に崩壊し、その鎖が

それぞれの四肢を貫く。

悲痛な悲鳴が、辺り一面に木霊する。

「、、、今の、私じゃ

 助けることも、出来ない、か。」


声が聞こえる。

『お前は、こんなところで諦めるのか?』

俺の魂に張り付いてる残滓の声だ。

「あぁ、もう戦う理由が、分からない、し

 もう、戦うのに疲れちゃったから、な。」

『・・・本当は諦めたくないのだろう?』

そう言われ、気づけば俺はハンドガンを握っていた。

頭は、諦めたいと言っていても

心は、体は、、、それを認めてないみたいだ。

『貴様は、戦う理由が分からない。 

 戦うのに疲れてしまった。

 そう言ったな。』

「、、、その通りだ。」

『貴様の目は、盲目なのか?

 あるだろう?

 貴様の戦う理由は。』

久しぶりに、目を開ける。

そこには、俺がいつだったか守ると約束した弟子と

その相棒が、俺のために戦ってくれている。

そして、レミエルと、悲しい運命を背負った

バケモノの少女が、俺を想ってくれている。

『見えているのだろう?

 貴様が戦って守るに値する者達が。

 この景色を見ても、戦うのに疲れたというのならば

 我の目が、節穴だったというだけだ。

 、、、だからこそ、戦うか

 それとも諦めるかは、貴様がが選べ。』


「おや、おやおや。

 三人とも死んじゃったかな? あれは。」

神宮は、他人事のようにそう呟く。

「ん~。

 だとすると、戦闘の見物もできないし。

 少し暇になっちゃったなぁ。

 、、、そうだ、バク君。

 なんで死神君は、戦わないと思う?」

そう言われ、バクは面倒くさそうにその瞼を開ける。

「わからない。

 あの程度なら、すぐに倒せそうなんだけどね~」

「んまぁ、確かに分からないよねぇ。

 かくいう僕も、正確には

 分かってるわけではないんだけど。」

バクは、その言葉に不思議そうに首を傾げ

「、、、正確には、ってことは~?」

と、問いかけた。

「うん、正確には分からない。

 でも、きっと、、、戦う理由が 

 もう分からないんじゃないかな?

 死神君は。

 、、、だって、唯一の戦う目的だった

 自身を、人と呼んでもらう事が

 もう出来ないからね。」

元から、メビウスの精神はほぼ限界を迎えていた。

人間にも、デモンズにも、バケモノと呼ばれ

文字通り、世界に自分の居場所などなかった。

でも、それでも、倒すべき敵が存在し

もう一度人として呼ばれたい。

その思いがあったが故に、運命は

彼に折れることを許さなかった。

そんなひび割れた彼の心に、一番深い傷をつけた

あの事件の原因、そして再現。

そんなことがあれば、いくら心を殺していても

それに少年の心が耐えられる筈もなかった。

「、、、なにがしたいの~?」

そう聞かれると、神宮は

満面の笑みでこう答える。

「僕にも分からないさ。」

その言葉に、バクは首を傾げるが

そんなことはお構いなしに、神宮はこう続ける。

「ま、でも、、、。

 今まで戦う理由となっていたモノ以上の何か、いや

 この言い方は正確じゃないか。

 まぁ、なんだ。

 、、、色々想うところがあるんだよ、僕も。」

神宮のその言葉を聞き、バクはこう言った。

「なんか、らしくないね~。」

「ま、確かに珍しくぼかした言い方をしちゃったけど

 戦う理由っていうのは、偶発的に見つかるものだ。

 いや、この場合は生きる理由、、、希望?

 まぁ、なんでもいい。

 きっとこの場で、彼は大切なものを見つけ

 そして、それは彼の心の支えになると

 僕のカンが告げているんだよ。」

バクはこう問い返す。

「、、、カン?」

すると、神宮は彼らの方に視線を向け、こう返した。 

「カンだってバカにはならないさ。

 ま、結局の所、、、一言でいうならば

 死神君が、ここで今この状況に置かれたならば

 立ち直れる気がしたってだけさ。」

この状況をカンで作り出した張本人は

無責任にも、そう言った。

何の疑問もなく、かといって確信があるわけでもなく。

ただ、一つだけこの行動に理由を付けるとすれば

自分でもなく、はたまた他の誰かを信じるでもなく

ある意味同類であった、メビウスを信じたのだろう。


今まで、何度バケモノと言われただろう。

今まで、どれだけの人が俺の近くから去っていっただろう。

そして、今まで俺は、、、何人を殺し

何人を守ってきたのだろう。

俺は、いつか人として呼ばれる為に

デモンズを討伐するだけのはずだった。

それなのに、気づけば人を殺し、仲間を殺し

戦友を殺し、きっと戦う理由なんてものは

とうの昔に風化して、人として呼ばれる手段として

存在した、戦いだけが残ってしまったのだろう。

それに俺は気づかず、心を殺し

ただひたすらに殺しを今日まで続けてきた。

その行為と、その行為のせいで

人と呼ばれることが無くなってしまったことに

後悔があるわけではない、といえば噓にはなるが

それについては、きっとどうでもよかったのだろう。

だって、人間というのは

いくら理屈を並べ、それを否定したって

最後は感情のままに、自分勝手に生きる生き物なんだから。

今まで悩み、どこか欠けていた

心の、思考のピースが同時にカチリとはまる。

、、、だったら、俺は俺が死なせたくない奴の為に

俺の勝手で、相手を殺せばいい。

「制限限定解除。」

その言葉と共に白い閃光が地を駆ける。

「発射モード切替 モードdecision。 MCD連結解除

 マニュアルモードに切り替え。

 座標ロック バーストファイア」

一瞬の間に、青い光を纏った弾丸が雨のように降り注ぐ。

それは、私たちがいくら攻撃しても砕けなかった

鎖の接合部だけを正確に射貫き、その活動を停止させ

私たちの体を開放した。

目の前に、青いコートを羽織った少年の背中が見える。

その少年は、振り向かずにこう言った。

「人間っていうのは

 身勝手で、クズで、俺が一番嫌いな生き物で

 殺したいくらいに、憎いけれど。

 案外俺は、他の奴らよりも

 人間らしいくらい身勝手だったのかもな。」

そう自嘲気味に言い放つと、少年はコートの中から

フェイスシールドを取り出し、顔に装着する。

『システム始動開始

 コード接続 電力供給・・・確認

 痛覚遮断システム・・・稼働

 生命維持統合システム・・・稼働』

いつかの事を思い出す。

『なぁ、ビャクヤ。

 戦う理由って、何だと思う?』

俺が、アレを倒すために生まれてきたのは分かってる。

でも、やっぱり迷いが消えなくて

答えがわからなかったあの時。

『僕かい?

 僕はね、、、誰かを守りたくて

 その誰かに死んでほしくなくて、戦ってる。

 きっと君も、何か理由を見つければ

 迷いなくその力を振るえる、と思うよ。』

今ならその答えがわかる。

理由がわかる。

まぁ、それと何より、気に入った奴が死ぬのは

俺としては、気に入らないことだからな。

だから、あともう少しだけ、、、頑張るとするか。

「人と呼ばれるんじゃなく、人と自分を認める。

 そんな簡単な事が出来なかったなんて

 やっぱり俺は、まだガキのままなのかもな。

 、、、だからこそ。

 ガキらしく、わがままにこう言わせてもらう。

 邪魔だから、殺させてもらうぞ【鳥籠】。」

青いコートを羽織り、死神の名と最強をその身に

背負った少年は空にそう叫ぶ。

『動体センサー・・・稼働

 地形投影システム・・・稼働

 疑似HUDシステム・・・稼働

 全システム統合・・・完了

 疑似HUDへの情報投影・・・完了

 ・・・システムオールグリーン』

彼のその青き瞳にあった迷いは、とうに消え去り

あの射殺すような、でもどこか優しいような。

そんな目が、倒すべき敵を見据えていた。

『特殊兵装【メビウスの輪】始動します』

「一瞬で終わらせてやる。」

その青白い閃光は、地を駆け、空を飛び

迫りくる脅威を、その光と共に貫き、切り裂く。

「おい、神宮。

 どうせこいつを知ってるんだろ?

 早くデータを寄越せ!」

「はいはい、これでも僕

 一番偉い人なんだけどね~」

なるほどな、籠鳥は結界を維持する核。

こちらの今の勝利条件は、俺が守りたいモノ

『レミエル』『ヴァルキリー』『エインヘリアル』

『バク』そして、『籠鳥』

そこに不本意ながら、神宮も加えるとして

この全員を守り切って、結界を壊す事。

ただ、この勝利条件で問題なのは

結界の核である籠鳥を殺さずに、結界を壊すこと。

それと、徐々に命が吸われていく

というこの二つが問題、だな。

「難しい、が

 不可能じゃないな。」

結界を壊した後

籠鳥の生命力供給源が無くなるよな。

だとすると、問題がもう一つ増える。

まぁ、ここは後でなんとかしてするとして。

とりあえず、結界と籠鳥を切り離す。

そして、結界を壊す。

それが俺の勝利条件だ。

「結界と核を繋げるには、物理的な接続か

 なんらかの術式の類が必要。

 術式がないってことは、、、

 繋げてるのはこれか!

 『制限瞬間開放』」

魂から溢れ出す、魂に付いている残滓の力を

社を蹴り壊すその一瞬の間だけ、最大限に解き放つ。

「これで終いだ。

 瞬間疑似憑依・・・完了!

 喰らいやがれ!」

轟音を奏でながら、社と籠鳥を縛っていた竹籠が

砕け散る。

それと共に、その砕け散った社の下に

心臓の様な蠢く肉塊が現れる。

その肉塊は、ただひたすらに護る、護る、護る

と、小さな小さな声で言っていた。

ただ、それは執着のような

それでいて怨霊のようなモノに近いモノだった。

「あいにく、妄執に縛られた輩に

 こいつらを渡すわけにはいかないんだよ!

 これで壊れろ。

 『記せ 白の頁!』」

その声と共に発射された弾丸は

肉塊をすり抜け、その急所まで到達した後

内部で急激に実体化し、その運動エネルギーを解き放つ。

その破壊力は、並のソレではなく

ただ一点を壊すことに特化したモノだった。

それを受けた肉塊が、無事でいるわけがなく

肉塊は、悲鳴のような言葉にならない叫びをあげながら

血飛沫を上げ、弾け散った。

「結界はこれで壊れた。 

 と仮定して、あとは、、、」

その白い閃光は、妄執を断ち切った後

戦闘の余波で、気を失ってしまったのか

その肉塊のあった奈落に力なく沈んでいく少女を助け出し

その隣で倒れている三人も、同時に抱きかかえ

一番結界の中で原型を保っている場所に着地した。

「制限限定解除 解除状態 終了。

 特殊兵装 機能停止。

 、、、おい、神宮。

 デモンズを生かすことぐらいお前にはできるだろ?」

「まぁ、それは出来はするけど。

 どうして僕が、そんなことを?

 それに、そんなことをナンバーズがしてるって

 知れたら、、、って

 バク君もいるし、今更だったね~」

相変わらず口数が減らねぇ奴だな。

「この先の戦いで、唯一対抗できるカードが

 消えずに戻ってきただけじゃ不満か?」

「うんうん。

 相も変わらずその傲慢で、高慢な考えに物言い!

 いいね、いいね。

 やっぱり君はそうでなくっちゃ。

 よし、分かった。

 約束しよう、君の願いを叶えると。」

神宮は、これまでに見せたことのないような

とびっきりの笑みを浮かべ、そう言った。

「、、、此処に居る誰かを、死なせたら

 殺すからな?

 っ、と。

 そろそろ限界だ。

 、、、お前に頼るのは大変不本意だが。

 俺がもう一回起きるまで

 みんなと、籠鳥を頼んだ。」

そう言い、メビウスは倒れこむ。

命を吸われている状態で、フルスペック以上の戦闘能力を

酷使したのだから、反動が来るのは当たり前であった。

一つ幸運なことがあるとすれば、対した外傷も内傷も無く

身体への、超絶的な負荷だけで済んだことだろう。

「あぁ、言われなくとも。

 、、、僕は人類を守る為なら、何だってする。

 その為なら、天使も悪魔もすべて利用して見せる。

 ただ、僕は疲れるのは嫌いだから

 なるべく早く起きてくれると、助かるかな?」

その少し後、結界の景色は徐々に崩れ

光と共に、結界内にあった

現実世界のモノが全て、現実世界へと

戻ってきた。

「ひとりごと、なんて珍しい。」

「、、、そうかもね。

 一番偉い椅子ってのに座ってると

 生意気な子が出てこないからね。

 ちょっとくらい生意気な方が、僕としては

 安心できるのさ。

 それに、彼の事は個人的に気に入ってるからね。」

神宮がどこか懐かしそうにそう答える。

「ふーん。

 ぼくは安全と、食べ物があるなら

 なんでもいいや。」

そんな風につぶやき、バクはまた眠り始める。

その様子を見て、神宮は通信端末を取り出し

頭の中のスイッチを切り替える。

「特殊作戦班『冥府の門』

 出動命令だ。」

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