第9話 過去 そして未来へ
「見つからない、ね。」
レミエルはそう呟き、諦めたかのように
傍にあるベンチに座り込む。
「これくらいいつもの事、って言いたいけど。
ここまで見つからないのは初めてだから、、、
何かに巻き込まれてるのかも。」
メビウスと接点があるらしいヴァルキリーも
打つ手無し、お手上げといった様子で
溜息をつく。
「エインヘリアル、そっちは?」
ヴァルキリーがそう言い、エインヘリアルに目線をやるが
「、、、戦闘の反応はおろか痕跡も無い。
全エージェントの戦闘、巡回ログを辿ってみたけど
痕跡らしい痕跡が一切ない。
こちらもお手上げだ。」
と言い、今まで目を通していたであろう
大量の資料が広げられていた仮想スクリーンを閉じる。
何処にいるかも、何をしているかも
どうしてそんな事をしているかも不明。
まさに打つ手なし。
そんな絶望を突きつけられ、三人が
意気消沈している所に、場違いとも思えるほど
明るいながらも、薄っぺらい言葉が飛んできた。
「死神君の居場所なら知ってるけど、要るかい?」
その声に全員は聞き覚えがあった。
なぜならその男は
「神宮、さん?」
A&Hの現最高管理者であったからである。
「やぁ。 数日ぶり、かな?
そしてヴァルキリー君は、そうだったそうだった。
もしもの時の保険の為に、死神君を
探してもらってたんだったね、ごめんごめん。」
そして、さらに驚くことに
その隣にはさも当然かのように、デモンズである筈の彼
『バク』が居たのである。
「、、、何を企んでるんです?」
その異変、というか目の前で起きている異常事態が
やっと飲み込めたのか、ヴァルキリーが
戦闘態勢にいつでも移行できるように、武器に手をかけ
神宮に話しかける。
「何って、君たちに
だーいじな情報を持って来ただけだけど?」
「大事な情報、、、ですか?」
その言葉を聞き、ヴァルキリーは警戒を少し緩める。
「うんうん。
分かってもらえて何よりだ。
じゃぁ、起きてくれないかな?
バク君。」
そう言い、神宮はバクの肩をトントンと叩く。
すると、いつもの眠そうな目が開き
「なーにー?」
と、腑抜けた返事が返ってきた。
そして、バクが起きたことを確認すると
神宮は話し出す。
「じゃぁ、まずは。
君たちの覚悟を聞かせてもらおうか。」
その言葉は、まるで呪詛のようであり
私は言わずもがな、隣に居たナンバーズの二人でさえ
まるで心自体を握られているかのような
不気味さを感じただろう。
「覚悟、ってどういうことですか。
私たちと、レミエルはエージェントメビウスを
探していただけで、何か
覚悟が特段必要になるとは、、、。」
その言葉を興味深そうに神宮は聞き届けた後
「ふーん。
僕が居場所を知っているのに
僕の命令で、死神君を探すのか。
それについて
何故、という疑問を抱かないんだね?」
と、とびっきりの晴れやかな笑顔で
そして、人とは思えないほど機械的な声で
そう言った。
「、、、っ、それは、そうですけど。」
「ごめんごめん、僕もちょっと趣味が悪かったかな?
じゃぁ、お詫びとして一つ教えてあげよう。」
直感的に分かった。
この男、神宮が次に吐き出す事実は
おぞましいモノであるだろうということは。
「そう、例えば、、、
『レミエルにわざとメビウスの本性を見せて
その上で、君たちと一緒に彼を探させた。』
とかね?」
その言葉を聞いたときに初めに脳裏に浮かんだ言葉は
何故? だった。
だが、神宮は私の混乱した脳内の情報を整理する時間すら
与えてくれない。
「さてさて、レミエル君。
『君が視た彼の本性はどうだった?』」
私は言葉に詰まった。
だって、あんなの、、、獣なんて言うのすらはばかられる。
そう、文字通り人じゃない、そして獣ですらない何か、
『バケモノ』そのものの姿だったから。
私の考えを見透かしたように、神宮は続ける。
「そうだよね~。
そりゃ誰だってバケモノと思うさ。
じゃぁ、何でそれを君に見せたかって?
『アレを見たうえで、君が彼について行けるか。』
それを見たかったからだよ。」
聞きたかったことを何もかも
聞く前から、全て言われてしまった。
この男が人の皮を被った神と言われても
今の私はきっと信じてしまうだろう。
「何で彼、、、いや、メビウスと
一緒に居られるかって
何でそんな、意地の悪い事を
確かめたんですか? あなたは。」
私は、怒りに近いその感情を必死に抑え
そう言った。
だって、私からしたら
『見たくもない地獄を見せられたから』。
「おや、そんなに怒るとは思わなかったな。
だって、彼の隣に居るのは
君の魂が望んでいる事だろう?」
「、、、は?」
それしか言葉が出なかった。
今まで胸の中で渦巻いていた怒りの感情は
元から無かったかのように消え去り、なにか
大事なものを忘れているかのような。
そんな気味の悪い違和感だけが、胸の中を満たした。
今まで感じていた、何か忘れているような
何かが欠けているような、この感覚。
それが、感覚なんてそんな不確かなモノじゃなく
確信に変わった。
「私の、何かを知ってるんですね。」
聞かなきゃいけない。
そう思った。
誰に命令されたわけでも、そういう
使命があるわけでもない。
ただ、単純にそう思った。
「お、やっと気づいたみたいだね。
じゃぁ、もう一度問おうか。
君に覚悟はあるかい?
過去と向き合い、それでもなお
彼の隣にいる覚悟が。
そ、れ、と。
その残酷な真実を聞き遂げる覚悟があるかい?
ナンバーズの03を背負う、、、いや
こう言った方が面白いかな?
『今の所、この世でたった一人のメビウスの弟子と
そのパートナー君?』。」
少し考えるまでも無かった。
だって、私はその真実を知らなきゃならなかったから。
理由なんてない。
ただ、後悔はしたくなかったから。
「覚悟は、出来ています。」
私のその言葉に、あるいは
その過去を掘り出されたことによるものなのかは
分からないが、ヴァルキリーたちも
その言葉に頷いた。
「じゃぁ、こっからは
バク君に頼んじゃおうかな?
さぁ、食った悪夢を話す時間だよ。
悪夢喰らいの悪魔くん。」
その言葉に、バクはピクリと反応し
その眠たそうにしていた瞳を開く。
「やっとぼくの出番だね。
じゃぁ、どこから話そうか。」
私の脳内に、欠けていたピースが流れ込んでくる。
「やっほー、あれ? トモヤ君じゃん。
聞いたよ~? A&Hに入って
隻眼のエージェントになるって。」
間違いない、私だ。
私が楽し気に、メビウスに話しかける。
いや、ここではメビウスと呼ぶのはきっと正確じゃなくて
彼が捨てた【新宮(にいみや)友也(ともや)】という
その名前で呼ぶのが正確なのだろう。
「演劇部、、、なるほどね~。
俺をスカウトでもしに来たのか?」
そんな、何気ない世間話から
その過去はスタートした。
二人は、何気ない話をしながら
一緒に下校していた。
ただ、その帰路が普通の帰路と少し違ったのは
『人ならざる者の歌声を聞いてしまった。』
それ故だろう。
私は、光に集まる虫のように
その歌声に招かれ、迷宮とすら見間違えるほど複雑な
路地裏に入っていった。
その路地裏は、進めば進むほどに
捻じれ、まるで人を拒んでいるかのような
そんな作りをしていた。
それが、本能的に危険な場所だと察知した彼
トモヤ君は、私に幾度も警告をしてきた。
ただ、私はそれを振り切って
その先へと足を進めてしまった。
『それが間違いだったとは知らずに』。
だって、その次の瞬間に
『ヨウコソ、哀レナ犠牲者サン。』
そんな声が、脳内に響き渡り
それと同時に、立っていることすら困難になる程の
頭痛が襲ってきたから。
その現象は、私がこのままじゃ死ぬと
確信させるには十分すぎるモノだった。
それを理解してしまったが故に、私の体は
まるで氷のように動かなくなり
思考が、まるでエラーを吐き続ける機械のように
怖い、怖い、怖い。
そんな思いで一杯になってしまった。
だから、トモヤ君が私に手を差し伸べ
その場から逃げようと言ってくれていることに
気づきすらしなかった。
路地裏から、その明確な死が姿を現す。
下半身は鱗に覆われ、魚のようであり
それでいて上半身は、誰が見ても美人と答えるような
美貌を持っていた。
その言葉だけを聞けば、人魚だ。
と思うだろう。
ただ、私の前に居たソレは人魚などではなかった。
いや、人魚であったとしても、私の知る人魚とは
ほど遠いモノであった。
だって、その口には黒く変色した血が付いていて
そして、全身からは隠しきれない血の匂いを
漂わせていたから。
その人魚の形をしたバケモノは、私を
食べようと、ゆっくり、ゆっくり近づいてくる。
抵抗しようとした。
ただ、その歌声を聞けば聞くほど
自分の中の自分が溶けて無くなっていくかのように
気づけば、目の前のソレに抵抗すること自体が
思考の中に存在しなくなっていた。
目の前のバケモノが、その鋭利な歯を覗かせ
私に噛みつこうとする。
その刹那だった。
「、、、離れろ! クソ野郎!」
そんな勇ましい声と共に、トモヤ君が
目の前のバケモノを退け
そのバケモノの前に、立ちはだかったのは。
そこから先は、あまり覚えていない。
ただ、私が気づいたときには
そのバケモノの姿はそこになく
代わりに、疲れ果てたのか何なのか
地面に膝をつき、倒れているトモヤ君の姿があった。
「だ、大丈夫だった?」
私はそう言いながら、彼の様子を確かめた。
異常はない、と思った。
、、、でも、その彼の眼は
人ではありえない現象を引き起こしていた。
元から白色だった右目からは、白い光が溢れ出し
ここではないどこかを見つめている
焦点の合わない瞳がそこにはあった。
恐怖に脳のほとんどを支配されていた人間にとって
それは、どう見えただろうか。
『未知の恐怖』『人ではない何か』
あるいは、『バケモノ』
私の脳は、目の前の人間
トモヤ君の事を、そう判断した。
怖いから倒す、殺す。
そんな思考に支配された人間が
行動を起こすのに、対した時間はいらなかった。
まず、私はケガをしてるトモヤ君を放っておいて
家まで逃げた。
そして、その後、、、その恐怖を誰かに知ってもらい
慰めてもらうために、ネットにその情報を流した。
『バケモノと会った。
そして、同級生もバケモノかもしれない。』
一目見ただけで、そんなことがわかる様な文章で。
少し経つと、たくさんの慰めの言葉と
そのバケモノを倒せ、という言葉が私に集まってきた。
それを見て、私は安心したのか
もしくは、緊張の糸が切れたのか。
気づけば寝てしまっていた。
、、、これから起こる悲劇なんて
これっぽっちも知らずに。
起きた後に知った。
正義を得て、それを振りかざした多くの人が
トモヤ君を追い詰めていって、結果的に
彼は、社会からも、家族からも、全て全て
見捨てられ、バケモノと言われ、傷つけられた。
誰にもその刃は止められなかった。
だって、それは
『正義を以て振りかざした刃』
、、、それに他ならなかったから。
そして、その偽の正義を作り出し
その刃を振りかざした私は、その手遅れになった時に
初めて気が付いた。
『彼はバケモノなんかじゃなかったんじゃないか』って。
だって、あの状況で私を守ってくれたなら、
バケモノであっても、私の敵じゃないから。
そして、私の敵じゃないなら
人間の敵じゃないはずだから。
だから、私は後悔した。
後悔なんか背負いたくなかった。
でも、嫌でもその後悔の津波が私を飲み込み
その度に、自分は悪くないと
呪詛のように繰り返した。
そんなある日だった。
私が車に轢かれたのは。
即死だったらしい。
ただ、その車に轢かれる前の刹那の瞬間
その人生最期の瞬間に一つだけ思っていたことがあった。
いや、思っていたというより、、、きっと
死に面したことで、やっと自分の罪と
向き合い、そして償いたいと思ったのだろう。
だから、私は死への数コンマの間だけだけど
精いっぱい想った。
だって、死ぬその瞬間まで目を背け続けて
、、、死んだ後も後悔するのって、嫌だったから。
『誰か、誰でもいい。
私が殺してしまった彼を
助けて、、、そして、せめて
その痛みを忘れられるように
一緒に居てあげてほしい。』
私は、そう想った。
だって、あの時私が偽の正義を振りかざしたから
彼は一人になって、全てを失ってしまったから。
だから、せめてもの贖罪として
誰でもいいから、トモヤ君と
一緒に居てあげてほしい。
そう祈った。
「やっと自分の罪と、使命と
向き合ったみたいだね。」
バクのそんな無慈悲な言葉の刃で
私は現実に引き戻される。
「、、、えぇ。
でも、何でこれをあなたが?」
レミエルが不思議そうに問いかける。
すると、バクはなんてことないとばかりにこう言った。
「ぼくは、本人が【悪夢】だと思うもの
すべての記憶をたべる。
もちろんデモンズもだけど。
そして、その食ったものすべての記憶を
ぼくはもっている。
その中で、きみから食った悪夢を
みせてあげただけ。」
まるでそれが自分の使命かのように、バクは語った。
そんな話をしていると、隣の二人も
現実に戻ってきた。
ただ、様子が先ほどまでと少し違い
レミエルに歩み寄ると、その頬を容赦なく叩いた。
「師匠を、トモヤ君をあんな地獄に叩き落としたのは
あなただったの、、、ね。」
そんな緊迫した空気を壊すかのように
パンパンと、手をたたく音が響く。
「憎んだって仕方がないよ?
だって、天使もデモンズも
元は同じ無色透明の魂。
その魂に、人間の正の感情や思いが
影響して、、、というより託されて
天使が誕生するんだから、ね?
だからもう死んで、『贖罪』という正の思いを託した
名も知らぬ女子高校生を恨んでも
はたまた、その『贖罪』の意志を託されて
生まれてきたレミエル君を恨んだって、殺したって
なんにもならないんじゃないかい?
まぁ、その方が面白そうではあるがね。」
、、、そう。
今のは、私を構成する誰かの想い。
でも、それは私にとって、自分の事と同じだから
彼女が師であるメビウスを不幸に陥れた
私を憎むのも、無理はない事だった。
ただ、彼女も自身の行いが正しいとは思っていないようで
「、、、今の話を、許すつもりはない。
でも、あなたがその人の意思を
本当に継いでくれるなら、、、。」
そう言い、ヴァルキリーはこちらに顔をこそ
向けはしないものの、私に手を差し伸べてくる。
「私が悪いから、言い訳をするつもりは無いし
今叩かれたのについても、何も言わない。
ただ、私とあなたの事情で
メビウス君を、不幸にはしたくない。
だから、これからは私たちは友達、ね?」
レミエルは、そう言った後にその手を握り返す。
「思った以上に、君は強いようだ。
いいよ、いいよ、気に入った。
じゃぁ、その傲慢に免じて死神君の居場所を
教えてあげよう。
いや、教えてあげるだけじゃ面白くないな。」
そう言い、神宮は歩き始める。
「ほら、こっちこっち。」
そう言い、こちらを振り返り
手招きする。
「、、、何であなたまで?」
私はそう言った。
すると、満面の笑みで神宮は言った。
「だって、僕もいた方が面白そうじゃないか。
ほら、バク君も早く早く。」
そう言い、こちらの心情など気にせず
神宮はガンガン進んでいく。
その後に続いていくのは
複雑そうな表情をした、戦乙女とその相棒。
そして、いつもの眠たそうな表情のバクと
使命を思い出し、覚悟を決め
まるで生まれ変わったかのような、一人の
少女の思いを受け継いだ天使だった。
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