第8話 人と怪物の境界

死にたい。

そう思ったことは何度あった事か。

自分の存在自体が悪夢となる事実に

手放したくても手放すことを許してくれない力。

戦う理由がなくとも、俺に戦いを強要するこの運命。

そして何より、人にバケモノと呼ばれ、デモンズにすら

バケモノと呼ばれた挙句、他人に傷つけられて

誰が生きていたいと思うだろうか。

いや、これは正確ではないかもしれない。

だってもう、新宮友也はこの世に居ないのだから。

だったらなぜ自分はまだ戦っている?

憎しみを向けるべき相手は居たが、そもそも

憎むことすら、とうの昔に疲れてしまった。

人を守るのも、本音を言ってしまえば

出来れば今すぐにやめてしまいたい。

たまに、こう思う事がある。

戦わずに一方的に殺されれば楽になるのに。

悲しい事に、夜の冷たい風は俺に答えをくれない。

俺に夜の冷たい風がもたらすのは

静寂と、風に運ばれてくる幸せそうな音

そして、自分が一人という事実。

「やっぱり、セイレーンを殺してから

 心が落ち着かないな。」

俺が感情を制御しきれずに

情報を引き出して駆除しなきゃならない

そんなセイレーンを、感情任せに無惨に殺した。

隣に居たレミエルは、あの時のあいつと同じように

俺の姿を見て、逃げていった。

あの時と何もかも同じ、もはや運命だな。

俺はあの後、また自分と自分の運命が嫌いになって

デモンズが滅ぼし、人が捨てた都市

エンドタウンまで逃げてきた。

「あの時のことを思い返すと、

 今でもやっぱり少しばかり疲れる、な。

 ひと眠りするか。」

そう思い、俺はベンチに横になり目を閉じた。

その時だった。

「かごめ かごめ」

ん、子供が遊んでるのか?

「籠の中の鳥は いついつ出やる」

、、、子供が遊んでる?

ちょっと待て、ここはエンドタウンだぞ?!

「夜明けの晩に 鶴と亀が滑った」

俺は目を開けて、その声の方向を見る。

ただ、そこには誰も居ない。

何か黒い影が俺を囲んでいるだけだ。

「後ろの正面だあれ?」

意味の分からないようで意味がある

何らかの力が宿った言葉の羅列、即ち詠唱。

そして、対象を囲むかのように配置された謎の影

これが意味するのは、陣を結ぶための何か。

この二の要素が揃ってるって事は

間違いない、これの正体は『結界』だ。

「逃げないと巻き込まれるが、

 もう遅いか。」

その最後の一説が唱えられると、自身を中心に

円筒状の光の柱が形成される。

その眩しさに反射的に目を閉じると

次の瞬間、その目には別の光景が映し出されていた。

「真っ赤な夕暮れの荒野、ね。」

周りは赤い夕暮れの様な風景を映し出し

地面は所々隆起しており、まるで

拡張次元と同じように荒廃したような印象を受ける。

そんな世界が、辺り一面に広がっていた。

「さて、出口はどこかな。」

そう呟き、周りを見渡してみると

出口らしきものの代わりに、崩れかけている鳥居があった。

というより、鳥居でできた道のようなものがあり

その道は、少し小高い丘に続いていた。

「鳥居、か。」

今の時点で俺が持っている相手の情報は

結界持ち、という事と

おそらく日本の妖怪か何かの名前と

それに関する逸話を持った何か、という事だけか。

「気は進まないが、行くしかないか。」

この結界内に入ってから、少しずつだが

力、というより命が奪われている気がする。

急がなければ、危ないだろう。

そんなことを思いながら、一歩一歩その

壊れかけの鳥居の道を進んでいく。

「神社に参拝しに来てるみたいな気分になるな。」

周りの景色に目を瞑れば、完全に

壊れかけの神社の参道と大して変わらない。

それ故に、恐怖をあおられる。

「日本で、神社に祭られてるならまだしも

 封じ込められてる奴は

 ロクな奴がいない気がするが。

 さて、嫌な予感しかしないが、鬼が出るか蛇が出るか

 どちらが出るかくらいは確認しとくか。」

不安を紛らわせるかのように独り言を並べながら

歩いていると、ついにその道を抜け

その少し小高い丘の頂上にたどり着いた。

「やっぱり、神社というより

 社があったか。」

鳥居の道を抜け、その丘にあったのは

壊れかけた社だった。

ただ、他の神社にあるような社と違ったのは

その社の中には、竹籠が逆さに置かれており

まるで檻のように鎮座していた事だろう。

「、、、何だ、あれ。」

俺は疑問に思い、戦闘態勢を取りながらも

その社の中の竹籠の中を見ようと、近づいた。

ただ、近づけば近づくにつれ

誰かの嗚咽の様な、泣き声の様なモノが聞こえてきた。

「音で釣って、捕食するパターンか?」

そーっと、物陰から隠れるかのように

竹籠の中を見る。

すると、その竹籠の檻の中には

着物を着て、泣いている一人の少女が居た。

結界に捕らわれてる人間か?

いや、まだ断定するには不確定材料が多すぎるか。

そう思い、その少女が閉じ込められている竹籠の

中をよく観察し直してみると、その少女の足元には

幾つもの死体が転がっていた。

何よりも不気味なのが、その死体が

全く朽ちていないことと、少女がその死体を

大事そうに拾い上げ、『抱きしめていた』事だ。

俺は、その光景を見て

彼女を敵と判断し、その銃口を向けようとした。

が、その刹那に涙に交じり

こんな言葉が聞こえた気がした。

「誰か、私を止めて。

 誰か、私を殺して。」

祈るように、縋るように、切なそうに。

その声を不幸にも聞いてしまった。

「、、、殺してほしいのか?」

俺は姿を隠すのを止め、その竹籠の中の少女の前に

姿を現した。

俺だって好きで戦ってるわけじゃない。

ただ、A&Hのエージェントの使命として、

人に害を成すデモンズを殺して、殺して

その殺した分、副次的な結果として

人間を守っているだけだ。

まぁ、昔は憎しみでその力を振るってたが

それさえ今は、疲れてしまった。

だから、こいつが害を成さないデモンズ

『聖種』に該当する奴なら、、、

そんな希望を持って、俺は問いかけた。

「もう一度聞くが、本当に殺してほしいのか?」

すると、少女は返答する。

「死ぬのは怖いけど、これ以上

 もう、誰も傷つけたくないから。

 、、、私を、止めて。

 、、、私を、殺して。」

その言葉は、弱弱しく

多くの迷いを内包していた。

だが、一つだけ確実に言えるのは

目の前の少女は

『自身を殺して、この惨劇を止めてほしい

 その代償が自身の命であっても。』

そう思っていたことは間違いないだろう。

「なぁ。

 お前は、殺したくて、、、そいつらを殺したのか?」

あんな覚悟ができて、あんなことを言える

そんな奴が人間を害す敵であるはずがない。

そう思いたかった。

「殺したくは、なかった。

 でも、【鳥籠】の中では、私以外の命は

 少しづつ、その命を奪われて

 みんな、死んじゃう。」

悲しそうに、その少女は言った。

殺したくはなかった。

ただ、殺してしまった。

現に殺してしまっている。

なら、こいつは俺の敵、いや

バケモノである。

そのはずなのに、どうしても銃口を向けられない。

だって、

『きっと生きたいはずなのに、生きているだけで

 誰かを傷つけてしまい、殺してしまい

 それに悲しみ、後悔し、その連鎖を止めるために

 自身の死を望む少女。』

そんなの、悲しすぎるじゃないか。

「、、、何で泣いている?」

少女は答える。

「ひとの、人の温もりが恋しくて。

 でも、みんな、、、冷たくなって。」

俺はその言葉を聞き、拳銃を投げ捨てた。

だって、俺には撃てなかったから。

「殺してほしい。

 でも、死にたくない。」

メビウスは呟く。

「、、、うん。」

「ただ、誰かに一緒に居てほしいだけなのに

 自分の存在が、誰かを傷つける。」

「、、、うん。」

メビウスの目から、涙がツーと流れる。

「俺と同じ、だな。

 何でこんな悲しい運命に

 生まれてきたんだろうな、俺達。」

名も知らぬバケモノの少女に語り掛ける。

すると、その少女は

「そう、、、私とおなじ、なのね。」

そう呟き、メビウスをその涙塗れの瞳で見つめる。

するとその瞬間に、メビウスの体は

竹籠の中に引きずり込まれた。

メビウスは何の抵抗もしない。

だって、彼も同じように

自身の死を望んでいたから。

そんなメビウスを、その少女は抱きしめる。

それと共に、彼女の止まらなかった涙はピタリと止まり

その顔は、幸せそうな表情へと変わる。

「あなたは、他の人より。

 ずっと、ずっと、あったかい。

 、、、私は籠の中の鳥、【籠鳥(ことり)】

 あったかい、とってもあったかい心を持った

 あなたを、死ぬまで愛すことを許してくれますか?」

籠の中の鳥は、愛されることを望んだ。

いつか、籠の外から入ってきた死神は

誰よりも、愛を望み、人を望み、ヒトであることを望み

誰かと共にいることを望んだ。

だから、、、

「、、、籠鳥、君がいいなら。」

白昼夢を断ち切ることより、その白昼夢の中で

幸せを見ながら、死んでいくことを選んだ。

もう俺には何が正しくて、誰が間違ってて

誰が人で、誰がバケモノかなんて

そんなことを決めることはできない。

だから、もう俺は戦えない。

だって、もう何が正しいか分からないんだから。

だから、もう、、、使命なんて

どうでもいいよな。

、、、きっと、許してくれるよな。

そして、誰よりも人に傷つけられ

誰よりも人を殺し、殺した分

誰よりも人を護った、バケモノと呼ばれた少年は

人より人らしく在った、バケモノの少女の腕の中で

初めて、幸せそうにその瞳を閉じた。

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