第6話 体(こころ)の傷

私は、覚えている。

何処で見たかは分からない。

いつ見たかもわからない。

でも、彼のあの目を、私は知っている。

「なぜ逃げなかった。」

彼はそう問いかけてくる。

逃げたかった、怖かった。

知りたくなかった、見ていたくなかった。

でも、何よりもそれ以上に

「あなたを残して逃げるのは、嫌だったから。」

何故なのだろう。

彼に特別な恩義があるわけでもない

彼が好きなわけでも、彼と何か約束があるわけでも

彼と共に居たいわけでもない。

でも、彼を残して逃げたくなかった。

そう思った。

「お前、本当に変わってるな。」

彼の瞳には、怯えて縮こまっている

情けない私が映し出されている。

でも、彼はそんな私を見て

何故か少し理解しがたいような

でも、嫌ではなさそうな。

そんな顔でそう言った。

「、、、本当に、変わった奴だな。」

彼は、何かを懐かしむかのようにそう言う。

「後始末と、バクの輸送が残ってる。

 お前は先に帰っててくれ。」

私は、彼を手伝おうと思い

それを口に出そうとした。

でも、彼にはそれすら見えていたのかもしれない。

なぜなら、彼は私が口を開こうとしたその瞬間に

思い出したかのようにこう言ったから。

「誰だって、地獄を見たくはないものだ。

 それに、後始末は慣れてる奴だけの役目だ。」

彼は私を否定はしなかった。

ただ、彼の目の前、、、いや、彼の足元に広がる

その地獄を見る覚悟を、私に問いかけてきただけだ。

「、、、分かった。」

私は、そう言うしかなかった。

だって、私に地獄は歩けないから。


もう動かない肉塊、溢れ出す臓物

今にも悲鳴が聞こえてきそうな凄惨なる墓場。

いや、墓場というには冒涜的過ぎるか。

「いつもの光景、だな。」

デモンズは、基本的に人間に対し敵対的だ。

人を殺し、人を憎み、その悪意に突き動かされるままに

人を殺すだけではなく、その死体すら残酷に彩る。

そんなことを思いながら、俺は

切り裂き魔の死体を拾い上げる。

「、、、胸糞悪いな。」

その顔は人形のように美しく、その服は

まるで童話に出てくる少女そのものだった。

だからこそ、その姿をしたモノに手をかけた自分と

そして、この姿を形作った悪意に対し

とてつもない嫌悪感で胸が溢れる。

ただ、それと同時にやはり嫌でも感じてしまう。

「こいつもクイーンの残滓がこびりついてる、か。」

「クイーン~?」

そこに仕事、というか食事を終わらせたであろうバクが

いつの間にか背後に現れ、話しかけてくる。

「俺も詳しくは分からない、し。

 お前が知ってたら、余計なことに巻き込まれる。」

俺はそっけなくそう答えた。

「ふーん。

 まぁ、いいや~

 ひさびさにたくさん食べれたし~」

バクは一瞬気にするようなそぶりを見せたが

大きなあくびをし、寝込んでしまった。

「さて、と。

 出番だぞ『冥府の扉』。」


『解剖結果・・・素体 なし

 生物的分類・・・既知の生物とは一致せず

 魂・・・異常性を検出 表示しますか?』

・・・いいえ

・・・はい←決定

『要求を承認・・・データを開示します。』

解析ログ 再生

外部からの干渉の痕跡を検出

干渉者の特定・・・不可能。

データベースに該当する魂が存在しません。

干渉による影響・・・戦闘能力の強化。

解析ログ 終了

メビウスは溜息と共に、そのスクリーンを閉じ、呟く。

「やっぱり、簡単に尻尾を掴ませちゃくれないか。」

椅子から立ち、作業台の方へと足を運ぶ。

「整備整備っと。」

一つずつパーツを解体し、丁寧にメンテを行う。

そして、メンテを終わらせたパーツをもう一度組み上げる。

その後、弾倉に弾丸を詰め

消耗品の確認を済ませる。

そんないつも通りの作業をしていると

頭の中に、昨日の戦闘の光景が浮かんできた。

「オールレンジ攻撃兵器、か。」

刃物を宙に浮かせ、射出。

それにプラスで操ることができれば、、、

「流石に、無理だよな。」

そんな技術があっても、おそらく俺の脳が持たない、か。

でも、いい加減ハンドガンとナイフ、そして

自分だけで戦うのも限界が見えてきたのも事実。

でもだからと言って、前のように多数の武装を

持ち歩くのは、機動性が落ちることになる。

「どうしたもんか。

 アレをもう一回使うか?

 うーん、、、」

そんな風に呟いていると

扉をノックする音が聞こえてきた。

訪問者とは変わった奴もいるもんだ。

「ドアロック 解除。」

そのメビウスの声を認識したAIが部屋の扉を開ける。

「やぁ、死神君。」

その扉から現れたのは、A&H最高管理者である

神宮新だった。

「何をしに来た。」

俺は軽く殺意が混ざった瞳を、神宮に向ける。

「おや、珍しく気が立ってるようじゃないか。

 手がかりがなくて、イラついているのかい?」

その視線を神宮は何事もなかったかのように

受け流しながら、言葉を返す。

「じゃぁ、お前が手掛かりを持ってる。

 とでもいうのか?」

俺がそう問いかけると、悪戯気な笑みで

神宮はこう言った。

「手掛かりじゃぁないが。

 この子は、君の事を誰よりも一番知ってるだろう。

 だったら、何か知ってるかも、、、なんてね。」

その言葉と同時に端末に位置情報が送られてくる。

「、、、お前も本当に趣味が悪いな。

 不本意だが、思惑に乗ってやるよ。」

そう言い、俺は出撃準備を整える。

「お、行く気みたいだね。

 君の相棒君も呼んでおくから

 君の好きに、楽しむといいさ。」


寂しい路地裏、じめじめして

何か人ではないモノの世界のようにすら感じるこの場所。

俺はこの場所を、誰よりも一番よく知っている。

「なんか、ピリピリしてるね。」

そんな俺の様子を感じ取ったのか

レミエルが話しかけてくる。

「あぁ、ちょっと、、、な。」

ただ、メビウスは答えを濁し

はっきりと答えようとはしてくれない。

ただ、一つだけわかるのは

彼が纏っているソレが憎しみに近い、殺意だったこと。

それだけだ。


そして、しばらくの間その迷路のような路地裏を進む。

正直こんなところに長居はしたくなかったけど

彼一人を見捨てて逃げるのも

できない、かな。

「よし!」

私は、気合を入れなおし彼の後に続く。

「♪ ♪ ♪」

、、、歌?

「ねぇ、これって、歌、だよね?」

私は彼に問いかける、が

彼は、きっと私の声が届いていないのか

私の方を振り向きすらしなかった。

「ちょっと、大丈夫?」

私は、彼の調子が悪いのかと思い

彼の肩に手を置き、彼の体を揺らしてみようと思った。

が、そう思い手を動かそうとした次の瞬間には

私の視界から彼が『消えていた』。

こんな一言を残して。

「 死 ね 」

彼の声がする方向に咄嗟に目線を向けた。

ただ、そこに広がっていた光景は

まるで人が作り出しているモノとは思えなかった。

奈落のように深く、黒く抉れた右腕で

人魚の様な怪物の喉を握り潰し。

もう片方の腕では、人魚の腹を

思いきり貫き、臓器を引きずり出していた。

「 殺してやる 」

もはや歌は消え去り

彼のその殺意のこもった声だけが響く。

何故か分からないけど

その声に、その姿に、見覚えのようなものがあった。

それと同時に、私に襲い掛かってきたのは

まるで悪夢のような恐怖。

彼のあの言葉が脳裏に蘇る。

『ただ、俺の存在をあえて定義するなら

 俺は、バケモノを殺すためのバケモノだ』

、、、見ていられなかった、そこに居られなかった

だから 今回も 逃げた。

私は怖くて後ろを振り向けなかった。

だから、彼女は気づけなかった。

自分の後ろには、血の混じった涙を流し

世界を呪いながらも

戦う孤独な少年の姿があった事を。



特殊データファイル エージェント00の身体異常について。

エージェント00メビウスの右腕には

深い傷跡が残っていることを確認。

治療を推奨したが、本人の遺志により

却下された。

傷は、おそらく刃物で何度も切りつけられたもの、と

推測されているが、それについては

本人からの確認が取れていない。

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