第5話 ジャック・ザ・リッパー

風が頬を撫でる。

青い空、人々の暮らし、そして

その陰に隠れる悲鳴。

「嫌なくらいに、変わらない世界だな。」

そう言い、少年はシャッターを切る。

「だけど、変わらないものは

 やっぱり、貴重なのかもしれないな。」

世界は変わらない、そして今を切り取ったこの写真

それも、今後一切変わることはない。

未来、過去、現在。

それらに流されながら生きているのが、人間。

ただ、人間ながらもその輪から外れた者が居たら?

少年は右腕の裾を捲り、その痛々しい

深く、深く抉られた痕を見る。

「やっぱり、俺は人間であってはならない。

 そんな存在なのか。」

その傷が告げてくる。

『お前はバケモノだ』と。

この十字架を背負って、早何年。

重くて、辛くて、潰されそうな日々の繰り返し。

「でも、こんなのももう少しで、きっと終わる。

 いや、終わらせて見せる。」

少年は自身を鼓舞するかのようにそう言う。

風が荒れる。

鳥は立ちどころに羽ばたき、野良犬は吠える。

何かの前兆を告げるかのように。

「、、、来たか。」

少年がそう呟くと、けたたましい警戒音と共に

一つの通信が入る。

『幻種【ピエロ】 脅威度 暗闇の出現を確認。

 それと、これは、、、カテゴリー不明

 脅威度不明、個体名不明のデモンズが出現!

 付近のエージェントは対処を願います!』

少年は耳元の通信機に手を置き、こう言った。

「その不明個体は切り裂き魔こと、

 ジャック・ザ・リッパーだ。

 よって、切り裂き魔駆除作戦、『フィナーレ』を

 開始する。

 繰り返す、作戦名『フィナーレ』を開始する。」

その言葉と共に、一つの舞台が幕を開いた。


『ピエロの出現区域付近の封鎖及び

 ジャック・ザ・リッパーの出現付近の封鎖を

 完了しました。

 作戦名『フィナーレ』第二フェーズへ移行します。』

その通信を聞いた後、メビウスは横に立つレミエルに

「足手まといにはなるなよ。」

と言い、立ち入り禁止区域に足早に向かっていった。

反論をしようとしたレミエルだったが

その反論は自身の上部で鳴り響く

大きなプロペラ音にかき消された。

『戦術機動兵器試作型『α』到着を確認しました。』

レミエルの頭上から降りてきたヘリコプターには

『α』とやらが積載されているようで

着陸するや否や、大きな箱のようなものに

足が四つ付いた、謎の機械が顔をのぞかせた。

「α、、、?」

私はソレが、普通の機械じゃないことを

直感的に理解した。

いや、理解せざるを得なかった。

なぜなら、その大きな箱の中からは

『よく知っている気配』が、溢れ出ていたからである。

もしかして、バク?!

でも、私以外に気づいている人が居ないの?

「不気味。」

それ以外に表現のしようがなかった。

忌むべき対象の筈なのに、彼らは

気づいてすらいない。

私はバクから彼らを守らなきゃならないのに

バクを傷つけることが彼らを

傷つけることになるのはよく分かっている。

あり得ない矛盾を目の前に突き付けられた恐怖。

「どうかしてる。

 、、、もう行こう。」

『私たち天使は人間を守るために存在する』。

それは変わらないはずなのに。

そう呟き、レミエルもメビウスの後を追うのであった。


ポタ、ポタ、ポタ。

水が天井から滴り落ちる。

その水滴が地面に触れ、一定のリズムを奏でる。

「おめかし おめかし うれしいな♪

 おめかし おめかし うれしいな?♪

 おめかし おめかし たのしいな♪

 おめかし できない かなしいな♪」

その奏でられるリズムと、その少女の声が

重なり、ビル内にその歌のようなものが響く。

それだけなら、普通の少女が鼻歌を歌っているように

聞こえる。

が、ソレは少女とは到底かけ離れた存在だった。

なぜなら、彼女の手の中には、先まで生きていたであろう

何かの手にかかった被害者の、バラバラの体のパーツの

残骸だったものが握りしめられていたのだから。

少女は鼻歌を歌いながら、そのバラバラの体を

組み合わせ、かつて人だった肉の塊を化粧していく。

「おめかし おめかし 」

彼女のその冒涜そのものとでも言えるかのような歌を

遮るかのように、一発の銃弾が顔を掠める。

「足手纏いにはなるな。

 と、言ったはずだが?」

その弾丸は、本来その少女の胸を貫き

その命を終わらせるはずだった。

だが、レミエルが邪魔をした。

「でも、あそこにいるのは、、、」

確かにみてくれは人、に見えるな。

メビウスが冷たく、こう言う。

「なぁ。

 お前にはあの犠牲者の山が

 見えていないのか?」

そう言われ、私はもう一度その少女の方を見た。

「、、、え?」

それ以上の言葉が出なかった。

脳が理解することを拒否していた。

だって、それは

『守るべきもの』の姿を取っていたから。

「ねぇねぇ。

 お兄さんたちは、誰?」

その人の形をした歪な怪物が微笑みかけてくる。

言い表せない恐怖、戦わなくても分かる

圧倒的な実力差。

嫌でもわかる、分かってしまう。

でも、『彼はそうじゃなかった』

「誰か、か。

 誰でもないさ、俺は。

 ただ、俺の存在をあえて定義するなら

 『俺は、バケモノを殺すためのバケモノだ』。

 さぁ、時間だ。 『開け 扉よ』。」

そう言い、私の目で追えない速度で彼は動き出す。

「おっとと、危ないじゃん。」

目の前の怪物

ジャック・ザ・リッパーは、彼の閃撃をひらりと

身を躍らせ、避ける。

「この速度についてくるか。」

彼はそう言い、ジャック・ザ・リッパーの

意識を引き付けるかのように、わざとらしく

その速度を一瞬落とし、隙を作る。

「じゃぁ、今度はこっちの番ね!」

すると無邪気に微笑み、ジャック・ザ・リッパーは

スカートの中から無数のメスを取り出し

宙に浮かせる。

そして、

「死んじゃえ!」

その言葉に呼応するかのように、空中のメスが全て

彼に向かって射出される。

「『開け 白の頁』」

彼は、それを見た瞬間

『あの呪文』を唱える。

その途端、彼の右目からは青い光が漏れ出し

辺りにはまるで、本のページをめくるかのような音が

木霊した。

それとほぼ同時のタイミングで飛来した

無数の刃をひらりと躱し、時に叩き落とし

その刃を全て捌ききった。

「足を止めたのは間違いだったな。」

そう言い、彼はハンドガンを構える。

「『記せ 白の頁』」

その言葉と共に射出された死は

獲物に逃げる事すら許さず、その命を喰らった。

私は、その一瞬の攻防の内に

文字通りの恐ろしい怪物が倒れるのを見て彼に聞いた。

「終わった、の?」

彼が私のその言葉に振り向く。

「、、、まだ居たのか。

 お前。」

彼が私を見るその目は、心が凍てついてしまいそうなほどに、冷たかった。

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