翌日の昼休み。5組の教室を覗いてみると、日山は机に突っ伏して、神山はその隣で飯を食っていた。

「神山、昨日はごめん」

「何が?」

 神山は、コンビニのおにぎりを剥きながら、短く返事をする。

「いや、日山を押し付けちゃって……」

「急ぎの用があったんだろう。仕方がない」

 何でもないことのように言ってくれる神山は、本当にいい奴だ。

「日山は寝てるの?」

「さっさと弁当を食って、寝た」

「そう」

 突っ伏したまま微動だにしない日山を見下ろす。教室に入った時から、ヒナ鳥はじっと俺を見ている。丸い琥珀色の瞳は、何かを伝えたいような、助けを求めているようにも見える。

 軽く深呼吸をして、意を決して日山の頭に手を伸ばす。

 日山の状態を考えると、この鳥に触れるのは怖い。だけど、ハチはこの鳥を危険じゃないと言った。それに、あっくんの練習試合で三重先輩をあんなに警戒していた神山の犬達が、こんなに近くにいるこの鳥を、全く警戒していない。それは、この鳥が危険ではないという証拠。

 伸ばした指先がヒナ鳥の頭に触れた瞬間、何かの映像が頭に流れ込んできた。剥がれそうな樹皮の木、風に揺れる緑の葉、青く澄んだ空。風に揺れる葉の隙間から見えるのは……鳥居?

「山口」

 気が付くと、誰かに腕を掴まれていた。掴んでいる手を追って視線を上げると、神山がいた。

「神山?」

「大丈夫か?」

「?」

「倒れかけた」

「へ?」

「保健室、行くか?」

 やばい! ちょっと意識が飛んでたんだ!

「いや、大丈夫! なんでもないから! もう、教室戻る……」

 ガタン!

「いてっ!」

 後ろを見ないで後退ったら、机にぶつかって倒しかけた。誰も座ってなくて良かったけど、他クラスでどんくさいことをしてしまって、すごく恥ずかしい。

「うるさいなぁ……」

 微動だにしないで眠っていた日山が、目を擦りながら頭を上げた。

「日山」

「起きたか?」

「うるさくて目が覚めた」

「だったら、さっさとノートを写して返せ」

 大きなあくびをする日山を、冷たい目で見下ろしながら神山が言う。

「まだ眠い……」

 そう言いながら机の中をごそごそ漁って、ノートと筆記用具を取り出す。神山の言うことを聞いて、ノートを写すようだ。

 目を覚ました日山より、日山の頭のヒナ鳥が気になって仕方がない。起きた日山に対し、ヒナ鳥は眠ってしまった。まるで、用は済んだと言うように。

「日山。放課後、時間ちょっといい?」

「別に大丈夫だが。なんの用だ?」

「放課後に話すから」

 急いで教室に戻って席に着くと、倒れるように机に突っ伏した。途端に意識が遠のいていく。

 きっとあの鳥のせいだ。このひどい疲労感と、意識を保てないほどの眠気は。

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