「日山くん、しっかり持って! もう、焦げてる! 早く下ろして、しっかり混ぜて! あー、もう……」
先輩の叫びが化学室に響く。思わずそっちを見てしまうと「山口くん。よそ見している場合じゃないよ」と注意された。
今日は、カルメ焼きを作っている。
文化祭でやるのが、紙飛行機とシャボン玉だけじゃ客が来ないと言う話から、客寄せに食べられる実験をやることになった。それが、カルメ焼き。
おたまに三温糖と水を入れ、125度になるまで加熱。125度になったら、濡れタオルの上に下ろし、少し冷ます。重曹を入れてよく混ぜるとぶわーっと膨らんで固まり、サクサク食感の美味しいカルメ焼きの出来上がり。とても簡単に出来て楽しい実験で、小学校や中学校の理科実験でやる学校もあるらしい。俺は作ったことも、食べたこともないけど。
料理部と兼部の先輩女子3人の指導の下、カルメ焼きを作っているけど、これが難しい。動画や説明を見ると簡単そうなのに、膨らまない、固まらない、焦げる。とても、人に食べさせられる出来じゃない。
何度も作ったことがあると言って自信満々だった日山は俺よりひどい有様で、教えている先輩の叫び声が頻繁に聞こえてくる。
「日山くん。体調悪いんじゃないの?」
カルメ焼きというより、カラメルソースのようになったそれをアルミのカップに入れながら、先輩が聞く。
「いや、体調が悪いわけでは……」
返事をしながらイスに座った途端、後ろに倒れそうになる日山を、別の先輩が慌てて支えた。
「すみません。ちょっと眠たくて……」
目を擦りながら立ち上がった日山を、先輩達は心配そうに見る。
俺が近くにいるせいか……
俺が近付くと、ヒナ鳥が目を開ける。ヒナ鳥が目を開けると、日山がひどい眠気に襲われる。
先週の部活中、日山は俺の隣に座っているだけで、船を漕いだ。その頃からヒナ鳥は、俺が近くにいると、ずっと俺のことを見るようになった。ヒナ鳥が目を開けると、日山のまぶたが落ちる。それに気付いた俺は、日山と距離をとるようにした。だけどヒナ鳥は、離れても俺を見るようになった。しかも、俺が遠くから日山を見ると、視線に気付いたヒナ鳥が俺を見返してくるようにもなった。
このヒナ鳥が、眠そうにする日山と無関係とは、もう思えなかった。
「日山くん。今日はもう、帰りなさい。こんな状態で火を使うのは、危なくて許可できません」
藤原先生が、心配そうな顔で言った。
日山は、開けかけた口を一旦閉じると「はい」と小さく返事をして帰り支度を始める。
日山が帰り支度を始めたのを確認すると、藤原先生は俺のところに来て言った。
「山口くん。悪いけど、途中まででいいから、日山くんを送ってあげてくれない? 大丈夫だと思うけど、途中で倒れられても困るし……」
「はあ……」
1年が2人しかいないせいもあるけど、日山の面倒をみるのが俺の役目になっている。それ自体、別に嫌なわけじゃないけど、今はちょっとまずい。俺が近くにいる方が日山が、もっと危ない気がする。だけど、そんなこと言えるわけもなく「はい」と小さく返事をして、帰り支度を始めた。
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