「あ、やっぱり俺のこと嫌いっすか?」

「ああ、嫌いだ。デカいってだけで、全部持ってっちまうお前なんか……」

「おい、ノブ!」

 奈良先輩が、焦ったように三重先輩をたしなめる。俺はあっくんをたしなめたい。せっかく収まりかけていたモヤが、また勢いを増してしまった。

「でも、俺は三重先輩のこと、好きっすよ。バレー上手いし、嫌いな俺にも打ちやすいトス上げてくれるし、すげー尊敬してます!」

 三重先輩がまとう黒いモヤの隙間から、微かな光が漏れ出た気がした。

「だから、もうすこーしだけ、俺に多くトス上げてくれたら嬉しいっす!」

 あっくんが豪快に笑った。三重先輩がまとっていた黒いモヤが、弾けるように霧散した。

 三重先輩の姿が、初めてクリアに見えた。黒いシャツを着ていると思っていたら、濃い青色のシャツだった。それに、意外に色白だった。三重先輩は、ずっとモヤをまとっていたんだ。それが今、完全になくなった。

「お前、そればっか。ほんとブレねえなあ……馬鹿かよ」

 三重先輩が小さく笑う。心のわだかまりがなくなった、とても穏やかな笑顔だった。

「バレー馬鹿は褒め言葉です!」

「勝手にバレー付けんな! ただの馬鹿だって言ったんだよ!」

 怒鳴ってるのに、声音が明るい。あっくんもそれが分かるのか、怒られても笑っている。

「おーい。何してんだ、お前ら」

 小走りで現れたのは、細身の背の高い人。

「そろそろ次の試合始まるから、早く戻れ」

「うそ、マジ?」

「俺、便所行くんだった」

「俺も俺も!」

「なかなか戻って来ないと思ったら、お前ら何してたんだ?」

「三重先輩との密会中に、奈良先輩に乱入されました!」

「なにが密会だ!」

「まあ乱入は認めるが……」

「認めんな!」

「どうでもいいけど、そういうのは部活が終わってからにしてくれ」

 わいわいと騒ぎながらトイレに走って行ったのを見届けてから、足元に座っているハチに声をかける。

「ハチ、今日はありがとう。もう大丈夫だよ」

 ハチは『キャン』と元気に鳴いて、姿を消した。

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