「ヤク……いつから……」
「えっと……ちょっと前から?」
壁で見えなかった所から出て来た奈良先輩は、頭を掻きながら、申し訳なさそうに言った。
「ノブの気持ちは嬉しい。交代させられた時、すげー悔しかった」
「やっぱり……」
「でもそれ以上に、勝てて嬉しかった。月山がいれば、もっと勝ち進めるんじゃないかと思った。だから2回戦からは、月山をスタメンに入れるように先生に言った」
「なんで!?」
「勝ちたいからに決まってんだろ?」
奈良先輩は、不思議なことを聞かれたかのように、きょとんとした顔で問いかける。
「俺は、勝てなくてもいい。ヤクとバレーが出来たら、それでいい」
「それ、本気か?」
「本気だ。俺がトスを上げて、ヤクが打つ。いつもじゃなくていいから、お前にもっと打って欲しい」
「さっきさ……」
奈良先輩が、穏やかな顔で三重先輩を見つめて言った。
「俺が必死で拾ったボール、ノブが上げてくれたよな?」
奈良先輩のスライディングレシーブを思い出す。すごく必死で追いかけて、三重先輩も同じくらい必死に繋いだあのプレー。そして、最後は……
「高さが足りなくて、しくったって思ってたのに、ノブはちゃんと上げてくれた。そんで、最後に月山が決めてくれた!」
「はい!」
あっくんが、人懐っこい笑顔を浮かべて返事をする。奈良先輩は、そんなあっくんに笑いかけて続ける。
「あの時、すげー気持ち良かった! これがバレーだ! て、すげー興奮した。改めて、バレーって楽しいなって思った」
後ろを向いている三重先輩の顔は見えない。だけど、三重先輩の心境の変化は、その体に顕著に表れた。三重先輩がまとっていた黒いモヤが少しづつ弱まっていく。届かないまでもあっくんに伸ばしていた黒い手が、少しづつ引っ込められていく。
「だから、もっと月山に上げてやってくれ。滋賀にも、他の1年にもさ」
奈良先輩が朗らかに笑って言った。三重先輩がまとうモヤが、さらに薄くなる。
「そうですよ! もっと俺にトスください!」
「月山は黙れ」
あ! せっかく薄くなったモヤが、少し濃くなった。
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