コートにいる間は分からなかった。動き回って、生まれた側からあっくんに取り憑き、やがて明確な形になる。あっくんを引きずり下ろそうとする手形の形に。

 先生の隣に座ってコートを見ている三重先輩が、どんな顔をしているか分からない。だけど、三重先輩の全身から、黒い湯気のようなモノが立ち登っているのがはっきりと見える。

 あっくんから離れている今は、安全だろう。モヤは三重先輩の周囲を揺めきながら、離れられずにいる。だからと言って安心は出来ない。その証拠に、神山の後ろにいたはずの犬が、神山とベンチの間に移動して、警戒するように三重先輩を見ている。

 さっきまで寝転んでいたハチもいつの間にか起き上がり、三重先輩の方を向いていた。俺が見ていることに気付いたハチは、今にも飛び掛からんばかりの構えをとって、俺の指示を待つ。俺は小さく首を振って、ハチを制す。ハチは、構えを解きながらも、まだ警戒しているように見えた。

 生霊を飛ばしていた相手が分かったからと言って、今はどうにも出来ない。あっくんに憑いた手形を散らしながら、試合が終わるのを待つ。

 セッター不在で決定打にかけても、あっくん達は頑張っていた。山なりに上がったボールやセッター以外が上げたトスで、スパイクを打つ。だけど、そんなボールは、簡単に拾われてしまう。見てるだけじゃ分からなかったセッターの凄さ。スパイカーが打ちやすいように、時には相手の意表を突いて上げるトスは、目立たないけど確かな技術。それでも、あっくん達は諦めていない。ラリーを続け、ボールを落とさないように動き続ける。

 長いラリーが何度も続き、なんとか1点を取り返し6対10になったところで、笛が鳴った。ベンチを見る選手達の顔が綻ぶ。三重先輩がコートに向かう。頭を下げ戻ってくる交代選手の肩を叩いて労っている姿は、とても良い先輩に見えた。

 選手達が、笑顔で三重先輩を迎え入れる。もちろん、その中にあっくんもいる。あっくんと三重先輩が近付いた途端、三重先輩にまとわりついていた黒いモヤ全部があっくんに流れた。モヤはあっくんの体を渦を巻くように包みながら降りて行き、足の真ん中で集まると、両の膝を掴む手形の形に変化した。

 すかさず、シェパードがコートに駆け入り、両方の手形を前足で叩く。試合が再開する前に、手形は霧散した。


 それで終わりだった。以降、あっくんの体に手形が憑くことはなかった。だけど試合中に三重先輩の体調が治る事はなかった。そのせいもあって、2セット目も12対25で負けた。

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