気のせいじゃなかった。

 試合中、黒いモヤは何度もあっくんの体に取り憑いた。いつの間にか現れるそのモヤは、すぐに黒い手形に変化し、あっくんの腕や足を掴むように取り憑く。だけど、あっくんに黒い手形が取り憑くや否や、シェパードが駆け出し、前足で叩く。たったそれだけで、黒い手形は消えた。

 完全に仕事を取られたハチは、拗ねているのかこっちに背中を向けて寝そべったまま、顔すら向けない。帰ったらいっぱい遊んでやるからと心の中で謝りながら、コートに目を戻す。

 シェパードの働きのおかげで、あっくんは絶好調だ。それに引っ張られる形で、他のメンバーの動きも良くなった気がする。それは、慣れない試合に緊張していた1年生が、ようやく実力を発揮できるようになっただけかもしれないけれど。

 大差をつけられていた1セット目は18点まで追い上げつつも、逆転には至らなかった。そのまま始まった2セット目。

 あっくん並に背の高い人が、勢いはないけど変な動きのフローターサーブを打った。相手がレシーブ出来ず、サービスエースが決まった。チームがさらに活気づく。次のフローターサーブも、相手は取れなかった。どこまでサービスエースが続くのかとワクワクしながら見ていたけど、次はオーバーハンドで上手く拾われた。だけど、小此木山高校チームの勢いは止まらない。相手のスパイクを、あっくんとサーブを打った背の高い2人でブロック。これで連続3得点。

 次のサーブは、勢いのある普通のサーブに変わっていた。もうフローターサーブは攻略されたからだろう。普通のサーブは難なく拾われ、相手のチャンスボール。相手スパイクに、またあっくんと背の高い人が跳んだ。だけど、今度は相手コートに返すことができず、ボールはブロックの手に当たってから、コートを大きく外れて飛んで行く。

 ブロックアウト。連続得点もここまでかと思っていると、そのボールを追いかける人がいた。背は高くないけど俊敏な動きで相手を翻弄し、何本もスパイクを決めていた奈良先輩。その気概に、見ているだけの俺も圧倒される。必死に追いかけ、スライディングでボールを拾う。決してよくない体勢から返されたボールに高さはない。だけど、セッターは繋げてくれたチャンスを絶対に逃さないといった感じで、低い姿勢でボールの下に入る。あっくんが走りながらボールを呼ぶ。

「月山ー!」

「いけー!」

 ギャラリーから叫ぶような声援が上がる。声に出さなかったけど、柵を握りしめて俺も応援した。声援に押されたあっくんの強烈なスパイクは、今度は相手ブロックの手を弾き、コートを外れて飛んでいった。相手チームの選手がボールを追うけど、間に合わない。これで4得点目。

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