その後も、度々黒いモヤは出現した。激しく動きまわる試合中、いつの間にかそのモヤはあっくんの体にまとわりつき、黒いシミに変化する。体全体を取り巻いていたモヤは、次第に腕や足に集まりシミになる。だんだんと濃くなっていくそのシミが、人の手形に見えた時、黒い手がプレー中のあっくんの足首を掴んで引きずり下ろそうとして見えて、すっと冷たいものが背筋を駆け上がった。

 あれは、はっきりとした敵意。妬みよりもっと強い、あっくんの活躍を許せない思いの結晶。

 なんで? チームメイトだろ?

 相手チームならまだ分かる。練習試合とは言え、相手に敵意を抱くのは当たり前だ。

 あっくんが両手を上げて跳んだ。わずかに高さが足りなかったせいで、指先に当たったボールは球速を落としながらこっちに落ちてくる。すかさず後衛の人がカバーに入り、高めのレシーブを上げた。セッターがボールの下に入る。あっくんが助走をつけて走り込む。

 ダメだ! 足首を掴む黒い手形を消さないと、高く跳べない!

 見えているのに助けられない焦燥感に襲われながら、あっくんの足首の手形を睨み付ける。俺の視線で消すことができればと、願いながら。

 視線で消すことはできなかったけれど、とりあえずは無事に済んだ。セッターは、あっくんでない別の人にトスを上げた。そしてそれは、見事に相手コートを打った。

「ナイスキー!」

「奈良先輩、ナイスキー!」

 全く面識のない先輩がスパイクを決めても声援を送る日山に目を向けると、3年生達に褒めてもらって嬉しそうにしていた。呑気に試合観戦を楽しむ日山がちょっと恨めしくて、うらやましくて、悲しくなってくる。そんな雑念を追い払うように1つ頭を振って、視線をコートに戻す。

 サーブがこっちに移る。ローテーションが回って、あっくんのポジションが移動する。サーブが打たれるまでの動きの止まったこの短い時間を狙ったように、小さな茶色の固まりがコートに乱入した。誰も目を向けないその茶色の固まりは、ハチだった。

「ハチ!」

 小さく声が漏れたけど、幸い誰にも聞かれなかった。

 ハチは真っ直ぐにあっくんの下に走って行くと、その勢いのままあっくんの足首に噛み付いた。足首に前足をかけ、頭を振りながら必死に噛んでいる。サーブが打たれ、止まっていた時間が動き出す。

 足首にハチを付けたままあっくんがプレイを始めてしまうと焦る俺の気持ちを知ってか知らぬか、あっくんが動き出した瞬間、ハチは足首を離した。ハチが離れると、あっくんの足首を掴んでいた黒い手形が下からバラバラになって剥がれ落ち、地面につくと同時に消えていく。

 役目を終えたハチは、選手の間を縫うように走りながら、神山の元に戻って来る。戻る途中、何回か蹴られていたように見えたけど、蹴った方も蹴られた方も全く気にしてないみたいだから、俺も気にするのをやめた。

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