『キャン!』
俺の視線を受けると『任せて!』とばかりに鳴いて、柵の下を潜って飛び降りた。
「ハッ……!」
思わず声を上げかけ、慌てて口を押さえる。ハチがあっくんの頭の上に上手に着地したのを見て、ほっと息を吐く。
ハチは生きていないし、2階から落ちても怪我もしないだろうと頭では分かっていても、あの小さな体で危ないことをされると、心配で仕方がない。そんな俺の気持ちを気にも留めないハチは、器用にあっくんの右肩に飛び移り、がぶりと噛みついた。
「なっ……!」
「山口、どうかしたか?」
「なんでもない」
つい声が漏れてしまったけど、言い訳している余裕はない。幸い、噛まれたあっくんは何も感じていないようで、真剣な顔で先生の話を聞いている。一方ハチは、あっくんの肩に歯を食い込ませながら唸り声を上げ、頭を振っている。その様子をはらはらしながら見ていると、あっくんの腕に付いた黒いシミに亀裂が入る。そして、下からバラバラになって、剥がれ落ちていった。
「よし! 気合い入れて行けよ!」
「はい!!」
タイムアウトが終わりコートに戻るタイミングで、ハチはあっくんの肩から飛び降りた。コートに戻った時には、あっくんの体に憑いていた黒いシミは、きれいに無くなっていた。
『キャン!』
先生の隣に立ち、尻尾を振りながら俺を見上げるハチは『すごいだろ!』と言わんばかりのドヤ顔だ。盛大に褒めてやりたいけど、今は声をかけられない。代わりに俺は、にっこり笑って頷いてやった。
ハチの頑張りで、あっくんに憑いたシミを取ることができた。だけど、コートに入ることはできない。ハチを迎えに行ってやれない。どうやってハチを回収しようか考えていると、ハチが唐突に走り出した。ハチが向かった先には、コンパクトカメラの液晶モニターを覗きながら菅原先輩と話す神山。
試合再開の笛が鳴る。菅原先輩はコートの向こうに、神山はベンチから少し離れた所でカメラを構える。神山がこっち側に来てくれたため、その姿はよく見える。神山の後に控える3匹の犬と並んで立つハチの姿が。神山が動くと、ハチも犬達と一緒に神山に付いて動く。なんだか、神山にハチを取られた感じがしてちょっと気に食わないけど、今は我慢する。
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