俺の気がかりをよそに、試合は進んでいく。

 軽いモーションで打たれた相手サーブを、味方の誰かが上手に捉える。高く上がったボールの下に、セッターが入る。あっくんが何か言いながら、走り出す。スパイクを打つためのモーションだ。それは、相手チームにも容易に分かったようで、あっくんの前に3人の選手が集まった。3枚ブロック。さっきは、強烈なスパイクで2枚ブロックを打ち破ってくれた。それをまた見せてくれると思っていた期待は、あっさり阻まれる。そのスパイクに、さっきのような勢いはなかった。それが幸いしたのか、止められたボールは緩やかな弧を描いて戻ってきた。後衛の選手が難なく拾い上げ、再びセッターがボールの下に入る。

「三重先輩!」

 あっくんが、誰かの名前を呼びながら走る。スパイクモーションに入ったあっくんの前に、再びさっきの3枚ブロックが立ちはだかる。だけど、セッターはあっくんにボールを上げず、反対側の人にボールを上げた。強烈とは言い難いながらもきれいなフォームで打たれたスパイクは、相手コートを見事に打った。

「奈良、ナイスキー!」

「ナイスキー!」

 先輩達の声援が飛ぶ。

「先輩の意地、見せてやりました!」

 スパイクを打った人が、ギャラリーを振り仰いで声援に答える。口々にその人を讃える声が上がる中、俺はあっくんから目が離せない。この短いラリーの間に、あっくんの右肩のモヤは右上腕に絡みつき、黒いシミに姿を変えていた。

「まずい……」

 試合はまだ続く。一見、あっくんに異常は無いように見える。だけど、ブロックに捕まることや拾われることが、だんだんと増えてきた。

「おいおい! 月山。打ち方が雑になってんぞ!」

「腕がちゃんと振れてねえぞ!」

 先輩達からやじが飛ぶ。それに合わせるように、先生がタイムアウトを取った。

「どうした? 終わったのか?」

「タイムアウト。すぐまた始まる」

 真下の先生の元に集まるバレー部員を見下ろしながら、日山に簡潔に答える。先生は、あっくんに調子を尋ねていた。先生から見ても、あっくんの右腕の動きが悪く見えたんだ。

 すぐに降りて行って、あっくんの腕の黒いシミを散らしてやりたい。だけど、タイムアウト中とはいえ、部外者がコートに乱入するのはためらわれる。何より、あっくんに黒いシミの生霊を飛ばしてる奴を見付け出さないことには、根本的な解決にならない。

 じりじりとした焦燥に駆られる俺の耳に、聞き慣れた可愛い声が届く。

『キャン!』

 足元に姿を現したのは、最近頼もしくなってきた愛犬(眷属)のハチ。

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