月山暁人の人となり

「はよー!」

「おっす」

「はよ、月山」

「おはよう、月山くん。もうすぐ先生来るよー」

 慌しく教室に駆け込んで来たあっくんに、あちこちから声がかかる。あっくんは一人一人に返事をしながらこっちに来る。

「はよ、とも」

 どかんと音を立てて机に鞄を置きながら、にっこり笑って俺を見る。

「おはよ。今朝も遅いね」

 右手で鞄の中身を出しながら、左手だけで器用にシャツのボタンを留めていくのを眺めながら声をかける。

 試験翌日から、毎日バレー部の朝練に参加してるあっくんは、2週間も練習を休んだ埋め合わせをしようと、最近毎朝ギリギリまで練習して、始業ギリギリに教室に駆け込んでくる。制服を着る時間も惜しんだため、ここ毎日前ボタン全開のまま駆け込んでくるけど、そろそろ先生に見つかって注意される頃だろう。

「でも、そろそろ怒られそうだから、明日からはもう少し早めに切り上げるわ」

「あっくんさ、昨日のメッセージに返事くれなかったけど……」

「あ、悪い。寝落ちした……」

 普段はすごくちゃんとしてるのに、バレーが絡むと他が疎かになるのは、あっくんの数少ない欠点だ。

「それはいいんだけど、英語の予習やった? 今日、そっちの列当たるよ」

 列ごと順番に当てる梶原先生。昨日、俺の列が当たったから、今日は隣のあっくんの列が当たるのは決まっている。

 あっくんが、黙ったまま俺を振り返る。案の定やってない、というより、忘れていたって顔だ。

「俺のでも良かったら、写す?」

 ぴらぴらと英語のノートを見せつけながら、笑って聞くと

「ともー! 愛してるぜー!」

 あっくんは身を乗り出して抱きついてきた。



 高校初めての公式戦。弱小バレー部が2回戦まで勝ち進めたのは、あっくんの力が大きかったと、俺は思っている。俺も観に行ったけど、あっくんがスタメンで入ってたらもっと楽に勝てたんじゃないかと思うほどだった。

 負けが確定しそうな2セット目終盤に先生があっくんを投入したのは、1年生に試合の空気を味合わせたかったのと、試合を諦めたような雰囲気が変わるかもと思ってのことだったらしい。あっくんは、先生が思う以上の働きを見せた。天性の運動神経とムードメーカーっぷりで試合の流れと雰囲気を変え、まさかの逆転勝ち。その勢いで3セット目も勝って、2回戦に進んだ。だけど、2回戦で強豪校に当たったため、結局、2回戦止まり。

「高校はやっぱレベルが違うなー。もっと練習しなきゃな」と言ってた矢先の部活禁止令。もう2度と部活禁止令を言い渡されたくなかったようで、神山に助けてもらいながら、試験勉強をすごく頑張っていたのを知っている。

 俺はいつもあっくんに迷惑かけてるし、助けてもらってる。親友として、恩返しの意味も込めて、俺に出来るフォローはなんでもしてやりたい。



「それより、あっくん。そろそろ先生が……」

 抱きつくあっくんの腕を軽く叩きながら諌めていると、がらりと音を立ててドアが開いた。

「月山。制服はきちんと着なさい。鞄を片付けなさい。山口と遊ぶのは、休み時間だけにしなさい」

「すみません、先生!」

 あっくんが弾かれたように俺から離れ、慌てて制服を直し、鞄を片付ける。

 せめて後3分早く教室に入らないと、大変なことになりそうだなと、武内先生の険しい顔を見ながら思った。

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