『演じさせてくれて、ありがとう』

 少女が真っ直ぐに俺を見て言った。やっぱりこの少女は、マッチ売りの少女を演じていたんだ。

 アンデルセン童話のマッチ売りの少女をハッピーエンドに改変した舞台。足を怪我して働けなくなった父親を助けようと、マッチを売る少女。俺は、病気の母親のためにご用聞きのような仕事をする少年の役をあてがわれた。話の全てを理解した訳じゃないけど、多分そんな感じ。

『私ね、1年生の時に劇団に入ったんだ』

 身振り手振りで話す少女は、明るく元気いっぱいな感じで、寂しげなマッチ売りの少女とは対照的だ。

『初めて主役に選ばれてね、すごくうれしかった!』

「うん」

『毎日、いっぱい練習した!』

「うん。君の演技、すごく上手だったよ。本物のマッチ売りの少女がいたと思ったよ」

『えへへ……うれしいな』

 そう言って、はにかんだ笑顔を見せてくれた。少女らしい、年相応の笑顔だと思った。

『昼の部のマッチ売りの少女役の子はね、すごく上手なの。前も主役したことがあるくらい』

「うん」

 ダブルキャストというやつか。少女は、夜の部で主役として出る予定だったのだろう。

『主役、初めてだったから、お友達も呼んでたんだ。見て欲しかったな……』

「ごめんね」

 思わず謝罪の言葉が口から出た。君の演技を見られたのは、俺1人だけ。

 どういう事情か、どうしてかは分からない。だけどこの子は、マッチ売りの少女を演じる前に、亡くなってしまったんだ。

『なんでお兄さんがあやまるの?』

 きょとんとした顔で俺を見る。

『お兄さんが相手役をやってくれて、すごく楽しかった!』

 両手を広げ、くるりと回った。

『上手だってほめてもらえて、すごくうれしかった! それに……』

 視線をあっくんに移す。

『見てくれるお客さんまで、連れて来てくれた!』

 あっくんは問いたげに俺を見ているが、口は閉じたままだ。俺が事情を話せるようになるのを、待ってくれている。

『だから、もういいの。私帰るね』

『キャン』

 その言葉を待ってましたとばかりに、部屋の奥で寝ていたハチが少女の前に進み出た。

『わんちゃん』

『キャン!』

 ハチがドアを通り抜けて出て行くと、ハチを追うようにして少女も出て行った。

「マッチ売りの少女が出て行った」

 未だ状況が分からないあっくんに短く話すと、ドアを開いて後を追う。あっくんも俺に続いて部屋を出た。

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