目の前には、豪奢なテーブルと数脚の椅子。テーブルの上には、花が飾られた白い花瓶と、何も乗っていない白い皿に空のグラス。少女はテーブルの脇に立ち、不安そうに俺を見る。テーブルの向こうには、椅子に座るあっくん。あっくんの服装は、白いスカーフを首に巻いた古めかしい正装に変わっていた。変わっていたのは服装だけじゃない。あっくんには見えないはずの少女を、微笑を浮かべながら優しく見つめる姿は、まるで別人。
急な変化に戸惑いながら視線を他に向けると、俺達を見上げる大勢の人が目に入った。薄暗くて顔までははっきり見えない。だけどその視線の全てが、俺達に向けられていることははっきりと分かった。
ああ、ここは舞台の上だ。この少女が
そう認識した途端、言うべき台詞が頭に浮かび、俺はゆっくりと立ち上がる。
「夢じゃないさ。俺達、助けてもらったんだよ。……この人に」
少し大袈裟に腕を振って、あっくんを示す。
「もうお腹空かせて、倒れることもないんだよ」
少女の目を見て、力強く言った。
『それだけじゃないさ』
あっくんがゆっくりと立ち上がり、ゆったりとした動作で少女に歩み寄る。だけど話すその声は、少年らしいあっくんの声とは全然違う。低いけれど良く通る、落ち着いた男性の声。
『君のお父さんは、優秀な大工だそうだね』
『はい。でも、足をけがして働けなくなって……』
少女がうつむき、悲しそうに言った。
『春に大規模な工事を予定している。君のお父さんにも、その工事に参加してもらいたい。給料も前倒しで支払おう』
少女は驚いたように目を大きくした。
『本当に? いいんですか?』
『もちろんだ。明日にでも君の家に伺おう』
『あ……ありがとうございます!』
少女は目に涙を浮かべ、大きく頭を下げた。頭を上げると、満開の花が咲くような笑顔を客席に向けた。
「俺の母さんも……」
少女の笑顔が俺に向く。俺は、力強くうなずいて言った。
「お医者様に診てもらえることになったんだぜ! すごいだろ?」
『本当に……夢じゃないの? こんな幸せなこと、マッチの火が見せる幻じゃないの?』
「夢じゃないよ」
俺は少女の隣に立ち、少女を見つめながら言った。
『夢じゃないさ』
あっくんも、少女の隣に歩み寄る。
『君のマッチは1つも燃えていないだろう?』
大袈裟な手振りで問いかけるあっくんに、少女と俺は、同時にうなずく。
『これは現実さ。子供達が飢えと寒さで震える、それこそが悪い夢だったんだ! この国の未来を担う子供達を救わず、どこに国の未来があるのだろう!』
あっくんが大きく手を広げ、前に出た。
『子供達は皆、幸せになるべきなのだ! この国の未来とともに!』
宣言とも言えるあっくんの最後の台詞に、会場から拍手が巻き起こる。言葉なく笑い合っていると、ゆっくりと幕が下りてきて、周りが暗くなってきた。
幕が下り切り一瞬の闇に包まれた後、景色は俺の部屋に戻っていた。
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