「こんにちは」

 しゃがんでいる少女を見下ろし、声をかける。

「こんにちは」

 一緒に来てくれたあっくんも、俺に倣って声をかける。もちろん、あっくんには少女の姿は見えていない。だけど、俺の視線の先を確認して、同じ所を見て声をかけてくれた。

 昨日までとは違うもう1人自分に声をかける存在に、少女がどういった反応をするかを待つ。

『ありがとう。会いに来てくれて』

 立ち上がった少女は、ふわりと笑って俺を見る。1度まばたきをして戸惑ったような顔をあっくんに向けると『この人はだあれ? あなたのお父さん?』と言った。

 勢いよくあっくんに視線を移す。

 確かに、俺より大分背が高い。体格のせいで、大学生に見られることもある。だけど、さすがに俺の父親には見えない。

「なんだよ、急に」

 突然じっと見つめられ、不思議そうな顔で聞いてくる。

「えーっと……俺、ちょっと変なこと言うかもしれないけど、気にしないで」

「分かった」

 あっさりとしたあっくんの承諾の言葉を聞いて、少女に向き直る。

「えっとね、この人は……」

 どう言うのが正解なのか分からないまま、口を開く。

『えっ? 町の偉い人?』

「……うん」

 俺の返事とは関係なく、予め決まっている台詞を言っているようだ。そこから、俺のとるべき行動が決まってくる。俺はうなずいて、次の言葉を待つ。そろそろ要求が出てくるはずだ。

『えっ? 食事に招待してくれるの?』

「は?」

 食事に招待? それは、この場所から移動するってこと? この場所から動けるの?

『キャン!』

 俺の疑問に答えるかのように、少女の足元にいたハチが鳴いた。俺と少女の視線を受け、ハチはぱたぱたと尻尾を振っている。

 少女があっくんの方に視線を向けた。あっくんは、少女のいる辺りに視線を彷徨わせていて、2人の視線が合うことはない。あっくんには、少女が見えないんだから視線が迷うのは仕方がないけど、少女も何故か迷うように視線を泳がせている。これも演技なのだろうか?

『あの……本当に、私なんかが行ってもいいの?』

 意を決したように、あっくんに問いかける。

「あっくん『いいよ』って答えてあげて」

 あっくんにこっそりと伝えたつもりだけど、この距離なら少女にも聞こえただろう。だけど、少女は気にした様子もなく、あっくんをじっと見つめたまま返事を待つ。

「いいよ」

 あっくんは理由も聞かず、にっかりと笑って言ってくれた。あっくんの返事を聞くと、少女は花が咲くように笑った。

『ありがとうございます!』

『キャン!』

 がばりと大きくおじきをした少女に、何故かハチが元気に返事をした。

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