「ハチ、出ておいで」

 自室に戻って声をかけると、体から淡い光が現れ、すぐに子犬の姿に変わった。

「あのね、ハチ…」

 正座して座ると、ハチは俺の真正面に来て、俺を見上げる。そのまん丸い目は『なあに?』と問いたげに、俺の言葉を待っている。

「あのね、悪い霊を追い払おうとしてくれるのは嬉しいけど、悪い霊でも無視しておけば、勝手にいなくなることもあるから」

 ハチは言ってることが分からないとでもいうように、小首を傾げた。

「だからね、神山が助けてくれたから良かったけど、ハチ、危なかったでしょ」

『きゅうん…』

 ハチがすまなさそうに頭を下げ、上目遣いで俺を見る。その健気な様子に心が折れそうになるが、いつも神山に助けてもらえるとは限らない。こういうことは、きちんと教えておかないと。

「あの男は確かに悪い霊だけど、ハチが吠えなかったら、気付かず通り過ぎてたかもしれないでしょ」

『くぅん…』

 萎れた声で返事をし、上目遣いで伺うような顔で俺を見る。

 怒られてるのは分かってるみたいだけど、怒られてる理由、本当に分かっているのか?

「だからね、えーっと……悪い霊に対しても、無闇に吠えちゃダメだよ。分かった?」

『きゃん!』

 最後の返事だけはいい。分かってくれたのかどうか怪しいが、この日の話はこれで終わりにした。


 後で神山のお母さんに、このことを話すと

「悪いことを叱る時は、その場ですぐ叱らないと、なんで叱られてるのか伝わらないわよ」

 と言われ、頭を抱えた。

 人の多い学校で、ハチを叱るなんて無理!


 この後、どうやってハチを教育するか悩んでいたが、最後の「無闇に吠えちゃダメ」をきちんと理解してくれたらしく、ハチが学校で吠えることはなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る