ばあちゃんとハチ
「ただいま」
「おかえり。ともくん、ちょっとこっちおいで」
階段に足をかけたところで、和室から声がした。
「なあに?」
「たまにはゆっくり話でもしようか」
「いいよ」
かけた足を戻し、和室の扉を開く。
「お茶入れるから、そこ座り」
布団のないこたつテーブルに座ったばあちゃんが、急須を揺らしながら顎で隣の座布団を指し示す。
「うん」
テーブルの上には湯呑みが2つ。夏は「暑い時に熱いお茶を飲むと汗が引く」と言い、冬は「やっぱりあったかいお茶は体が温まるね」と言って、ばあちゃんは1年中熱いお茶を飲んでいる。正直、冷たい麦茶が欲しい季節だけど、まあいいかと思って何も言わない。
肩にかけた鞄を落とすように下ろすその下を、小さな子犬が駆け抜けた。
「こら! 危ないだろ」
危うく鞄で押しつぶすところだ。
子犬は俺の言葉を無視して、和室の奥に入っていく。
「元気な子だね」
ちょこちょこと動き回る子犬を見ながら、ばあちゃんが笑う。
「あ、こら!」
仏壇に前足をかけ、奥を覗き込むようにしていた。
「いたずらするな」
仏壇からどかせようと手を伸ばすと、子犬は俺の手をするりと逃れ、ばあちゃんに駆け寄った。
「おうおう、可愛いね」
ばあちゃんが子犬を抱き上げると、子犬がぺろぺろとばあちゃんの顔を舐めた。
俺からは逃げたくせに……
俺は不満を紛らわせるために、ばあちゃんが入れてくれたお茶に口を付ける。母さんは、ポットのお湯をそのまま入れる。だけど、ばあちゃんが入れてくれるお茶は少し冷めていて火傷の心配がないし、母さんが入れるお茶より美味しい気がする。
「この子、どうしたん?」
「友達に……もらった?」
「あっくんかい?」
「ううん。高校で知り合った友達」
「そうか。ともくん、高校生になったんよね」
「何今更なこと言ってんの?」
「高校はどう? 楽しい? クラブは何に入ったん?」
俺は、ばあちゃんに聞かれる毎に答えていった。
高校の授業。部活のこと。あっくんとは同じクラスで、今もよくつるんで遊んでること。
「それでさ、みんなで毎日図書室で勉強して、この前は友達の家で勉強会やった」
「へえー。高校生ともなると大変だね」
「まあね」
「ちょっとごめんね」
ばあちゃんは膝に乗せていた子犬を下ろすと、仏壇に手を伸ばす。
「はい、お食べ」
「これ、ばあちゃんの苺大福だろ? ばあちゃん食べなよ」
「いいんよ、ばあちゃんはもう食べたから。お下がり。食べなさい」
「ありがと」
そう言って苺大福の包装を解いていると、ちょこちょこと子犬がやってきた。
「だめ。犬はこんなの食べられないんだよ」
子犬に背を向け、苺大福にかぶりつく。甘いものは得意じゃないけど、万福屋の苺大福は結構好きだ。大きな苺が入ってて美味しい。
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