ダッシュで家に帰り「おかえり。試験どうだった?」と尋ねる母親に、適当な返事をして自室に飛び込み、電話をする。

「もしもし、神山のお母さん!」

 アドレスをもらってから、メッセージのやりとりは何度もした。体の調子はもちろん、神山の学校での様子もよく聞かれる。神山は、学校でのことをほとんど話さないらしい。

「はい、悟の母です。山口くん、何かあった?」

「あの、ですね……」

 スマホを耳に当てながら、ドアを振り返る。ドアの外に母親の気配はない。だけど、さっきの子犬はドアの前に立ち、俺を見ながら尻尾を振っていた。


 子犬と見つめ合いながらさっきの出来事を話すと、爆笑された。

「ごめんなさいねー。相性良さそうで良かったわ」

 謝りながらも、その口調はとても楽しそうだ。

「相性が良いっていうか、この子犬、何なんすか?」

「お守りの代わり」

「この子が?」

 熱心に部屋の臭いを嗅いで回る子犬を見る。こんな小さな子が守ってくれるとは、とても思えない。

「と、ごんちゃんが言ってる」

 今日は家にいるらしい。神山の帰宅まで時間があるからか、お母さんはのんびりした様子で話し続ける。

「悟に憑けてるのは、ごんちゃん。従えてるのも悟じゃなくて、ごんちゃん」

「はあ……」

「まあ悟に憑いてる犬は、元々の飼い主やご主人の守護に憑いた後、生まれ変わる前の修行の一環として、悟の守りに憑いてる」

 犬が修行!? なんかすげー!

「ごんちゃんの元での修行を終えたら、逝ってしまう。個体差はあるけど、数年くらいで逝っちゃうかな」

 あの犬達、数年で逝ってしまうのか。そう思うと、なんか寂しくなるな。

「だけど、その子は違う。その子は、山口くんが従わせるの」

「えっ? 俺が?」

眷属けんぞくとして育てなさい……と、ごんちゃんが言ってるわ」

 眷属。何か、かっこいいような厨二っぽくて恥ずかしいようなと、考えていると

「難しいこと考えないで、世話のいらないペットとでも思って飼ってあげて」

 とたんに格が下がった。

「ペットですか……」

 話しながら子犬を見る。俺の視線に気付いたのか、おすわりしてじっと俺を見返してくる。ペコンと折れた耳、コロンとした体、くりくりの真っ黒な目。どれをとっても愛くるしい。

 そっと手を開いて出すと、手の臭いを嗅ぎに来た。掌の臭いを嗅ぐ動作が可愛くて、撫でようとした手は子犬の体を擦り抜けた。

 こんなにはっきり見えてるのに、この子は生きていないんだと実感して、少し悲しくなった。なんで大きくなれなかったんだろう。

 俺の手を擦り抜けた子犬は、再び部屋の探索に戻って行った。

「そうですね。俺、犬嫌いじゃないし。ありがたく飼わせてもらいます」

「大事に育ててあげて。きっと、山口くんの役に立つから」

「はい」


 世話の必要もないのに、育てるってどういうことだろう?

 その言葉の意味を知るのは、もう少し先のこと。

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