ペコンと折れた耳、ぷっくり体型の茶色い背中、くるんと巻いた尻尾を左右に振り、忙しなく俺の臭いを嗅いでいる。そして、辺りの臭いも嗅ぎながら、俺の周りを一周する。

 これ、何?

 不思議に思って見ていると、俺の視線に気付いた子犬がきちんと座って俺を見上げ、再び『キャン』と鳴いた。

「山口、何か落としたか?」

 神山が近付いてきて、俺の視線の先を追う。当たり前のように子犬の姿は見えないようだ。

「あ、ごめん。何でも……」

 そう返事をしかけていると、神山の体から3本の光の筋が出てきた。神山に憑いている犬の霊だと認識すると、筋はラブラドール、シェパード、秋田犬の3匹に姿を変えた。


 霊力が戻った。


 意識して、辺りを見回す。教室内に変わったモノは見えない。だけど、学校の外に出たら違うかもしれないから気を引き締めないとと考えていると、足元から『キャンキャン』と鳴き声がした。

 下に視線を戻すと、子犬が神山の犬達に囲まれていた。

 いじめられてる! と思ったのは、一瞬だけ。

 3匹とも子犬に鼻を近付けながら、尻尾を振っている。子犬も腹を見せたり、大きな犬の鼻先にじゃれついたり、わざと離れて尻を上げて尻尾を振って、3匹を遊んでと誘う。神山の側から離れないけど、3匹とも尻尾を振っている。

 めちゃくちゃ仲良いな!

 微笑ましく思いながら見ていると、ふいに頭を撫でられた。

「神山?」

「あ、悪い! つい……」

 ほんのり赤くなった頬を隠すように口を覆って、顔を背けた。

「なぜか、お前がかわ……いや、何でもない。悪い」

「…………」

 今、可愛いって言いかけた? 俺を? 俺のどこが?

 絶句して、ふと思い出す。

 霊に取り憑かれた人は、少なからずその影響を受ける。神山に取り憑いている霊は、ごんちゃんが、神山を守るために憑けていると言っていた。守護霊みたいなモノだとしても、取り憑いているのには変わらない。もし、犬達の影響を受けているのだとしたら……

 再び視線を子犬に戻す。子犬はラブラドールにじゃれついて遊んでもらい、他の2匹はその様子をじっと見ている。まるで、2匹を見守るかのように。

 気配を感じて顔を上げると、神山が両手を上げた状態で止まった。

「神山……」

「いや、これは、その……」

 さっと両手を後ろに隠す。

 俺の気のせいでなかったら、俺に触ろうとしてたよな。まさか、抱きつこうとしたなんてことは……

「あ! 俺も用事あるんだった! 悪い、日山……あれ? 日山は?」

「日山ならさっき帰ったろ」

「あ、そうだっけ?」

 やばい。犬に気を取られて、日山がいなくなってることに気付かなかった。

「山口も用事あるのか?」

「あ、うん。だから早く帰んないと……」

「そうか。気を付けて帰れ」

 さり気ない動作で、ぽんぽんと優しく頭を叩かれた。

「じゃあ」

 神山は、ものすごく優しい声と視線を俺に残して、教室を出て行く。

 当然のように3匹の犬は神山に付いて行き、その犬を追って子犬も出ていくのかと思いきや、ドアの前できびすを返して俺の元に戻って来た。


 4組の教室に残ったのは、俺と子犬。それに、俺に変に熱い視線を向ける、数名の女子だけだった。

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