「あっ、山口くん。汚れが付いてるわよ」

「えっ?」

 唐突に、背中を叩かれた。

「こっちも。ちょっとこっち向いて」

「はあ」

 両耳を手で塞がれ、最後に目を塞がれる。

「はい、これでよし!」

「!!」

 お母さんが何をしたのかは、すぐに分かった。


 廊下には、神山1人しかいなかった。


 優輝もごんちゃんも犬も、どこにもいない。神山の後ろから、ばたばたと戻ってくる日山の姿が見えるだけだ。

 それは、不思議な感覚だった。

 はっきり見えるのに、よく見えない。ちゃんと聞こえているのに、聞き取りづらい。薄い色のサングラスをかけたような、小さな耳栓をしているような変な感覚。

 外に出ると、違和感はさらにはっきりした。

 朝、まとわりつくほど淀んでいた空気は清々しいほど澄んでいて、曇ってもいないのにもやがかって見えた空は、日暮れ前なのに朝よりも明るい。

「数日から1週間ほどで戻ると思うわ。それとこれ、携帯のアドレス」

 車に乗る前、こっそりとメモをくれた。

 俺は今、普通の人と同じだ。変なモノは見えない、聞こえない、感じない。あっくん達と同じ。それは望んでいた感覚なのに、何故か不安で心細い。

 ごんちゃんと優輝に、さよならも言えなかった。

 次に神山の家に来た時、ちゃんと見えるかな……

 それが一番気掛かりだった。

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