「すげー! ひろー! あ、日本庭園ってやつだ! あっ、こっちは駐車場? 車いっぱい置けそう!」

 日山の声が、遠くから聞こえる。

「おーい! 他人の家だぞ、走り回るな!」

「日山! 裏には行くな!」

 木の隙間から、あっくんと神山の後ろ姿が見えた。あっちが駐車場のようだ。日山の姿は見えないから、もっと奥まで行ったのだろう。

 不思議なことに、門の中の淀みは、外よりずっと薄かった。淀みは敷地内に入ると吸い込まれる速さを増し、全てが裏に向かっていた。流れの先を目で追っていると、日山が戻って来るのが見えた。

「すまんすまん。年甲斐もなくはしゃいでしまった」

「庭はいい。駐車場も構わない。だけど、裏には行くな」

「裏に何かあるのか?」

「とにかく行くな。もう家に入れ」

 神山はそれだけ言うと、玄関に向かった。

 家に入る前に、辺りを確認する。

 駐車場の向こうと2階に、筋が通っている。他にも何かありそうだけど、よく分からない。

「どうかしたか?」

 あっくんに声をかけられ、はっとする。家を見ることに集中し過ぎていた。

「なんでもないよ」

「そうか」

 危険はなさそうだし、言わなくてもいいよね。

 神山と日山はもう中に入ったようだ。

「おじゃまし……」

 ピシャッ!

「…………」

 あっくんに続いて入ろうとしたら、引き戸が勢いよく閉まった。目の前を戸がすごい勢いで通り過ぎて、ちょっとびびる。

「とも、何閉めてんだ?」

 カラカラと軽い音をさせ、ゆっくりと戸を開く。その向こうから、あっくんが不思議そうに俺を見る。

「さっき閉めたの……」

『誰?』と続く言葉を、俺は口に出来なかった。

 広い玄関の奥、離れた所にいる日山と神山。あっくんが閉めた訳じゃないのは、分かってる。何より、不思議そうに俺を見る3人の表情から、戸を閉めたのが彼らじゃないことが分かった。

「ごめん、つまづいて……手、引っかかった」

 適当なことを言ってごまかす。勝手に閉まったとは言えない。

「気を付けろよ」

「うん……」

 あっくんに戸を押さえてもらいながら、玄関をくぐる。その瞬間


 ビシイッッ!


 大きな音がした。

「何? なんだ? 今の音はなんだ?」

 日山がうろたえて辺りを見回す。あっくんも音の出所を探すように辺りを見回す。そんな中、俺は硬直して動けない。

 音は、俺のズボンからした。

 音の割には小さい何かがぶつかった感触。そこを見ても、周囲にも変わった様子はない。だけど


 ここには何かいる。そして、俺は歓迎されてない。


 このまま上がって大丈夫なのか心配だけど「何? 今の何?」と騒ぐ日山の様子も気にかかる。

「言い忘れてたが」

 日山を落ち着かせようと口を開きかけると、俺の代わりに神山が口を開いた。

「この家、家鳴りが酷いんだ」

「「家鳴り?」」

 あっくんと日山の声が重なった。

「家の木材から音が出る現象。驚かせて悪い」

「なんだ。家鳴りだったのか」

 日山がほっと息を吐いて笑った。

「なーんだ。てっきり怪奇現象かと思ったぜ」

 あっくんが軽い口調で言うと、神山は嫌そうな顔をあっくんに向けた。

「そんなものじゃない。理由ははっきりしている。家鳴りだ」

「そうか。変なこと言って悪かった」

「いや、いい……」

 神山が本気で怒ったように見えて、あっくんはすぐに謝った。

 神山が本気で怪奇現象じゃないと思っているのか、知っていながらごまかしたのかは分からないけど、もう少し様子を見ることにする。

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