楽しい神山邸

 俺には、肌に合わない場所がある。場所というか空気というか。

 どこか暗く淀んで見えて、肌にまとわりつくような重たい感じ。酷い時には独特の嫌な臭いまでする。そんな場所が、ごくたまに存在する。

「とも、大丈夫か?」

 前を歩く神山と日山に気付かれないように、あっくんがそっと尋ねる。

「大丈夫だよ」

 俺はあっくんを見て、そっと返す。友達が住む町に来て、変なことを口に出来ない。

「そうか。何かあればちゃんと言えよ」

 それだけ言うと、視線を前に戻す。言葉はなくても、隣を歩くあっくんが俺を気遣ってくれているのが分かる。大丈夫。体調は悪くない。自分に言い聞かせるようにしながら、歩みを進める。

 駅から離れるにつれ酷くなる淀みに不安を抱きながら、歩くこと30分。神山の家が見えた。

「おおっ、すごいな!」

「ほおー」

「マジで……」

 口々に漏れた感嘆の声。多分、俺だけがその意味が違う。

 瓦が乗った白い塀に囲まれた日本家屋、立派過ぎる門扉。建物だけでも俺ん家の数倍はありそうな立派な佇まいに、あっくんと日山は感嘆の声を上げた。

 一方、俺が声を上げた理由は別にある。

 淀んだ空気が、この家に集まっている。排水溝に水が流れ込むように、辺りの淀んだ空気が家に集まっている。ゆっくりと、でも確実に。


 こんな家、現実にあるの? 夢? もしかして、俺、夢見てんの? これ、人が住めんの? もしかして、悪魔とか妖怪とか幽霊の住処?


「山口、どうした?」

 呆然と眺めていたら、神山に声をかけられた。

「えっと……」

 神山と目が合う。どう見ても普通の人間だ。

 神山が俺達を招待してくれたのは、俺達に勉強を教えてくれるためだ。神山のおかげで、あっくんも俺も小テストの点数が上がった。

「あんま大きいから、びっくりして。はは……」

「古いだけで、大した家でもない。早く入れ」

 神山は憮然として答えた。神山は愛想がないけれど、悪気もないんだと思う。

「お邪魔します」

 あっくんも日山も、もう入ってる。2人を放って帰ることなんか出来ない。

 俺は、意を決して門をくぐった。

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