「誰?」「なんだあのチビ」そんな言葉が騒めきと一緒に耳に入る。他人のフリをしようとドアと反対の方を向くが、声の主は真っ直ぐ俺の所に来る。

「部活がない日限定だが、数学なら僕が教えてあげよう。二次関数から微分積分ベクトル問題、何でもござれだ!」

 俺の他人のフリを、こいつは無視した。

「とも、こいつ誰?」

「5組の日山光輝。俺と同じ科学部員」

 あっくんは「ああ」と笑って頷いた。

 科学部に入部した経緯は話してある。「面白そうな奴でいいじゃん」と言っていた相手が目の前に現れ、ちょっと嬉しそうだ。

「俺は月山彰人。よろしく」

 あっくんが、爽やかに笑って手を上げた。

 あっくんは誰とでも仲良くなれるタイプだけど、こんな風に乱入してくる非常識な奴に対しても爽やかな対応が出来るなんて、あっくんはすごいな。

「それで。日山は数学が得意なのか?」

「無論だ。自慢じゃないが、理数系はトップクラスだ」

 日山が、その薄い胸を大きく反らす。

「それじゃ、俺に数学教えてくれるか?」

「数学なら僕に任せなさい!」

 さらに反り返り、後ろに倒れそうになってよろめき、慌てて姿勢を戻す。こいつ、アホなんじゃないか?

 そんな日山の前に、あっくんはぬっと立ち上がると

「心の友ー!」

「わっ!」

 突然、抱き付いた。

 俺は慣れてるけど、デカいあっくんに突然抱きつかれたら、驚くわな。

 苦笑しながら2人を見ていると、日山が俺に腕を伸ばす。半分以上あっくんの体に隠されて見えない日山の顔を覗き見ると、うっすらと涙を浮かべた目と合った。

「あっくん。いい加減に放してやって」

「悪い悪い」

 あっくんは日山を放すと、頭を撫でながら謝った。日山は頭を撫でられながら、口をへの字にしてあっくんを見上げる。まるで、大人と子供だ。

「そうだ! ついでに英語も教えてくれよ」

「英語……」

「いやー、受験の開放感から、覚えた英語がすっかり抜けちゃってさ。ははは……」

 それ、笑い事じゃない。

「………………」

 あっくんに頭を撫でられながら、日山は微動だにしない。

「日山……大丈夫か?」

 様子がおかしい。心なしか顔色も悪い。顔を覗き込んで声をかけると

「山口ー!」

「うわっ!」

 急に動き出した日山が抱き付いてきた。

「えーごぉ……」

「何? どした?」

 落ち着かせようと、頭を撫でながら優しく尋ねてやると、眉尻を思いっきり下げた情けない顔で俺を見て「えーごぉ、教えて……」と言った。


 理数系トップクラスを誇る日山は、文系、特に英語が壊滅的に悪く、先生に厳重注意を受けたと、泣きながら話してくれた。

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