第11話 呼んでもいないタコ


渋谷はそのまま振り返った。

多少は冷静になったかと思ったが、そうでもないらしい。

警棒を握ったまま、二人をにらみつけている。


「やっば、逃げろ逃げろ!」


他のクラスメイトはダバダバと走り去った。

騒ぎを見ていた人々は静かにカメラを回し始めた。

遠巻きに見られている。急に殴られたら、人も集まってくるか。


「何やってんの、本当に」


「別に。ちょっと本音の話し合いをしてみただけ」


「ライ君、正論は人を傷つけるんだよ? 知ってた?」


「返り討ちにあうとは思わなかったけどね。

鶯谷さんもすごいねえ。誰もここまでやれなんて言ってないよ」


コンビニの前で駄弁っていたら、秋羽場ライがゴミ捨て場に突っ込んできた。

口論してる様子もなかったから、何か余計なことでも言ったのだろう。

渋谷は我を失っているみたいで、話し合いで解決できそうになかった。

無理矢理黙らせるにはこれしかなかった。


野次馬がカメラと視線が鬱陶しい。

これではSNSで話題に上がってしまう。


「おい、何のつもりだよ」


「秋羽場君が困っていたみたいだから、助けただけ。

けど、何か嫌味でも言われたんでしょ?」


「あんなヤツ、気にしないほうがいいって。

適当なことしか言わないんだしさ。

ちょっとは落ち着こうよ」


殴られたというのにこの扱いはどうなのだろうか。

別に嫌味を言ったつもりはない。彼にとって都合が悪かっただけだ。


「……何なんだよ、どいつもこいつも! 失せろ失せろ失せろ!」


怒鳴りながら警棒を振り回す。今度は仁美が狙われている。

彼女は器用に距離を取りながら避ける。さすがは運動部だ。身のこなしが違う。

目の前の敵に気を取られたのか、ライのことなど忘れているようだ。


「女子に手を出すとか、本当に頭おかしくなったんじゃない?

病院に行ったほうがいいかもよ?」


彼はおもむろに立ち上がる。

近くにあった新聞の束を丸め、背後へ忍び寄る。

頭をひっぱたくと、小気味いい音が響いた。


「どうよ、俺に殴られた気分は」


「ライ君サイテー。帰れ帰れー」


「アンタは冷やかしてないで、さっさと警察に通報して」


「えー? 誰かやってるんじゃないのー?」


「だったら、そんなところにいないで逃げなよ。

業者さんの邪魔になるでしょ」


仁美はカバンを肩にかけ、野次馬に紛れた。

結衣も続いてその場から逃げた。


「駆除業者、ね。本当に来るのかな?」


怪人が出没した際、必ずといっていいほど現れた。

目立ちたがり屋と揶揄され、偽善者の集まりと毒を吐かれる。


「気の利いたジョークでも言えればよかったんだけどね。

生憎、俺はそういうことには慣れていないのだ」


ライはひとりごちた。

好き勝手に遊ばれ、どう思っているのだろう。

渋谷は怒りで顔が歪んでいる。


「なー、渋谷君。駆除業者について、どう思ってるの?

怪人的にはやっぱり邪魔なのかな?」


「業者? いたな、そんな奴ら。今日は来てねえみたいだけど」


マスクをつけた愉快な連中が見当たらない。

渋谷が暴れだしてから、どれだけ経っただろうか。

怪人駆除業者は割とすぐ現れることに定評がある。

即座に対応していることも評価の一つになっている。

もう来てもおかしくないはずだ。


渋谷は素顔をさらしたまま、暴れている。

真理の会による犯行というより、高校生同士のただの喧嘩だから、首を突っ込めないだけか。


「マスクつける時間とかあればよかったかな?

そうすれば、誰にも知られずに暴れまわれたかもね?」


「さっきから何言ってんだ! 笑ってんじゃねえ!」


警棒なんてどこで手に入れたのだろうか。

あれで殴られたら、ひとたまりもない。

歯が数本折られてしまうかもしれない。


怪人症候群にかかっている奴に襲われていると言っても、真理の会と関りがあるようには見えない。高校生同士の喧嘩でしかないのだろう。

業者を名乗っているだけあって、線引きはきっちりしているようだ。


「消えろこのタコ!」


警棒を持つ手が掴まれた。強く握られ、動かせそうにない。

横からタコのマスクを被った男が現れた。

触手が変な方向に向いており、非常に気持ち悪い。


「……たこ?」


「タコ、だな」


「うっわ、何あのマスク。あんなんどこで売ってるの?」


誰も呼んでいないのに、タコが現れてしまった。

結衣はジト目でマスクを見る。取り巻きもどよめいている。


「アンタ、邪魔すんじゃねえよ。真理の会なら分かるだろ?

コイツらは全員怪人だ。今すぐぶっ殺さなきゃならねえ」


「分からないな、俺はランサーズだ。

真理の会と同じにしてもらっては困る」


腕を無理矢理曲げ、背中に回してひねる。淡々と危害を加える。

新たに加わった駆除業者だろうか。

渋谷は奇声を上げ、身をよじっている。


「大丈夫か?」


「あー、はい。ありがとうございます」


「気をつけたほうがいい。

怒りで我を失っている奴は何をするか分かったもんじゃない」


更に強めにひねった。

マスクも相まって感情があるように見えず、恐怖を感じる。


「てか、どこで買ったんですか?」


「ネット通販。探せばどこにでもあるよ」


インターネットの海はどこまでも広がっているようだ。

何を思って購入したのか、少しだけ気になった。

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