第10話 吊るされた男


定期テストが近づき、仁美は結衣につきっきりで勉強を教えていた。

部活は休みになり、勉強に専念しなければならない。


「おやつ何食べよっかなー」


結衣は勉強から解放され、上機嫌だ。

落書きと居眠りさえしなければ、呑み込みは早い。

決して馬鹿ではないのに、どうしてこうもやる気にならないのか。


「頑張ればできるのに何でやらないの」


「だって面倒くさいんだもん」


とうとう集中力が切れてしまい、休憩ついでにコンビニでおやつを買いに来た。

自分の関心がないことには本当にやる気を示さない。


「アンタのやる気スイッチ、どこに実装されてるの?」


「そのうち実装されるかも~」


「今、どうにかしなさいよ」


寝ている分をどうにかして取り戻さなければならないというのに、他人事みたいに話しているのが気に食わない。

当の本人は唐揚げをほおばっている。


「そういえば、先輩は元気?」


「元気だけど、どうかしたの」


「最近、先輩の愚痴を聞いてないなって思って。

いつも何かしら文句言ってたでしょ? 電話とかもしてないの?」


怪人症候群になったことを言うわけにはいかない。

人間に見えないから会話ができないだなんて、言えるわけがない。

自分が思っている以上に有名みたいだから、変に広げないほうがいい。


正一が家に長居しなくなったせいか、話題も減っている。

自然と話題に上がることもなくなっていた。


「勘のいいガキは嫌い」


仁美はそっぽを向いた。何のことは分からないのか、結衣は首をかしげた。

その頭の回転を勉強に使ってほしい。


「なんか正一も忙しいみたい。

こんな女子高生に構ってる暇もないんでしょ」


「そうなのかなー」


「元々、他人のことなんて気にするようなタイプでもないしね」


「そう? 結構愛されてると思うけどなー、ひとみん」


「……そんなペットみたいに言わないでよ。気持ち悪い」


人を何だと思っているのだろうか。愛されるような要素はどこにもない。

怪人症候群になっているから、人間以外の何かに見えているはずだ。


「ほら、戻って続きやるよ」


「はーい」


お菓子をカバンにしまうと、秋羽場ライがゴミ捨て場へ吹っ飛んできた。


***


放課後、秋羽場ライは友人たちと繁華街に繰り出していた。

カラオケに行く予定だが、彼には違うものが見えている。


カチューシャで前髪を上げている渋谷光は怪人症候群にかかっている。

隠し持っている診断書には怪人症候群と書かれてあった。

施設に入るのか、真理の会に入会するのかは定かではない。


それ以外にも思い当たる節はいくつもある。

目を合わせて話そうとしない。人付き合いを徹底的に避けている。

集団からなるべく離れようとする。


これらの行動は怪人症候群にかかっている人間によく見られる。

自分も例外ではない。同じように世界が歪んで見える。

しかし、日頃の態度が悪いのが幸いしたようで、誰にも気づかれていない。


今日は渋谷を吊り上げる。テストを真面目に取り組むつもりがない同級生を何人か連れて、カラオケに誘い出した。薄っぺらい友情で繋がった友人たちだ。

ほんの少しのきっかけさえあれば崩壊する。


「なー、渋谷。お前、変なもん見たって騒いでたよな。

結局何だったんだ、アレ」


一瞬、渋谷の表情が凍った。

二人以外、誰も知らない情報をぽろっと喋る。

口止めされているわけではないし、雑談の話題としておかしな部分もない。


彼の肩がはねたのをライは見逃さなかった。


「変なもんって?」


「こいつなー、俺がタコに見えるって騒いでたんだよ」


何も知らない友人が興味深そうに二人を見る。

目撃者は多ければ多いほどいい。


「あー……あれな。気のせいだったみたいだ。

疲れてんのかな、俺」


「そーか? それにしては、ずいぶんとビビってたじゃん。

見たら発狂するとか何とか言ってさー」


「何だそりゃ、クトゥルフか何かかよ」


「そうそう、まさにそんな感じだった。

お前、病院行ったほうがいいんじゃねー?」


軽く笑ったのもつかの間、結論を言う前に殴り飛ばされた。

口より先に手が出た時点で答えが出たようなものだ。


「るっせえんだよ! お前に何が分かんだよ!」


「……治療施設の援助費は行政が出してくれるから、問題ないらしーじゃん。

よかったね、渋谷君」


わざと煽った。挑発に乗せてしまえば、後は簡単だ。

多少の暴力と引き換えに、勝手に喋ってくれる。再び殴ろうとするのを友人たちに止められていた。


「俺さー、潮煙駅で見ちゃったんだよね。

怪人症候群にかかったって、真理の会の人に真剣に話してたよな?」


そもそも、病気にかかっていることすら伝えていなかった。

友人たちはドン引きし、渋谷を見つめていた。

カラオケに行くような空気ではない。


「俺はたまたま通りかかっただけだよ?

そしたら、いかにもって感じの人たちと超真剣に話し込んでるじゃん。

生まれて初めて驚いたよね」


リュックから警棒を取り出しし、ライを見据えていた。

高々と持ち上げ、思い切り振りかぶった。

渋谷が前のめりに倒れた。


「危なかったー……大丈夫?」


両手でカバンを持った鶯谷仁美がいた。


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