第5話 ランサーズ


「これがランサーズのやり方か」


正一は静かに呟いた。

向かいに座っている雅樹はおもしろそうに笑っているだけだった。

目の前のスーパーマーケットで中年男性と青年が暴れている様子を始終見ていた。


喫茶店ブルーホライズンでも怪人同士の乱闘で非常に盛り上がっていた。

見晴らしのいい2階の窓際に客が集まり、この騒ぎを観戦していた。


少年を助けるために、仁美はパンダに声をかけた。弱いものいじめが許せなかったのだろう。昔からそうだった。


手を出さなかったのはランサーズの登場を待っていたからだ。黒猫のマスクを被った子どもが中心となって、暴れている二人を止めていた。


怪人いるところに駆除業者あり。

雅樹はそう説明した。


怪人駆除業者ランサーズ、それは真理の会にもなじめなかったはぐれ者の集団だ。

己の正義を確立することができなかった者が自ら怪人駆除業者を名乗り、真理の会と真っ向から対立していた。


「すごい盛り上がりだな。

パルクールだったか、いつもああいうことをやっているのか?」


窓や路地裏から飛び降りる姿はまさに忍者だ。

軽快に動き回り、人々を楽しませている。

ありとあらゆるパフォーマーが勢揃いしており、SNSでいつも話題になっている。


「正一くんさ、Twitterとか見たことある?

今頃、トレンド入りしてるんじゃないかな」


Twitterはアカウントを作るだけ作って放置していた。

ひさしぶりに開くと、黒猫のマスクを被った子どもの写真が何枚も投稿されていた。


肖像権も何もあったものじゃない。

こういうのも覚悟しなければならないのか。


「ま、目立ってるのはほんの一部だよ。

警察が来るまでの時間稼ぎと一般人を避難させるのが俺たちの仕事だ」


暴れ回る人と真正面から向き合うのは警察の仕事だ。

一般人を守りつつ、見せ物として楽しませるのが怪人駆除業者だ。


怪人以上に派手な彼らを撮影し、SNSに投稿する。

そのおかげで全国に広まりつつある。


「ああいう派手なことはできなくても人々を守ることはできる。

地味なことだけど、人々を避難させるのも大事な仕事だ。

それを嫌がるヤツもまあ、いることにはいるんだけど」


サイレンを響かせ、パトカーが到着した。

暴れまわった中年男性と青年は捕まった。

ランサーズも人々の歓声に応えながら、無言で立ち去った。

一幕の演劇でも終わったかのような盛り上がりだ。


「近くに現れた時に向かえばいいから、そこまで気にしなくていいし。

プロに任せておけば問題ないから、実は言うほど危険でもない」


「なるほどな」


アンコールはないらしいが、どこかウキウキしながら人々は散って行った。

仁美も無事だったようで、ほっと息をついた。


「俺から話せることはこのくらいかなー。

どう? こういう人たちもいるってことは分かってもらえたと思うんだけど」


「雅樹くんはどうやって知ったんだ?」


「あそこの会館で話を聞いていた時、誘われた。

定期的に勧誘して、仲間を増やしてるっぽいな」


「真理の会はどう思っているんだ?」


「ま、あまりよく思ってないんだろうなあ。

他の会員からも目をつけられててさ、大変なんだ」


同胞同士で争っていればそれでいい、というわけにもいかないのか。

真理の会から派生したとはいえ、思想は真逆だ。

内ゲバが起きていてもおかしくない。


「今日はありがとう。次の講義でよろしく」


「お疲れ。こちらこそよろしくな」


正一は店を出た。仁美の様子が気になる。

ケガはなさそうだったが、大丈夫だろうか。


コンビニで適当にお菓子を買って、家へ向かった。


***


インターホンを鳴らすと、嫌そうな表情を浮かべて出迎えた。

数時間ぶりだが、元気そうで何よりだ。出汁のいい香りが漂ってくる。


「何で来たのよ」


「あそこのスーパーで怪人が暴れていたらしいな。大丈夫だったか?」


「今日来ないと思ってたんだけど」


「夕飯は別に気にしていない。すぐ帰るつもりだ」


「だったら最初から来るな」


仁美は頭を抱え、ため息をついた。


「怪人に見えるんじゃなかったの?」


「それとこれとは話が別だ。

いつもこの時間帯に買い出しに行ってるからな。

危険な目にあっていないか、心配だったんだ」


あそこのスーパーは高校からも近い。

学校からも情報が出ているかもしれない。


「せっかく来たんだし、上がって行けば? 夕飯は出ないけど」


「いいのか? それじゃあ、お邪魔します」


正一は頭を下げながら、靴を脱いだ。

一人分しか作っていないのか、献立もあまり凝っていなかった。


『この鮮やかな身のこなし、長靴ならぬ厚底ブーツをはいた猫といったところでしょうか。どう思います、マリナさん』


『ランサーズに現れた期待の新星ですね! どこに隠れていたんでしょうか。

新参者にしては、場慣れしているように思えますが』


『どこかの組織に所属していたというわけでもなさそうですし、謎は深まるばかりです。今後も活躍に期待していきたいところですね!』


仁美はテレビの代わりにラジオを使って情報を集めている。

どこも黒猫の話題で持ちきりのようだ。


「あまりカッコつけないほうがいいって言われた」


「そうなのか?」


口をとがらせながら、文句を言っていた。


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