第4話 プロレスマスクとパンダと黒猫


高校に入学するまで仁美は親戚の下で過ごしていた。

今後の進路を決める際、これ以上は迷惑をかけたくないと思い、自立したいと伝えた。仁美の意見を尊重し、応援してくれた。


正一が通っている大学の近くに引っ越すことにし、面倒を見てもらうことになった。

彼も実家を離れて一人で暮らしていたし、幼馴染みということもあって受け入れてもらえた。


本音を言ってしまうと、親戚の間に流れている空気に耐えられなかったのである。

家族を怪人に殺され、一人残された彼女を哀れに思う人は多かった。


実際、特に不遇な扱いを受けることもなく、ほどよく過剰に愛されながら育った。


幼稚園の帰りだっただろうか。

親戚の一人から何かしらの習い事を始めることを勧められた。

夢中になれる趣味を持つこと、人間関係を学べることはいいことだと話していた。


返事をする前に近所のピアノ教室や剣道道場に連れられ、見学することになった。

道場がピアノ教室より楽しそうに見えたのは今でも覚えている。


それ以来、小学校に入学する少し前から近所の道場に通い、部活も中学から剣道部に所属している。


正一も同じ時期に道場に通い始めた。

最も、彼の場合は中学に上がる前には美術の才能が開花したので、剣道は途中でやめてしまった。


今思えば、怪人に殺された仁美が怪人症候群を発症することを考えたのだろう。

怪人を憎むあまりに自ら怪人になる。

そうならないように、他の熱中することを見つけるように言われたわけだ。


だからといって、武道を習わせるのは危機感が薄いのではないかと今では思う。

子どもとはいえ、大人に対抗できる力をつけることには変わりはない。

自分が殺されるとは思わなかったのだろうか。


正一も何を考えているのだろう。

ヒーローになって自分を倒せだなんて、無理なことを言うものだ。


カートを押しながら、仁美はため息をついた。今日の夕飯はどうしようか。

あの様子だと、今日は来ないだろう。

怪人の食事をわざわざ食べに来るとも思えない。

夕飯を一人で食べるのは本当に久しぶりのことだ。


しばらく来ないのであれば、ありあわせの物でどうにかしようかな。

冷蔵庫には何が残っていたかな。

チラシとにらめっこしていると、入口の方で叫び声が上がった。


「何だテメェら、怪人が来る場所じゃねンだよ!」


派手なプロレスマスクをかぶった中年の男が棒切れを片手に、周囲に怒鳴り散らしている。


「どいつもこいつも汚ねえツラしやがってよォ!

気持ち悪いんだよ! 死ねや!」


怪人退治を気取るヒーローもどきが現れた。

ネクタイを振り乱し、その姿はあまりにも醜い。


周囲からの冷たい視線も気にせず、暴れまわる。

酒を飲みすぎて暴走している酔っ払いに見えた。


「何してんだ、オッサン! ヒーロー気取ってんじゃねえぞ!」


「んだとゴラァ! ケンカ売ってんのか!」


制服を着崩したパンダマスクの学生が包丁を振り回す。

怪人が怪人を呼んだ。ミイラ取りがミイラになってしまった。


そのまま互いに取っ組み合いを始め、戦い始めた。

ひたすら醜い争いが続く。

合いの手のように店員は淡々と商品をレジに通していく。


店員はとにかく見ないふりを徹底しているし、客が警察に電話していた。仁美もなるべく見ないように視線をそらした。


「ありがとーございましたー」


普段通りの対応を徹底されてしまうとこの状態について、何も言えなくなってしまう。観客も適当なことを言い合い、煽りあっている。

正一もこのような戦いに巻き込まれるのだろうか。想像するだけで痛々しい。


「何見てンだよ、おい」


乱闘に加わっていたパンダがぐりんと振り向いて、近くにいた少年の胸ぐらを掴んだ。


「見せ物じゃねンだよ!

そんなことも知らねえのか?」


いい獲物を見つけたと言わんばかりに、呼吸を荒くしている。両親は見当たらない。


「あの、あなたこそ何してんですか」


仁美は肩を強めに叩いた。

考えるよりも先に体が動いていた。


パンダは振り返ると同時に、胸から手を離した。少年は一目散に逃げた。

さて、これからどうしようか。


「お姉ちゃん、あんま調子乗んなよー?

怪人は怪人らしく、死んじまいな!」


振り上げた包丁が弾かれ、宙を舞った。

一瞬の間に黒猫の仮面をつけた子どもが二人の間に立っていた。


「ただのイジメはカッコ悪い。

ただのイキリは(笑)かっこわらい


黒猫がパンダを蹴り飛ばし、仁美と引き離した。

先ほど助けた彼ではないのは一目瞭然だ。

厚底ブーツを履いた小学生なんて、どこにいるというのだ。


「大丈夫?」


「え、はい。ありがとうございます」


「あまりカッコつけないほうがいいよ? ダサいだけだし」


黒猫が構えると同時に、パンダはゆっくりと立ち上がる。


「……ランサーズ! ランサーズだ!」


「駆除業者が来た! あんな奴らやっちまえ!」


周囲で観覧していた客が次々に叫ぶ。

階段や路地裏から仮面をかぶった人々がわらわらと集まり始めた。

どこに隠れていたのだろうか。


「ケーキの苺は最高。正義の一語は最強」


「駆除するランサー! 答えろアンサー!」


黒猫を中心にして、戦隊ヒーローのようにポーズを決めた。ずいぶんと愉快な集団が現れた。


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