第3話 真理の会
その日から御徒町正一が目にする風景は180度変わった。
駅前を歩く人、スーパーで買い物をする幼馴染、講義を受ける学生、教壇に立つ教授、何から何まで化け物に見えた。
鏡に写った自分は人間のままだ。
怪人が世界を脅かしていると信じ込んでいるから、真理の会は成り立っている。
怪人を倒すことで、世界が平和になると本気で思っている。
どこからどう見ても、怪しい宗教団体だ。
「少なくとも、ある程度人間を捨てないといけないってことか……」
怪人を倒せるとは思っていない。そのくせ、適切な治療を一切受ける気はない。
仁美から呆れられても仕方がないか。
ため息をついて、トイレから出る。
「意外と近いんだな」
スマホで大学近くにある真理の会の活動場所を探す。
施設に入るのが一番いいのだろうが、正直近寄りたくもない。
姿かたちは人によって異なるが、見ていて気持ちのいい物ではない。
正義感は強くないと思ってもいたからこそ、信じられないのだ。
まさか、自分がこんなことになるとは思いもしなかった。
明日は我が身という言葉を今になって痛感した。
あらかじめ、医師からは診断書をもらっていた。
大学の講義を休まなければならない理由があると言っておいた。
口実でしかないが、快く了承してくれた。
真理の会は偽物のヒーローを必要としていない。
怪人症候群を発症したことを証明するために、診断書の提出を求めている。
それが本物と偽物を分ける境目のようだ。
真理の会の拠点は大学から徒歩数分の場所にあった。
受付担当の人はにこやかな笑顔を浮かべ、出迎えてくれた。
会員は活動する際に、仮面など顔を覆う物を使用していると聞いた。
全員が全員、そのような物を身に着けているわけではないらしい。
手続き書類を書き終えると、般若の仮面を渡された。
ついこの間、仁美と話していたのを思い出した。
こんな偶然もあるものなのか。
自分は正義感も強くないし、毒舌でもない。
それでも、何だか運命的な物を感じてしまう。
お面をつけると、会議室へ案内された。
「本日、新たに我々の仲間になった御徒町正一さんです」
会議室にはすでに5,6人が座っており、全員に繋がりは見られない。
仮面もアニメのキャラクターから奇抜なデザインが描かれたもの、それぞれ好きなように身につけている。静かに拍手され、頭を下げた。
無事に仲間として、受け入れてもらえたようだ。
「それでは、神田さん。
御徒町さんにこの施設を案内してあげてください」
同年代と思われる刈り上げの男が立ちあがった。
ウサギのお面を指さしながら笑う。
「鬱陶しいよなあ、これ。
何かあるたびにつけなきゃならんってのが面倒でしょうがない」
「自分で選んだのか?」
「いや、受付の人に渡された。
これしか残っていなかったんだと」
彼はさっと手を出した。
そのまま握り返す。
「神田雅樹。我が校からついに二人目ですか。
隠れてるだけで、実は意外と多かったりしてな」
同じ大学に通っているからか、話し方が馴れ馴れしい。
見たところ、若者は彼以外にいなさそうだった。
それなりに肩身が狭い思いをしていたのかもしれない。
「そんな目で見ないでくれない?
俺も田町せんせーの講義を受けてるんだけど」
「悪い、全然分からない」
油絵の講義を担当している講師の名前を上げた。
それだけ派手な見た目をしていれば、覚えそうなものだ。
記憶をたどっても、かすりもしない。
「マジかよ……まあ、次会ったらよろしくな。正一くん」
顔すら分からなかったとは言え、同じ大学の仲間だ。
大切にしなければならない。
「神田くんはいつからここに?」
「雅樹でいいよ。俺は2、3ヶ月くらい前に発症した。
ここに来る時、親とすっげえ喧嘩してさ。
施設に行かないなら勘当するとまで言われたんだよ」
そういえば、家族にはほとんど話していない。
こんな病気にかかっているだなんて、思ってすらいないだろう。
「いいよなあ、お前。
彼女さんと同棲してるって話じゃんよ。あんま心配させんなよ」
「仁美は彼女じゃない!」
思わず声を荒げてしまった。
自分でも驚いたが、神田はさらに驚いていた。
ゆっくりと息を吐いてから、話を続ける。
仁美との関係を誤解されることは本当に多い。
別に今に始まった話でもないが、何も知らない奴に好き勝手言われるのは腹が立つ。
「あの子は幼馴染で、幼い頃に怪人に家族を殺された。
それ以来、何かと面倒を見ることが多かったんだ」
「……なんか悪かったな、そんな深刻な話だとは思わなくてさ」
「いや、俺もついカッとなってしまった。
気をつけているんだけど、どうもうまくいかない」
「難しいよな、分かるよ」
雅樹は肩を叩いた。
どうやら、正義感の強い者は感情制限が苦手な者の集まりでもあるらしい。
「正一くんさあ、パルクールって興味ない?」
「何だそれ」
「ま、地域でやってるサークルみたいなもんよ。
細かい話は飯食いながらでもどう?」
胡散臭い話を聞いたばかりだからか、どうも警戒してしまう。
変な壺を買わされないことだけを祈った。
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