第2話 噂をすれば影が差す
正一から落ち着いていけと言われた理由は主に二つだ。
一つ、真理の会の話を振られてもブチ切れないこと。
二つ、家族のことを噂されてもブチ切れないこと。
家族を殺され、しばらく経った頃からだ。
怪人に殺されたことを誰かが噂するたびに、仁美は文句を言っていた。
人に隠れて噂話をするのが許せなかった。
直接言えばいいだけのことなのに、どうしてこそこそと話をするのか。
白黒はっきりしないことが本当に嫌いだった。
何度も正一に喧嘩を仲裁してもらった。
その時のことを未だに言われ続けている。
沸点は低いし、言われたことは延々と引きずる。それこそ、数年前に言われた些細な一言も未だに心の中に残っている。
今は大分落ち着いたものの、許せない時がたまにある。
溜まりに溜まった怒りが爆発したときは、自分でもどうにもできない。
一度、仁美はクラスメイトの前で怒りを爆発させてしまった。
何気ない一言だったし、悪意がないのは分かっている。
それでも、許せないものは許せない。
彼女にとって真理の会は、絶対に生かしてはおけない敵だ。
怪人をかばうような発言を聞き逃せなかったのだ。
それ以来、怒らせたらヤバい奴という認識をもたれたようで、クラスメイトから避けられていた。ひとりは気楽でいいのだが、それだけ責任も重い。本当に面倒だ。
「ひとみん、おはよー!」
明るい茶髪の女子が隣の席に座る。
目白結衣は仁美の数少ない友人だ。
彼女も彼女でアホというか、世間から少しズレているものだからクラスメイトから敬遠されていた。輪から外れている者同士、付き合いも非常に気楽だった。
「昨日さあ、御徒町先輩と一緒にいるところ見ちゃったんだけど、何してたの?」
「何って……買い物に行ってただけだよ」
「いいなー! 夕飯を一緒に作ってご飯食べるとかさ! うらやましー!」
結衣は美術部で、正一の後輩だ。
彼の作品がよほど気に入ったようで、スマホの待ち受け画像にしているほどだ。
結衣曰く、正一の作品はとにかく素直らしい。
心の中にある混沌を綺麗に整え、表現する力に長けているとのことだ。
美術の先生からもそのように評価されたらしく、コンクールでも何度か表彰された。
仁美にはよく分からなかった。
正一が綺麗な心の持ち主に見えたとしても、それは作品を通して見た彼の姿だ。
本人そのものではない。
何なら等身大の姿を見て、幻滅してほしいとすら思う。
「本当に正一のことが好きだよね」
「そりゃあ、美術部の栄光ですし!
我らのアイドルですから!」
鼻息を荒くして、自分のことのように語る。
昨夜、勤勉なことに定評がある芸術家が怪人症候群を発症した。
そんなことを言ってしまえば、学校中の噂の的になる。
特に、結衣には口が裂けても言えない。
見たものを素直に描けるのであれば、彼は怪人をどのように表現するのだろうか。
少しだけ気になった。
「昨日なんて適当に夕飯作ってただけなんだけどね。今日なんて朝っぱらから電話かけてきやがったし。マジ何なの?」
「それってモーニングコールってこと?
そんなの実質同棲してるようなもんじゃん!
私もそんな彼氏が欲しい!」
キーの高い笑い声が響く。結衣は何かと二人の関係を聞きたがる。
仁美に嫉妬するというより、おもしろがっているだけのように思う。
恋に恋するという言葉がちょうど当てはまる。
あるいは、おもしろいことに飢えている女子高生といったところか。
本気で相手にするのも面倒なので、軽く流している。
「結衣、自分のことはどうなのよ。ノート、ちゃんと写してきたんでしょうね」
「そう言われると思った! これ、本当にありがとね!」
ノートを仁美に手渡し、顔の前で手のひらを合わせる。
「さすが仁美様! 良妻賢母! 頭がいくつあっても上がらないよ!」
「上がらないのはアンタの腰でしょーが」
軽く頭をはたく。
八岐大蛇のようになったとしても、どうせぐーすか寝ているに違いない。
「夜遅くまで本当に何やってんのよ」
「見たい? 昨日の成果!」
答える前に自由帳を広げた。
様々なポーズをした三毛猫が描かれていた。
結衣は茶々という三毛猫を飼っており、よく絵のモデルになっている。
地面に寝転がったり、流れるような視線で振り返ったり、見ていて飽きない。
猫が好きなのと楽しく描いていることが伝わってくる。
「可愛いでしょ〜。やっぱウチの子が一番だよね」
「まったく、私のノートにも一匹くらい譲りなさいよね」
「え? どういうこと?」
「なんでもない。お願いだから、授業は頑張って受けてよ」
「はーい」
えへへと笑いながら、席に戻る。
頭を使う印象もあるし、楽しそうなのも分かる。ただ、授業中に寝るのは勘弁してほしい。
校内で怪人症候群を発症し、施設へ入所した者はごくわずかだ。
大抵は真理の会へ入会し、独自の教育を受けている。銃や刀の扱い方、怪人の倒す技術を学ぶらしい。
裏でヤクザと繋がっているという話もある。
黒い噂は絶えず、警察も手を焼いている。
「本当にままならないな……」
頬杖をついて、クラスをぼんやりと見渡した。
怪人が集う教室はどのような景色なのだろうか。
想像もできなかった。
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