人の皮をかぶった怪人

長月瓦礫

第1話 その病気の名前は


「仁美、聞いてほしいことがある」


御徒町正一はこう話を切り出した。

夕食の片づけが終わったリビングのテーブルに向かい合わせで座っている。


鶯谷仁美とは幼馴染で、何かと面倒を見ていた。付き合いも長く、家族も同然だ。

今日も二人で晩御飯を食べた。


「率直に言うと、仁美が人間に見えない」


正一が怪人症候群を発症した。周囲の人間がおぞましい怪人に見えてしまうという特殊な精神病だ。

強すぎる正義感が原因とされており、罪と思わせるようなことをさせることが唯一の治療法だ。

現在、発症が確認された者は隔離施設へ送られることになっている。


「正一、そういうキャラだったっけ?」


「許せないことは確かに多いんだけどなあ……」


頭をかきながら、ため息をついた。

怪人症候群を発症した者は医者に病状を伝えて隔離施設へ行くか、真理の会という宗教団体へ入会することになる。


真理の会は怪人症を発症した者たちで結成されたカルト教団だ。

現在は日本の人口の300分の1、約40万人が所属している。

病院嫌いの彼のことだから、いずれそこへ身を寄せることになるのだろう。


彼らの目的は怪人の根絶だ。怪人は悪だ。正義によって、倒されなければならない。日曜日の朝の定番だ。彼らは奇妙な仮面をつけて、正義のヒーローを気取る。

絶対の掟であるらしく、ニュースに上がる会員は何かしら身につけていた。


くだらないお決まり事で仁美の家族は殺された。歪んだ正義を目の当たりにした。

仁美からしてみれば、正義を振りかざして犯罪を行う真理の会こそ、諸悪の根源だ。

その時のことを思い出したのか、彼は忌々しそうに舌打ちした。


怪人は醜い見た目をしていて、絶対に倒さなければならない相手だ。

それは友人であろうとなかろうと関係ない。

怪人である以上、殺さなければならない。


極端に言ってしまうと、真理の会は人類抹殺を理念として掲げている。

正義を盾に好き放題しているのが現状であり、隔離施設とやらも機能していると言えるかどうか微妙なところだ。


仁美を含め、無差別に殺人を行う真理の会に恨みを持っている人は少なくない。

真理の会を恨んでいる人間が怪物になるというパターンもめずらしくない。


「じゃあ、殺さないの。私のこと」


「仁美が怪人らしいことをしたら、殺すかもな」


「怪人らしいことね」


「殺してもらおうとか考えるなよ。他のヒーロー紛いに殺されたらどうするんだ」


「何それ、どういうつもり?」


「どうせ殺すんだったら、お前が一番最後だ。

そして、俺が絶対に殺す」


バケモノを見るようなぎらついた目を仁美に向けた。

確かに人間を見る目ではなかった。告白にも似た、決意の言葉だった。


「分かった。首洗って待ってるからね」


「それは俺のセリフだよ」


鶯谷仁美は困っている人がいたら放っておけない程度には正義感が強い。

だが、怪人症にはならないと医師から診断された。そのような体質であるらしいことしか分からなかった。


「病院には行ったの?」


「行った。医者には適当なこと言って、診断書もらってきた」


案の定、診察を適当に済ませてきたらしい。

あそこまで怒りを露わにしておいて、適切な処置を受けないのはどうなのだろうか。


「そんなに施設が嫌なの?」


「考えても見ろよ、怪物に監視される生活を送ることになるんだぞ。

人外共に囲まれるだなんて、考えただけでゾッとする」


「毒舌な般若だったとしても?」


「ロリコンな死神でもダメだ」


「この話が通じるなら、案外大丈夫かもね」


「あのなあ……ともかく、真理の会に入会することにしたから。

狂人は狂人らしく、ひっそりと暮らすことにするよ」


団体に加入した後、彼はどのような生活を送るのだろうか。

仁美にとっては仇でしかないが、知り合いが関わるとなると話は別だ。


もう二度と会えないのだろうか。

先ほどの夕飯が最後だとしたら、あまりにも悲しい。


「正一が悪いことしたら、私はどうすればいい?」


「その時は……仁美がヒーローになって俺を殺しくれ。

怪人が人間を助けても、決して悪い展開にはならないはずだ」


「私にもできないよ、そんなこと」


自分にできないことをどうして相手に要求するのだろうか。

その考えが理解できなかった。


「もっと他にないの、突然言われても困るんだけど」


「じゃあ、倒すとか?」


「ほぼ同じじゃないの」


結局、解決に繋がるようなことは思いつかなかった。

正一の決意も揺らがないようだった。

生死を選ぶようなこと以外、何かないのだろうか。


仁美は目の前が真っ暗になる感覚を覚えた。


***


目覚まし時計とスマホの着信音がデュエットを奏でる。時計を止め、電話に出る。

こんなに朝早くから電話してくるのは、一人しかいない。


「朝から何事?」


布団から這い出て、体を起こす。

挨拶代わりに大きなあくびを送る。


『おはよ。朝に弱いのは知ってるからな』


「私が怪人に見えるんじゃなかったの?」


『声は普通に聞こえるからな。

じゃ、今日も落ち着いて学校行けよ』


喋るだけ喋って電話を切った。

何なんだこの人、昨日の不安を返してほしいんだけど。

怪人症候群が発症する原因が垣間見えた気がした。


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