第6話 次の日のこと


「ひとみ~ん! 大丈夫だった? 昨日、怪人に襲われたんでしょ?」


教室に入った途端、結衣が飛びついた。

スーパーで真理の会に所属する男性二人が暴れた際、ランサーズを名乗る集団が現れ、人々を守ってくれた。正義の義賊とも呼ばれ、ヒーローのように扱われていた。


黒猫に助けられた仁美がテレビに映ったらしく、学校中で噂されていたようだ。


「あの黒猫の人が守ってくれたから、大丈夫だよ。

ラジオでもやってたよ、厚底ブーツをはいた黒猫だってさ」


「そうだったの? そこまで見てないから分かんないや。

でもまあ、とにかく、本当によかった!」


めずらしく結衣の話に他のクラスメイトがうなずいている。

彼らも同じように心配してくれていたらしい。


「すっごいよね、ランサーズ! 超カッコいい!

目の前で包丁をバって飛ばして、ガッて蹴るんだもんね!」


興奮気味に手足を振り回す。

ヒーローものを見た後の子どものようだ。


「俺もちょうどあそこを通りかかったんだけど、鶯谷さん勇気あるよねえ。

子どもを守ろうとしたんでしょ?」


みんなの視線が背後へ向かった。

頬杖をついて、秋羽場ライがこちらの様子をうかがっていた。

襟足の長い髪にゆるく着崩した制服、見ていてあまりいい気分ではない。


「俺にはできないなあ、怖くてしょうがないし」


にへっと笑ってみせる。彼の一言でざわつき始める。

ニュースでもそこまで取り上げなかったらしい。


どこで見ていたのだろうか。

スーパーの入り口付近にはいなかった気がする。


「向かいの喫茶店から見てたんだよ、俺。

本当に運がよかった、あんなおもしろいものはなかなか見られないよ」


「本当に悪運だけは強いのね」


危険が及ばない場所から騒ぎを眺めていたのか。

他人事であることには違いないが、少し腹が立つ。


「ねえ、鶯谷さん。厚底ブーツをはいた黒猫の話、俺も聞きたいなあ」


「私から話せることなんてないよ。本当に助けてもらっただけだし。

ネットで探した方が早いんじゃない?」


「その黒猫さん、性別だけでも分からないかな。

中の人について、すごい話題になってるんだよ」


「ライ君は今日も軽いんだねえ。いつも違う女の子と歩いてるし~」


結衣が間に入った。

彼女なりに危険な香りを感じ取ったらしい。


「さあ、どうだったかな。マスクつけてたから、よく分からないし。

秋羽場君も気をつけたほうがいいんじゃない、真理の会はそこら中にいるんだし」


「そっか、ありがと。お互い気をつけようね」


にやにやと笑いながら、その場を離れた。

結衣は舌をべーっと出していた。


「あんなのに構うことないよー。チャラいだけで何もないし。

近くにいたんだったら助けてくれてもよかったのにね」


「ただのイキりは(笑)かっこわらいか……」


「本当にそうだよね。歩くだけで草を生やす男だし。

今度、芝刈り機でも持ってこようよ」


しれっと物騒なことを言ってのけた。

芝刈り機で刈られ取られる姿をなんとなく想像した。


***


放課後、校門に人だかりができていた。

美術部のアイドルが突如として現れ、美術部員が駆けつけたらしい。


大学から直接来たのか、リュックを背負っている。

学校から出るためには校門をどうしても通らなければならない。


なるべく気づかれないように、人ごみに紛れながら歩く。

音を立てずにこっそりと、消えるように帰りたい。


「うわわ、先輩だ! どうしたんですか?」


「目白か、ひさしぶりだな。鶯谷仁美はいるか?

昨日のことがあったから、迎えに来たんだ」


「そうだったんですね! ひとみんならここにいますよ!」


結衣が仁美を指さした。隠れる前に教える馬鹿がここにいた。

こうなったら素直に出て来るしかない。


「何よ、その眼は。怖いからやめてくれない」


美術部員と思われる人々が突き刺すような視線を向ける。

鬼のような表情が滲み出ていた。


「私も子どもじゃないんだから、大丈夫だって」


「何を言っている、怪人はいつ現れるか分からないんだぞ」


「別に自分で逃げられるし」


「逃げられなかった奴のセリフじゃないと思うぞ、それは」


まさに正論だ。ぐうの音も出ない。

黒猫に助けられたのは紛れもない事実だ。


「それじゃ、次はゆっくり話せたらいいな」


嫉妬が混ざった視線で見送られた。

正一はまるで気づいていないらしい。


「これだからアイドルは……」


仁美はひとり毒づいた。


***


隣を歩くのは気恥ずかしい。

遅れないように後ろから歩く。


「怪人に見えるんじゃなかったの?」


「そうだな、全員すごいことになっていた」


「顔なんて分からないんじゃない?」


「声とか雰囲気で判断するしかないな。

さっきはああ言ったけど、あまり長く話せなさそうだ」


人の判別が難しく、誰が誰か分からない。

ひさしぶりに会ったのに、ロクに会話できない。

それは致命的ではないだろうか。


「てか、授業は?」


「この時間は空いてる。すぐに戻れば問題ない」


「あっそ……真理の会、どうだった?」


「同じ大学のヤツがいた。俺で二人目らしい」


「それはよかったじゃない」


ぽつぽつと雑談をしながら、帰宅した。

わざわざサボってまで迎えに来るとは思えない。

変なところで運がいい人がやたら多い。

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