第46話 壊滅”光の船”
マリサが総督を毒殺してからすでに3時間は経過している。見ると水平線が白んでいた。もうすぐ夜明けだ。
収容所では”光の船”の仲間たちが異変に気付いて次々と現れる。そこを『乗り込み組』たちは各々の武器で迎え撃っている。およそ3か月も捕虜として閉じ込められ、しかも遊びと称して体をいたぶられていた彼らの気力は相当なものだ。
「この刀はなかなかいい仕事をしてくれるぞ!さすが総督のお宝だ」
オオヤマが満足そうに一人二人と袈裟切りにする。
「他のお宝を盗らずにそいつを選んだのだからな。そうでなくちゃ。しっかり役立たせてくれ」
マリサもサーベルを手に切りつけて反撃していく。
そこへ銃音が響く。
ズドーン!
銃撃で倒れる”光の船”の男。
「おいらだって銃は扱えるぜ。もう逃亡奴隷と言われて逃げるのは嫌だ」
ラビットがマスカット銃で離れたところから撃っていた。
「心配しなくても頼ってやるよ、ラビット。こいつらを一掃するぞ」
マリサは私掠や海賊(pirate)の連中にも指示を出すと先陣切って倒していった。そして最後の一人をオオヤマが倒す。
「オオヤマとラビットとあたしはこのまま砲台組を援護する。ほかのみんなは船へ向かえ!出帆を阻止させるな」
「おうよ!まかせとけ」
”青ザメ”と私掠・海賊(pirate)の男たちは港へ走っていく。このまま朝を迎えればデイヴィージョーンズ号だけでどうにかなるとは思えない。”光の船”に拿捕されたデイヴィージョーンズ号は船内の武器やら火薬やら奪われていると考えられるからだ。その意味でもいち早く逃げるのが先決だった。早く船を出し、砲台を襲撃する連中のためにボートを出す必要があるのだが、朝になればそれさえ危険になる。
「火薬樽を慎重に運べ!要塞破壊の突破口を作るんだ」
グリーン副長の指示の下でフレッドやオルソン、私掠や海賊(pirate)の力持ちたちが火薬庫から火薬樽を運び出す。そして崖から海を見下ろす要塞の砲台の一つに火薬樽を置いた。
周りは徐々に明るくなっていく。そしてデイヴィージョーンズ号に向かういくつものボートが目に入る。彼らを何としても守らねば出帆はありえない。
そして水平線上にいくつかの黒い点を見つける。
(あれは……)
フレッドは異変を察知しグリーン副長を呼ぶ。二人が水平線を凝視するなかでそのいくつかの黒い点は船の姿に変えていった。
「あれは”光の船”の船団だ!まずい、このままではデイヴィージョーンズ号がやられるぞ」
”光の船”が海賊行為から帰ってくることは今までにもあったことだが、なぜこのタイミングなのか。グリーン副長に焦りの色がみられる。
「グリーン副長、船団が射程内に入るのを待って襲撃するか。それともこの砲台の破壊をするか」
オルソンがグリーン副長の指示を仰ぐ。そうこうしている間にも要塞には港のほうから敵があがってくる。この植民地の港は住民も”光の船”の仲間なのだろう。
「あんたたちの相手はあたしたちだよ。かかってきな」
マリサの挑発にのってくる男たち。闘い慣れしていないのかすぐさまオオヤマの刃にかかりなぎ倒されていく。
「……この砲台を破壊しよう。それが第一目的だよオルソン」
グリーン副長が口を開くとオルソンは頷き、二つ目の砲台に火薬樽を運ばせた。
「みんな、離れろ!」
この声にマリサ達乗り込み組もその場を離れる。グリーン副長はオルソンに目配せで指示を出す。オルソンは導火線に火をつけた。オオヤマとラビットは連中を率いて港へ向かった。オルソンも物陰に隠れる。
導火線の火はついに火薬樽の一つに到達する。
ドッガーン!!
砲台が二つふっとび、要塞の壁が崩れた。あたりに白い煙と煤塵が漂い見通しが悪くなる。その中でマリサは頭に何かを突きつけられているのを感じた。
「……な、何……」
それはすぐに銃口だと理解したマリサは血の気が引き、これまでにないほどの恐怖を覚える。
「動くな。お前はここで死ぬのだ」
その声はグリーン副長だ。
「なんで?なんであたしが死ななくてはならないんだ?」
以前からオルソンにグリーン副長には気をつけろと言われていたが、脱出のことが精いっぱいで用心をすることを忘れていたのを後悔する。
「マリサ、私はお前が海賊であることが許せない……ウオルター総督にもスチーブンソン君にもお前が海賊をやめるように言ったのにお前は海賊をやめなかった……だから私はお前をここで殺す!」
マリサの脳裏にウオルター総督の言葉がよぎる。
フレッドは何が起きたのか理解できず言葉が出ない。何より相手は上官だ!
「嫌だ!あたしは死なない、死にたくない。あたしはこの任務が終わったらフレッドの妻になると約束した……だから死ぬわけにはいかない」
うわずった声で言い返すが手に力が入らない。体中の震えが止まらずサーベルを落としてしまう。
「お前が海賊のままでいるのが許せないのだ。わが血筋から汚れた血を消し去ってやる」
グリーン副長が引き金を引こうとしたその瞬間、
バーン!
正確に銃が彼の手から撃ち落される。それは暴発でもなんでもなかった。
「マリサ、その男から離れろ!」
グリーン副長の銃を撃ち放ったのはオルソンだった。マリサはとっさにサーベルを拾うとフレッドのもとに駆け寄る。
「まさかこんな邪魔が入るとはな……。これは私とマリサの問題だ。ほっといてくれ」
銃を撃たれた衝撃で体のバランスを崩したグリーン副長はオルソンを睨みつける。
「あなたがなぜマリサに敵意をもつのかようやく思い出したよ。ハリー・ジェイコブ・テイラー子爵、それがあなたの本当の名前だ。一度だけ陛下の謁見の場で会ったことがある」
オルソンが言うとグリーン副長……テイラー子爵は含み笑いをする。
「なるほど、オルソン伯爵と言うのはあだ名ではなく本当に伯爵様だったんだな。では伯爵様に願う。私の復讐を邪魔しないでもらいたい」
「復讐だか何だか知らないが、それはあなたの勝手な行動だ。今ここですべきは脱出ではないか。マリサが命を懸けて行動を起こしたから我々は脱出の機会を得たのだ。それを無駄にすべきではない。マーガレットが命と引き換えに子どもを産んだのもあなたに殺させるためではないはずだ」
オルソンは銃口をグリーン副長に向けたままだ。
「オルソン伯爵、あなたも貴族ならわかるはずだ。血筋から海賊などいう犯罪者をだせばどんなに不名誉なことなのか。我が家の不名誉は妹マーガレットだけで十分だ。その血をひくものが海賊としてのうのうと生きていることが限りなく許せない。マリサ、お前はなぜ海賊の道を選んだのだ!」
「グリーン副長、あたしがどんな道を選ぼうとあたしの自由だ!あたしはあたしだ……一人の人間に過ぎない。あなたには関係ない」
マリサは一筋涙を流す。自分の出自を知っている者が今ここにいる。しかも自分の命を狙っている。
「グリーン副長……いや今はテイラー子爵と呼ばせてもらおうか。私はマリサの後見人だ。なぜならマリサは婚外子として生まれ、育ての親のデイヴィスとイライザも結婚しているわけではない。このように正式な親をもたない子どもの未来は知れている。社会から忘れられ疎まれ路頭に迷うのがおちだ。だから私は後見人として必要な教育と躾をしてイライザとともにマリサを育てた。私もマリサの父親のひとりだと自負しているよ、テイラー子爵。マリサは貴族社会に出しても恥ずかしくないたしなみも心得ている。それはマリサが大人になってどの道を選ぶか困らないように私が躾けたからだ。あなたにマリサのことをどうこう言われる筋合いはない!」
今までにないほど厳しい顔つきのオルソン。グリーン副長はマリサを見つめるとそのまま泣き崩れた。
「……マーガレットが泣いている……」
「そうだ、ここでマリサを殺してはマーガレットは悲しむはずだ。……さあ次の指示を出してくれ、
グリーン副長はゆっくりと立ちあがる。すでに夜が明けており、周りが明るくなってきた。
とそこへ沖合から砲撃の音が聞こえた。グリーン副長たちは驚いて港の方をみる。なんと”光の船”を追い砲撃をしている船団があるではないか。
「あれは……レッドブレスト号!提督の艦隊だ……だが……」
見覚えのある船影。確かにそれは提督の艦隊だった。提督の艦隊にあのエトナ号も加わっている。”光の船”の船団を射程内に捉え、砲撃をしていた。”光の船”の船団は提督の艦隊に追われ、本拠地へ逃げてきたのだろう。この”光の船”は前回の提督の艦隊との海戦で戦列艦を失っていたが、残存部隊がその後も海賊行為を繰り返し、国籍問わず襲撃していた。
戦列艦であるレッドブレスト号を中心とする提督の艦隊と4隻のフリゲート艦やスループ船で編成された”光の船”残存部隊の差は歴然としている。たちまち”光の船”の2隻が砲撃でマストやヤードを破壊され、甲板上にばらばらと破片が落ちた。こうなっては航行不能である。乗り込んで白兵戦にもちこんでいく提督の艦隊の乗員たち。
その様子をみてグリーン副長とフレッドは違和感を持つ。レッドブレスト号をはじめとする提督の艦隊の船は、軍旗の代わりに意外な旗が揚がっていたからである。
「提督の船が海賊旗を揚げている……!?」
そしてそれは海賊であるマリサ達も驚きの光景だった。
「どうなっているんだ?これも作戦なのか」
先ほどまでグリーン副長と対峙していたオルソンも混乱気味だ。海軍が海賊旗を揚げているなんて聞いたことがない。
「作戦と考えたほうがよさそうだよ、オルソン伯爵。爆弾ケッチが加わっているとなるとエトナ号はここも破壊してくるだろう。そうなればこちらの答えはひとつだ。我々の存在をまず明らかにしなければならない。そして少しでも要塞襲撃の手助けをするんだ」
「では、海軍様の分を残して置き土産に一つやっておきますかな」
厳しい表情をしていたオルソンはいつもの余裕のある顔をしている。グリーン副長のマリサへの敵意が無くなったことを知ったからだ。
オルソンたちは火薬樽を一つ運び出すと大砲の下に置き、導火線を敷くまでもなくその場から離れた。そしてオルソンはピストルで火薬樽めがけて撃った。
ボボーン!
爆破とともに再び煤塵や石のかけらが飛び交う。要塞の壁がさらに崩れた。
そしてその様子を提督の艦隊もしっかりと見ていた。
要塞の一部が突如破壊され、そこから手を振る人間がいる。
「何ということだ……あれはグリーン副長、そしてスチーブンソン君ではないか。”青ザメ”の連中もいるのか?無事だったんだな」
望遠鏡で彼らを視認すると安堵する提督。
置き土産に大砲を一つ破壊したグリーン副長たちはそのまま港を目指して崖を降りようとする。だが再び追手がやってきた。マリサが向かおうとするがグリーン副長が止める。
「あとは提督の艦隊に任せてくれ。これは海軍の仕事だからな。おまえは十分すぎるほど仕事をしたよ」
この言葉にオルソンも笑みを浮かべる。
「そうは言っても船まで逃げるには間に合わないからフレッド、マリサを託していいか。君でないとできないことがある」
「……なんですか、オルソン。僕でないとできない仕事とは」
オルソンは崖をじっと見つめる。なかなかの高さだ。
「お、おい、オルソン。変なことを考えるな」
マリサが慌てている。
「大丈夫だ。フレッドが受け止めてくれるよ」
そう言ってオルソンはフレッドとマリサを崖から突き落とした。
「うわーっ!」
「きゃあ!ぶっ殺すぞーオルソン!」
崖から落ちていく二人。
「マリサは泳げないんだ。泳ぎのたしなみを私は教えていないからな。よろしく頼むよ、フレッド」
そう言って叫ぶとオルソンも崖から飛び込んでいき、グリーン副長たちも続いた。
この飛び込みを提督の艦隊が望遠鏡で確認し、救出のボートが出される。
「よくやったよ君たち。海賊たちも海軍に歓迎しよう。いや、今の我々も海賊だけどな」
提督も周りの士官たちも笑う余裕ができている。
マリサ達が要塞から『脱出』したのを確認した提督は次の指示を出す。
「さあ、思いっきりやってくれ。要塞を叩け!”光の船”の壊滅は我々の仕事だ。これ以上海賊”青ザメ”に見せ場を持っていかれるのは許せんからな」
そう提督が言うとそばにいた士官も一言。
「アイアイサー。我々も物語の山場でしっかりと見せ場を作りましょう」
「そうだな。『海軍は海賊の討伐で多忙だ』と政府の奴に報告されたからな。言葉通りに活躍させてもらおう」
提督の作戦は次の段階に出る。グレートウイリアム号とスパロウ号は”光の船”2隻に乗り込み白兵戦にもちこんだ。ガイフォークス号とオーク号、ジャスティス号が残りの2隻を砲撃している。機会を得て白兵戦に持ち込む気だ。レッドブレスト号はグリーン副長たちが一部を破壊した要塞を徹底的に破壊すべく、海軍の乗員と海兵隊からなる上陸部隊を編成し何艘ものボートを出した。といっても制服を着てはいないのだが。
一方、デイヴィージョーンズ号は”青ザメ”や私掠・海賊(pirate)の捕虜たちが一体となって出帆準備をしている。手馴れているとあって急ぎながらも確実に出帆準備は進められた。操舵も亡くなったニコラスに代わりリトル・ジョンがデイヴィスとともに行っている。デイヴィスも新たな仲間に指示を出しながら帆の展開を急がせる。
「マリサ達は救出されて海軍のボートに乗っているようだ。俺たちはとにかくここから離れよう」
デイヴィスが次々に指示を出す。グリーン副長がいない今、ようやく船長である立場を取り戻したデイヴィスは生き生きとしている。連中もそれがわかっており表情が良い。
そして錨を上げ、帆を風にはらませると
エトナ号はデイヴィージョーンズ号の出帆を確認すると港への砲撃に出た。
ドーン、ドドーン!
甲板上の臼砲から打ち上げられる砲弾は大きく弧を描き波止場や護岸を破壊していく。そして海賊には負けないほどの統率力を持つ提督の上陸部隊は確実に要塞の砲台へ進み、目的達成にむかう。海兵隊員が砲台に駆け寄った敵を銃撃し、その援護のもとで海軍の乗員が次々と爆破の準備をする。
要塞も港も騒然としていた。
ドガーン!ドガーン!
次々と砲台が要塞もろとも爆破されていく。港では”光の船”の船団全て白兵戦となり、海賊に扮した海軍の乗員たちが剣や銃を手に”光の船”の海賊たちと闘っている。
それはデイヴィージョーンズ号が2隻の海賊船に挟まれ、白兵戦のあげく拿捕されたのを思い出させた。
ほどなく、”光の船”の海賊は海賊に扮したイギリス海軍の手に落ちる。武器を奪われていくが、捕虜として捕らえられるわけではない。イギリス海軍は講和の動きを踏まえて、あくまでも海賊として動いているからだ。
上陸部隊も無事に要塞爆破の目的を果たし、意気揚々として戻ってきている。
提督の艦隊のそれぞれの船では歓声が起きている。本当なら海軍旗のもと、軍服を着てその喜びを味わいたいものだが、国際情勢を見ると微妙なこの時期にそれはふさわしくなかった。
「ところで、救助部隊はマリサ達を無事に送り届けたかね」
提督が士官に尋ねる。海に飛び込んだマリサ達を提督のボートが救助に向かっていたのだ。
「我々はレディーへの配慮も万全です。救助後、すぐにデイヴィージョーンズ号に送り届けましたよ。体が冷えたらいけないのでラム酒も添えておきました」
「それでこそ女王陛下の海軍だよ。では、ジャマイカへ向かおう」
提督はそう指示を出すと、艦隊はジャマイカの海軍司令部へ向かっていった。
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