第45話 反撃②

 ジャマイカで行われた作戦会議。提督の艦隊の艦長たちに新たに爆弾ケッチのエトナ号のスミス艦長が加わり、政府の意向を無視することなく、いかに"光の船"の本拠地を叩き、囚われているグリーン副長とスチーブンソン士官を救うかを考える作戦が練られた。



 数日後、”光の船”の海賊行為による襲撃の情報を得て、ようやく新生提督の艦隊が動き出す。それはイギリス海軍としての出帆ではなかったが反撃するには十分な力を備えていた。


(ちょっと早いが、私からのクリスマスプレゼントになるだろう)


 これがイギリス海軍として最後の大仕事になるだろうと提督は予測している。だからこそ、”光の船”の壊滅という目的を達成したい。そして部下も救いたい。そんな思いだ。


(それまで生きて私のを待っていろ、マーティン・ハウアド)


 提督をそうまで動かしているのは、やはりあの男への執念である。当時、1000人近く乗船していた戦列艦で任務についていたウオーリアスと当時の艦長は部下の反乱にあい、艦長は幽閉され、ウオーリアスはその際のケガで片足の膝から下を失った。その後の調べでその首謀者のひとりがマーティンだと知ったのだが、乗船していた一人一人の乗員の顔を覚えているわけでなかった。逃亡したマーティンを追って何年も探し続け、それが”青ザメ”に潜んでいるのではないかとの情報を得た。その”青ザメ”にいる古参はもう限られた面々だ。確実に彼を捕らえ、犯罪者として処刑台へ送る自信はあった。



 外洋へ出た艦隊は”光の船”を待ち伏せることなくその本拠地を目指す。何としても本拠地を叩きたい。それがそもそもの目的だったからだ。

この目的達成のための出帆まですでに三か月近く経っていたが、作戦を実行する準備も含めて十分すぎるほどの時間があった。


 提督の艦隊は海軍の旗をあげていないが、これも作戦のうちであった。そして”光の船”の船や植民地への襲撃が限られている範囲であることから、ほどなく艦隊は彼らと接触することになる。

 

 

 話は再び”光の船”の本拠地、マリサが総督に対してある行動を起こしたころに戻る。


 総督の寝室から喘ぎ声が聞こえる。ハアハアと息を荒くし、かすかに声をあげる総督がいた。全裸でベッドに横たわり、もがくように手を首にやるガルシア総督。その横でシフトドレス(下着と夜着を兼ねたもの)姿で微笑むマリサ。


「ご気分はいかがです?総督閣下」

「……息が……息が……く、苦しい……」

「お楽しみは苦しいもののようですね。そんなものを味わうためにこの日を迎えたのですか」

「お前は……何をしてくれたのだ……か……らだが……」


 総督の身体に浮腫がみられ、のどに引き裂かれるような痛みと締め付けが襲い、呼吸を困難にする。


 マリサは総督の様子にあることを話す。

「ガルシア総督閣下、あなたが『貴族のたしなみ』に何を求めたのかは伺いませんが、私が後見人から教わった最後の『貴族のたしなみ』、それは『毒』です。あなたはここに着任したものの、ここの地理をよくわかっていなかったのが災いしました。あなたが媚薬として召し上がったのは猛毒のmanzanilla(マンチニール・小さなリンゴという意味)、それがここには自生しております」


 そう言っている間にも総督がもがき苦しんでいる。そしてマリサは演技の終わりを告げ、あの仏頂面となった。


「演技はもう終わり。ガルシア総督、あたしの懇願を聞いてくれてありがとうな。おかげで捕虜の連中は拷問がなくなり、体力も付けることができた。そこは評価してやるよ」


 その言葉が聞こえたかどうかはわからない。総督はやがてばたりと動かなくなった。


(さようなら、ガルシア総督。あんたは不名誉な腹上死で人生を終えるんだ。……あたしは小鳥でもあんたの所有物でもない。あたしはあたしだ)


 そしてマリサは自分が幽閉されていた居室から船に乗っていたときに着ていた衣服を身に着けると、総督の首元から宝物が収められている部屋の鍵を奪い、その場を後にした。


(まずは何か武器を探さなければならないな。そう、オオヤマはアレでないと戦えない)


 あたりの様子をうかがいながら例の部屋の鍵をあけ、異国の刀を手にする。そこは武器になるようなものはそれぐらいで、あとは役に立たない装飾品ばかりだ。普通に海賊であるなら喜んで全て奪うところだが、残念ながら今はそんなことは言っていられない。それでも幾ばくかの軍資金は当面必要だろう。マリサはいくつかの小さめの宝飾品をあのハンカチにくるむと胸元へ隠した。


「オオヤマ、あんたの武器は高くつくぜ」

 マリサはそうつぶやくと、異国の刀を手にして密かに屋敷を出た。



 庭の樹木に隠れるようにして例の『嘆きの収容所』へたどり着く。鍵を持っているのはあのエスタバンという男だ。そして収容所を守っている者もいる。こっそりと外側に回り、各収容所を繋いでいる回廊にでた。ここなら警備の者たちの動きが見える。と、そこへ赤ら顔をした上機嫌の男が回廊に現れる。


「今日の酒は本当にうまかった。マリサが総督閣下に抱かれるかどうかの賭けは見事に勝った。さすがは『嘆きの収容所(Campamento de lamentación)』、仏頂面の海賊もものとはしなかったな。全く、いい贈り物だったぜ」


(うるせえ!見てもないのにあたしが抱かれたなんて決めつけるな。いい迷惑だ)


 今までたまっていたものが少しずつ発散される。マリサは結った髪をまとめ上げていたピンを抜く。髪の毛をおろすのは久しぶりだ。そして物陰からエスタバンの背後に回り、闇に紛れて首に手を回してピンで首の後ろを突いた。鋭利なピンの先はエスタバンの首に深く突き刺さる。

 エスタバンはそのまま声をあげることなくばたりと倒れる。そしてマリサは彼から収容所の鍵とサーベル、銃を奪った。


(さあ、反撃開始だ)


 夜とあって収容所は物静かだ。あのエスタバンはガルシア総督とマリサの妄想に酔っていたのだろう。この話は他の監視人たちも共有していたとみえて、巡回に来る3人の男たちも美酒に酔いしれて赤い顔をしていた。もっとも、マリサにはこれは好都合だ。酒を飲んでいる分、機敏性が損なわれるからである。


 サーベルを抜き、最後尾の男から切り付けていく。いまの状況では音を放つ銃は使えないからだ。3人目の男を狙ったとき、男が振り向き、マリサと目が合う。


「お前は……!」


 マリサは有無も言わせず男の首を切りつけた。


「今まであたしのかわいい連中と遊んでくれてありがとうな」


 そうして男たちの武器をとりあげ、部屋とは名ばかりの部屋から鍵を開けていく。

 収容されていた連中が次々にでてくる。マリサが知らない顔もあったが、向こうはマリサを知っているようで、"青ザメ"の連中とうまく連携して動いている。

 物音を聞きつけて役人たちがやってきたが、彼らは連中に殴られて気を失う。その役人たちの武器を連中が奪っていく。


 そしてフレッドがいる部屋を開けた。ラビットやオオヤマがすかさずでてきた。

「オオヤマ、あんたの武器が一番のお宝だ。これがないと戦えないだろう?」

 そう言ってあの異国人の刀を手渡す。オオヤマはそれを受け取り、鞘から抜くとじっと刀を凝視した。

「なんだ……この刀はやはり宝物レベルか?飾り物か?」

心配そうにするマリサを横目にオオヤマは今まで見たことがないくらいの表情をみせる。


「これは俺が持っていた刀よりも良い物だ。手入れがなされていて刃こぼれもない。最高のお宝だよ」

「そう言われると奪ったかいがある。港にはデイヴィージョーンズ号がそのまま残されている。そのことを他の連中にも声をかけてくれ。みんなで脱出だ」

「承知した。連中の誘導は任せろ。」

 そう言ってオオヤマはラビットや他の連中とともに他の連中の救出に向かう。

 

「マリサ……」

 残されたフレッドが呼びかける。およそ3ヶ月近く離れていた2人は今ようやく見つめ合う。マリサは嬉しさのあまり彼の胸に飛び込みかけたが、ふとある思いがよぎり、立ち止まる。そしてそのまま一歩二歩と後退りする。そのマリサの様子に何かを感じたフレッドはこう話しかける。


「心配するな。何があっても私を信じてと言ったのは君だろう?」


 そう言われてマリサの胸につかえていたものが消えた気がした。フレッドは確かに演技に気づいていたのだ。


「フレッド……」 

 とめどもなく溢れる涙を抑えきれず、仏頂面が崩れていく。フレッドは指でその涙を拭うとマリサを抱きしめた。

「フレッド、あたしは体を武器にしていない。掟は守ったよ」

「わかっている。君の演技力はどの女優にも負けない。だから疑う余地はない。君も無事で良かった……。さあ、演劇の山場を迎えよう」


 そこへグリンフィルズが通りかかる。

「おいおい、まだここに未練があるのか。ギャレー(厨房)を手伝わせてやるから早くこい」

 そしてモーガン。

「マリサ、茹でたジャガイモをたらふく食わせてくれ。俺は苦手だけどな」


「うるせ〜な!あんたたち2人とも大鍋にぶち込んでやる」

 マリサはそう言ってフレッドとともに急いで収容所の外に出た。



 次々に鍵が開けられ解放される捕虜たち。そしてデイヴィスやオルソン、グリーン副長も出てきた。

「マリサ、貴族のたしなみを使ったのか」

 オルソンはとっさにマリサの両手をとった。そして左手にいくつかの水泡があるのを確認する。それはある植物の毒の影響を意味していた。

「……マンチニールか。相当危なかったな」

「確かにやばかった。実をとってから時間がたっていたせいか総督はすぐには死ななかった。見た目は腹上死だが、あたしがいないことから疑いは残るだろう」

 そしてマリサはデイヴィスにもこう言った。

「……デイヴィス、掟は破っていない。"光の船"壊滅の任務が終わったらあたしはフレッドの妻になる。だから命がけで掟を守った」

 マリサの言葉にデイヴィスはフッと笑う。

「お前が俺の子どもで良かったぜ。血はつながっていないけどな」


「デイヴィス、港にデイヴィージョーンズ号が残っている。奴らは古すぎてあの船を使うことはなかったらしい。出帆準備で私掠や海賊の連中とともに行ってもらっている」

「……そうか、結局海軍はグリーン副長もフレッドも助けることはなかったな。なら、置き土産にここの砲台の一つでも破壊していくのが挨拶ってもんだろう」

「破壊するなら火薬庫の見当はついているぜ。ほらオルソンがうずうずしてるじゃないか。オルソン、やりたくてたまらなかったんだろう?」

 マリサに言われてまんざらでもないオルソン。趣味が講じてデイヴィージョーンズ号でも砲手長を務めていた。

 

 マリサはこのオルソンに読み書きや貴族の様々なたしなみを教わっていた。ダンスや立ち振る舞いだけでなく、裏のたしなみまで教わっており、その一つがガルシア総督に使った『毒物』だった。どんなときにどのような毒物を効果的に使うかを教わっており、これまでにも実際にそのたしなみをオルソンの指導の下で使ったことがあった。それはマリサがまだ少女のころだ。その結果については当時のマリサには理解できなかったが、相手は眠るように死んでいった。マリサが仏頂面になったのもここに起因している。



 このやり取りを冷めた目で見ているグリーン副長にマリサへのある思いが再び殺意へ変わっていく。

「いや、収容所を含めこの要塞の破壊は海軍の仕事だ。海賊の仕事ではない。だから私とスチーブンソン君が主になって進める。悪いがオルソン君も手伝ってくれ。そして力がある連中も残ってもらう。デイヴィス船長はすぐに出帆できるように船長としての仕事をやってくれ。提督の艦隊が来る来ないは関係ない。マリサは『乗り込み組』とともに追手を払ってくれ。その間に我々は破壊の準備を進める」

 グリーン副長は周りの連中にも指示を出す。ここへきてやはりグリーン副長はデイヴィスより高位に立っていた。

「アイアイサー」

 ここでどうこう個人の思惑にとらわれるわけにはいかない。みんなが指示に従った。



 やがて収容所の異変に気づいた人々が騒ぎ立て、叫びながら銃や刀を手に現れる。

「グリーン副長、火薬庫はあの建物だ。それからオルソン、ここには主計長のモーガンはいないから遠慮なくぶっ放しても誰も文句は言わないはずだ」

 マリサは火薬庫の建物を差し示すとオルソンが不穏な笑みを浮かべる。もったいないもったいないという主計長のモーガンは船を目指している。

「では、お言葉に甘えて使わせていただこう。グリーン副長、許可をいただいてよいかな?」

 そう言ってグリーン副長の様子を観察する。

「もちろんだ。派手にいこう」

 グリーン副長は連中を引き連れて火薬庫へ向かう。


(奴が行動を起こすとすればこのタイミングだ。お前にマリサを殺させはしない)


 オルソンは密かに倒れている敵から銃を奪うと後を追った。



 海戦のときに相手の船に乗り込んで襲撃する『乗り込み組』である連中が、武器を片手に追手に立ち向かう。サーベルを持つマリサを筆頭に、オオヤマは新たな刀を持ち、ラビットは奪ったばかりのマスカット銃で挑む。いつもはオルソンとともに砲撃を手伝っているラビットもじっとしていられなかったのだ。私掠の連中のなかからもよほど仕返しをしてやりたいのか刀や銃の使い手が何人も現れてマリサ達と行動を共にした。


 マリサ達が追手と一戦交えている間、デイヴィスやハーヴェー、そして私掠船で操舵をしていたリトル・ジョンなど先陣切って操船をしなければならない連中も相当数おり、デイヴィージョーンズ号を目指す。深夜の港町は騒然としており、住民の中には目を覚ました者もいる。”青ザメ”は海戦で多くの死傷者を出した。こうなっては私掠や海賊(pirate)たちと団結しなければ船を動かすことはできないのだ。


「あんたがデイヴィス船長か。俺は私掠船で操舵を任されていたリトル・ジョンだ。俺の操舵の腕をみてくれ」

 年齢からみたら明らかに年上のデイヴィスに若手のリトル・ジョンが親しみを込めて話しかける。

「俺はジョン・デイヴィス。じゃあこれからはWジョンで舵をとろうぜ。反撃だ」

 この言葉にリトル・ジョンは喜び、仲間にも声をかけていった。

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