第44話 反撃①

 話はさかのぼる。


 デイヴィージョーンズ号が拿捕されて海軍のグリーン副長やフレッドを含む”青ザメ”の連中が捕虜となったことを確認しつつも悪天候のため一時撤退をしていた提督の艦隊は、ジャマイカの本部を拠点として反撃の機会をうかがっていた。提督の艦隊の目的は”光の船”の壊滅である。撤退をしてケガ人の救護や船の修理を行い、出直しを検討していた。しかしここへきて政府高官からある通達がなされる。


「捕虜を助けたい気持ちはもちろん”光の船”を壊滅するという本来の目的はよくわかっている。だが、いまは各地で講和が議論されている時だ。すでに我が国も8月にスペイン戦域における停戦に合意しているではないか。フランスとポルトガルも停戦の動きが出ている。この微妙な時に刺激をしてほしくない」

 高官は声を荒立てて話す。

「では、わが軍の目的はどうなるのですか。”光の船”の襲撃はいまだに続いて被害が出ております。わが軍の二人も捕虜になったままですぞ。われわれは公式に”光の船”を叩くのが目的だが向こうは政府非公認の海賊集団だ。我々は自衛のために戦うべきではないのですか」

 提督は納得がいかないという顔で高官と対峙する。

「……その政府非公認の海賊集団に一部のスペイン海軍と総督がかかわっているのが問題なのだ。単に海賊集団なら大いに討伐してもらってけっこうだが、非公認であっても海軍と総督が絡んでいるとなると、彼らを一掃することで講和に水を差すことになることが懸念される。あなた達軍部は食べるために戦争をするのだが、我々は外交努力によって戦争を終結へ向かわせるのが仕事だ。無用な戦いはごめんこうむる。私だって納得がいかないんだよ。どうか理解してくれたまえ」

 そう言って高官はため息をついた。


「……そうか……政府の考えは十分理解した。念のために聞くが、もし我々が海軍でなくて海賊であるなら討伐は可能ということか?」

 提督の言葉に大きく目を見開く政府高官。

「その通りだ……それ以上は私の立場から言えない。あなたが犯罪者をあぶりだそうとして”青ザメ”を故意に艦隊に加えたのは知っている。だが報告によれば彼らは拿捕され、海軍の二人を含む全員が捕虜になっているそうじゃないか。何か手はあるのか?」

「手はないが考える頭はある。外交の隙間をぬって行動を起こす方法がきっとあるはずだ。そして彼らもだてに海賊(buccaneer)をやっているわけじゃないだろう。なにより、キーマンである”青ザメ”の頭目マリサがこのまま捕虜としておとなしくしているとは思えない。イギリスの利益のために行動を起こすと私は信じたい。海賊を知らない政治のプロであるあなたには理解できないとは思うがな」

「あなたがおっしゃることはわかった。だが、わたしからどうこう言うのは控えさせてくれ。国へは提督の艦隊はしていると報告はしておく」

「それはどうも。海賊の討伐は我々の仕事の一つだからな」

 提督はそう言うとコツコツと義足の音をたててドアを開け、男を見送った。



 ”光の船”を壊滅させる目的は達成されていない。そればかりか、残存部隊による商船への襲撃が続き、イギリスだけでなく、フランス、オランダ船なども標的とされている。それを講和に水を差すからということで、手をこまねいてみているわけにはいかなかった。

 

(敵の要塞化した港を叩くには爆弾ケッチが必要だ。そして捕虜となった彼らの脱出にも船が要る。和平へ進みつつある今なら待機となっている船を動かせるのではないか)


 そう考えながら司令本部の外の処刑台を見る。今までにここで縛り首になったのは海賊だけではない。軍において上官に重大な反乱や犯罪を犯した者も軍法会議の後、処刑されている。自分の片足の膝から下を義足へ追いやったあの男はまだ捕まっていない。


(私はもう年齢を重ねている。海軍を引退したらあの男を処刑台に送ることは難しくなる。”青ザメ”の中に奴はいるはずだ……。何としても奴をあぶりだし、処刑台へ送ってやる。それまでせいぜい”光の船”の捕虜として生きているがいい。私はお前を忘れないぞ、マーティン・ハウアド)


 そう提督が思案しながらコーヒーを飲んでいると港に見覚えのある船が入ってくるのが見えた。それは以前、”青ザメ”とスペインの植民地を攻撃した爆弾ケッチのエトナ号である。エトナ号は一つの任務を終えて補給のために立ち寄ったのだろう。


(ほう……神からの賜りものだ)


 ”光の船”の対策を考えながらじっと港を見つめる。そうして一時間がたっただろうか。熱い二杯目のコーヒーを飲んでいると、提督の考えが通じたのかその主が入ってきた。スミス艦長である。


「やあ、スミス艦長。ますます男をあげたそうじゃないか。あなたの活躍は耳に入っているよ」

「それは恐縮です、提督。こちらのほうも”光の船”との海戦の様子が伝わっていますよ。戦列艦ならではの戦いだったと聞いております」

 スミス艦長は以前に比べて少し白髪が増えたようだった。しかし物腰は変わることはない。

「ここへは補給だけか?男たちの力が有り余っているのならもうひと働きしてみないか」

 提督はコーヒーを勧める。

「そうですね、講和に近づくのはいいことなんでしょうが、つまらないことで喧嘩をする馬鹿者が出てしまいまして、何回かむちの出番になりました。おっしゃるとおり、力が有り余っているようです。で、もうひと働きとは何ですか」

 スミス艦長は差し出された熱いコーヒーを味わう。

「私と”光の船”を壊滅させようじゃないか。爆弾ケッチの力が何としても必要なのだ。それに”光の船”の本拠地である植民地では”青ザメ”をはじめとする私掠や海賊も捕虜となっている。そして部下のグリーン副長とスチーブンソン君もな。非公認組織である奴らは捕虜協定を守っていない。部下の処遇が気になって仕方がない。ぜひ力を貸してくれ」

「”青ザメ”には借りがありますからむしろ望むところですよ。エトナ号は任務を遂行して国へ帰るところでしたが、食料と弾薬が不足してしまい、補給に立ち寄ったわけです。うちの若い連中にはいい贈り物になるでしょう。」

 スミス艦長は活躍の場が与えられることに機嫌がいい。提督はそれを確認するとこう言った。



「ところでスミス艦長、あなたは演劇がお好きかね。本日の会議の議題は演劇だ」


 その後、司令本部はその議題で議論がなされ、ある作戦が計画された。




 同じころ、スペイン海賊の襲撃からしばらくたったグリンクロス島では、あの海賊どもを手玉に取ったシャーロットに多くの島民の人気が集まり、アーサーと仲良くどこかへ行こうものなら必ず誰かがついてまわった。

「おはようございます、お嬢様。今日も島の警備ですか」

 あの『ジュース攻撃』のもととなった魚の加工場の男が声をかける。それまでは自身の身体のにおいを気にして人に声をかけるなんてとてもできなかったことだが、シャーロットはその壁を見事に破った。

「ごきげんよう、ご主人。あいかわらずご冗談がお上手ね」

 そう言って微笑むシャーロット。周りに島民が集まってくる。一人一人に声をかけながら小声でアーサーにつぶやいた。


「私はあなたと二人で町を歩きたいだけなのに、いつもこうなのね」


「島民に人気があることは悪いことではないよ、お嬢様。これがあのマリサだったら『うるせえ!』でおわってしまうからな」

 そう言うアーサーももまれている。



 屋敷の方ではウオルター総督がマリサと”青ザメ”の処遇について思案していた。恩赦をだそうにもだせない状況でマリサ達を処刑から助ける道をだせないでいる。それはウオーリアス提督とグリーン副長からのそれぞれの圧力によるものだった。そしてその圧力の理由を知っているのは総督だけである。


(このままだとマリサ、お前は殺されてしまい、”青ザメ”のみんなも処刑台送りだ。なんとか逃げ道はないものか……)


 そう思いながらフレッドの母、スチーブンソン夫人からの手紙を何度も読み返す。手紙をもらって以来、返事を書こうとしたが、こうした事情もあり返事を書けないでいた。


(提督の理由はマーティン・ハウアドが”青ザメ”に紛れているということだ。あの連中の誰かがその人だが、これはマリサは知らないことだ。その人が出頭すれば少なくとも”青ザメ”の処刑場送りはなくなるだろう。ただ、グリーン副長の理由は彼がマリサを許すかどうかにかかっている。マリサよ、なぜお前は海賊の道を選んだのだ)


 スチーブンソン夫人は返事を今か今かと待ち望んでいるだろう。総督は何度も考えた挙句、恩赦については”青ザメ”に潜んでいる犯罪者が出頭することを条件に出す考えであることを書き、本国へ向かう船に手紙をことづけることにした。

「これで少なくとも”青ザメ”全体の処刑については回避できる可能性がある。彼らがその後に海賊を続けるのなら話は別だが……。マリサが”青ザメ”の男たちを助けたいと思うなら、この書面通りに動くだろう。問題は……」

 そう言って庭から港を見つめる。以前マリサがここに訪れていたとき、フレッドとダンスをしたあの庭だ。


(マーティン・ハウアドが”青ザメ”の誰なのか誰も知らない。提督でさえその男の顔を知らない。マーティン・ハウアドの良心に任せるしかないということだ。マリサがこの書面を連中に提示して果たして彼が出頭するだろうか。そうでなくば結果は皆処刑だろう。そしてマリサもグリーン氏が許さない限り、彼はお前を殺すだろう。仮に彼が許したとしてもお前には海賊処刑としての火あぶりの刑が待っている)


 執務室へ戻り、そのまま考え込んだ。そこにはあのマーガレットの肖像画が飾られている。マーガレットは最後まで自分に心を開くことはなかった。彼女はウオルターのもとへ嫁いだ後も周りから私掠船の男に傷物にされたという奇異な目で見られ、それを苦にして社交界に出ることも屋敷から出ることもためらっていた。そして空を見つめて時々涙を流していた。ウオルターはそんなマーガレットを世間から守りたいと思い、生まれてくる子供のためにも『非嫡子』の扱いを避けようとしていた。

 だから生まれてきたマリサとシャーロットには洗礼を受けさせ、正式に自分の子どもとして育てる決心をした。そして二人の成長を見つめることで自分もマーガレットといるような気がしていた。


 あの日、マリサが突然姿を消すまでは……


(お前も私の子どもであることは間違いはないのだよ)


 手紙を言づけようと総督が警備の者とともに港へきたとき、島民に囲まれて談笑しているシャーロットとアーサーを見かけた。二人の表情は良い。すっかり島になじんでいるという感じだ。


(私よりも島民に人気があるみたいだな)


 仏頂面のマリサに比べてシャーロットはいつも穏やかで微笑んでいる。それが余計に島民の人気を得ていた。

 総督が二人をみて安堵をしていたとき、一人の男が声をかける。マリサの一声で海賊をやめ、まっとうな人生を送ることになったアダムである。


「お忙しいところ、申し訳ありません。総督閣下にぜひともきいていただきたいことがありまして」

 すっかり日焼けしたアダムが怪訝そうな顔をしている。

「アダム、商売がうまくいってないのか。」

「いえ、そうではありません。この港へは海賊船もときどき食料調達でやってきますが、ある船長から聞いた話をお伝えします。……”青ザメ”は現在”光の船”に捕らわれて本拠地にいるという事です。海軍の作戦に参加をしていましたが、海軍が救出へ向かうという話にはなっていないそうです」

「海軍は”青ザメ”を見捨てるのか」

 そう言えば提督の艦隊の活躍についての新聞記事を目にしたことはあるが、マリサ達”青ザメ”のことは一切書かれていなかった。それが何を意味していたのか総督は思い知る。

「ニュープロビデンス島ナッソーに出入りしている海賊たちは”青ザメ”の解放に否定的です。なぜなら”光の船”は捕虜協定が通用しない無法集団だからです。海軍としても講和に向かっているこのご時世、手を出しかねているのではないでしょうか」

「なんということだ……」

 そう言ってウオルター総督は考え込む。そしてこの状況に自分が何もできないことを呪った。


(たとえ1年余りしか私のもとに居なくてもマリサはシャーロットと同じく私の娘だ。神よ、どうかマリサ達が解放され、生きて帰ることができるように守ってください)

 港から戻った総督はしばらく執務室に籠り、静かに祈り続けたのだった。

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