第37話 光の船②
提督の艦隊が敵の艦隊に砲撃を繰り返しているころ、デイヴィージョーンズ号は二隻の敵船が両舷に迫り、いつ戦火を浴びてもおかしくない状態だった。
デイヴィージョーンズ号を狙っているフリゲート艦とスループ船(2本以上のマストに縦帆を張った船)は”光の船”の艦隊から離れて行動するようだった。
やがて二隻の船がそれぞれの旗をあげた。海賊旗である。旗には”光の船(Barco de luz)”と文言がしっかりと書き加えられていた。
「ついに正体を現したぞ!移乗攻撃に備えろ」
グリーン副長の声が響く。マリサはフレッドの腕にしがみつくとフレッドの顔を見つめた。今までそんな仕草を見せることはなかったのでフレッドは緊張しながらも戸惑う。
「……フレッド、キスをして」
唐突にマリサに言われてこのような状況下に何だろうと思いながら、フレッドはキスをした。
「これは……君の本心か、それとも演技か?」
「あんたが好きなようにとってくれたらいい。ただ、この先何があってもあたしを信じて。頼みはそれだけだ」
「まるで死を意識したセリフだな。演技でもいいが、それは僕の言葉でもある。何があっても思いは一つだ」
そう、フレッドがかえしたとき、スループ船の方から砲撃がなされた。
ドーン!
船体にあたりはしなかったが、衝撃でデイヴィージョーンズ号は大きく傾き、マリサ達は体のバランスを崩していく。そして二隻の海賊船はデイヴィージョーンズ号を挟むかのように左舷側・右舷側それぞれに接近し、移乗攻撃を仕掛けてきた。次々と”光の船”の男たちが荒波の中、ロープを使って乗り込んでくる。カットラス(舶刀)、マスカット銃、ピストル、サーベルなどを各々が手にして甲板上にいた連中を狙ってきた。マリサはいつかの女優のようにキャーキャー叫びながら甲板上を走り回り幾人かの敵を引きつけていく。そして昇降口へ入り、男たちをおびき寄せた。マリサにつられて狭い船内に入り込む。マリサはドレスを彼らの前で脱ぎ捨てるとすぐさまピストルを手にした。
男たちはマリサの
「こんな古い商船にわざわざ乗り込んでいただいてありがとうございます、と言っておこうか」
いきなり銃口を向けられ、油断していた男たちは一歩二歩後退りをする。そして逃げようとした動きの隙を狙ってマリサが一発二発と撃ち放ち、倒していく。甲板へ戻るとすでに多くの敵の海賊たちが連中とやりあっていた。ふとみるとデイヴィスとニコラスが囲まれている。右手に力が入りづらいデイヴィスは刀を持てない。そしてニコラスは銃撃で血を流して座り込んでいた。
「デイヴィスに何をする!」
操舵を奪おうとしていた海賊はマリサに撃たれ、その場に倒れる。マリサはサーベルを手にすると敵の海賊を切り付けながら甲板上を走る。
「デイヴィス、大丈夫か」
「大丈夫だ、それよりもニコラスが交戦でケガをした。畜生、俺の右手が何とかなればニコラスを守ることができたのに」
ニコラスはデイヴィスのそばで銃撃を受けてぐったりしている。マリサは抱き起そうとしたが、ニコラスは首を振った。
悔しさで歯を食いしばりながらデイヴィスはピストルを手にし、左手で弾を装填した。それでも左手で撃たねば引き金をうまく弾けない。
「あたしがデイヴィスの右手になるから心配しないで」
マリサはデイヴィスの右手を支えて引き金を引いた。デイヴィスが狙った海賊が倒れていくのが見える。
”青ザメ”連中は武器を手に交戦するが、さすがに乗り込んできた敵の人員が多すぎる。敵の刃にかかって倒れている連中もいる。そこへある海賊が叫ぶ声がした。
「こいつらは海賊だ、商船なんかじゃあねえ、スペインの敵”青ザメ”だ!」
男がマストのそばにしまわれていた海賊旗を見つけると敵にどよめきが起こる。マリサ達はスペイン語を深くは知らないまでも彼らが何を言っているかはわかった。自分たちの正体が知られてしまったがそれはそれで隠すものは何もない。連中は
甲板上ではこの船が商船でなく海賊”青ザメ”であると知った敵の海賊の視線がマリサに集中する。
「この女が頭目のマリサだ!殺さずに捕らえろ。総督閣下から褒美をたんまりいただけるぞ」
多くの人員が乗り込んでくる中で舵を切ることもできないまま提督の艦隊に合流できないでいるデイヴィージョーンズ号。二隻の海賊船に囲まれて詰んだ形となっていた。
マリサはデイヴィスをかばいながら舵を守ろうとする。”光の船”の男たちはマリサを捉えてガルシア総督のもとへ差し出すことで高額の賞金を手に入れようともくろんでいた。
(グリーン副長、提督の艦隊はなぜ援護に来ないんだ、このままではあんたとフレッドもあたしたちと死なば
マリサは海賊たちに囲まれながらグリーン副長の方をみるが、副長もまた交戦中である。
「これから見世物を見せてやる。お前たちにとって屈辱的な見世物だ」
海賊たちが”青ザメ”の旗を仲間に広げさせると一人の男がその旗に銃を撃ち放った。”青ザメ”の海賊旗は銃撃により真ん中から穴が開く。敵の海賊たちはそれを見て大いに笑いながら海賊旗を踏みつけ、放り投げる。海賊旗は強風で舞い上がったかと思うとやがて海上へ消えた。
「あいつら許さない!ぶっ殺す!」
怒り心頭のマリサは腰のサーベルをもって構えたがデイヴィスが引き留める。
「よせ、そんなことをしてもやられるだけだ。無傷では済まされないぞ」
「わかってる……今更だけど、海軍に協力してこんな状況に追いやった原因を作ったのはあたしだ。デイヴィス、本当にごめん。デイヴィスの大切な船と仲間を危機に
サーベルを持つマリサの手が小刻みに震えている。マリサの目から一筋涙が流れていた。
「許すも何もお前はお前の道をすすんだらいい。マーガレットとロバートが乗り越えられなかった壁を乗り越えろ。お前はお前だ、自分の意志を貫きとおせ」
そうデイヴィスが言うと、交戦で怪我をして座り込んでいるニコラスも頷いてマリサに言った。
「俺たちは後悔なんかしてませんよ……長い海賊生活で最後にこんなドラマティックな展開を経験するとは思わなかった。マリサとフレッドの展開はどんなシェークスピア劇よりも面白く楽しませてもらった。ただ、残念なのはその結末をこの目で確かめられないことだ……」
ニコラスが座りこんでいる床から血が広がっていく。
「ニコラス、しゃべると傷口が広がるぞ!」
「……マリサ、幸せにな。マーティンもそれを望んでいるよ……」
そう言い残すとニコラスは倒れこみ、ぐったりと動かなくなった。ニコラスは命を閉じたのである。
「……マーティンって誰?……ニコラス、死ぬんじゃないよ、まだ航海は終わっていない」
マリサがニコラスを揺り動かすが再びニコラスが動くことはなかった。
「大耳ニコラス、俺もいずれそっちへ行くから待ってな……」
デイヴィスはそう言って膝まづくと見開いたままのニコラスの目を閉じさせた。
デイヴィスとマリサのもとへ海賊たちがやってくる。この船の舵を奪い、制圧するためである。デイヴィスはマリサと話している間にようやく弾を
「お嬢さん、それは無駄な抵抗だと思うがな。俺たちはお嬢さんを殺しはしない。大切な商品だからな。」
海賊の一人がマリサに銃口を差し向ける仲間を引き留める。
「……人をモノ扱いするな!あたしが人身売買を嫌っているのを知らないのか」
マリサはその海賊に銃口を向ける。
「いやいや、お嬢さんが人身売買を嫌っていても総督閣下はあなたをお望みなので、あなたが自らの売買を拒否することはできません。こうした状況ではおとなしくされた方が仲間の身の安全と繋がります。ほら、もう回りがどうなっているかおわかりでしょう?」
海賊たちはマリサとデイヴィスを取り囲む。マリサはスペイン語を深く知らないまでも彼らの話していることを理解し、自分たちが置かれている状況を把握する。そして甲板上では多数の死傷者が双方にいる中で、交戦していたグリーン副長とフレッドたちもまた多くの海賊たちに囲まれていた。”青ザメ”は完全に詰んだ形となっていた。
提督の艦隊では悪天候により風が強くなり、波が荒くなったことから状況が変化していた。敵艦隊の体制を放射しながら貫き、ようやく風下へ回っていくことができていた。敵の戦列艦はレッドブレスト号による船尾を狙った縦射攻撃で内部から崩壊しており、もはや船の機能を失っている。乗組員の多くがボートで避難をし、仲間の船が交戦する中で救助を待っていた。
この悪天候による強風により船が大きく傾き、敵に弱点である船底を見せることになる。そして雷とともに強い雨も降りだした。雨風と強風による荒波により、甲板が洗われる。そして救助を待つ仲間のボートが双方にあり、一刻も早く救助をしないと転覆の危険性があった。
「救助を急げ、敵も状況は同じだ。我々は救助を援護しろ」
ウオーリアス提督はボートの人員を引き上げることを優先し、救助に伴う援護をレッドブレスト号が行う。悪天候の中、救助される乗組員たち。
デイヴィージョーンズ号の方を望遠鏡でみると二隻の船が挟みように両舷にあり、移乗攻撃を受けていた。そして二隻の船には海賊旗が
(海賊船が海賊船を襲撃?)
ウオーリアス提督は”光の船”に海賊が紛れていることに、グリーン副長が言っていた通りだと思い知る。そしてグリーン副長とフレッドの無事を祈る。
ボートの人員は全て救助されたが天候は増々悪化していく。これでは海戦よりも難破の危険性がある。提督はある決断をする。
「撤退しろ!体制を整えて
そのデイヴィージョーンズ号では闘いの終わりがきていた。
「”青ザメ”の皆さん、覚悟を決められるがよい。答えは一つだ」
海賊船の幹部らしい一人がまっすぐグリーン副長のもとへ歩み寄り、選択を呼びかける。
「……諸君、武器を捨てろ。残念だが、もはやこれまでだ」
グリーン副長の呼びかけにより残っていた連中は武器を捨てる。その声はマリサとデイヴィスにも伝わり、武器を海賊に差し出した。
マリサが艦隊の方を見ると提督の艦隊も”光の船”の艦隊も撤退をしている。悪天候もあってのことだろうが、それは海軍に協力していた自分たちへの裏切りに思えてならなかった。何よりも提督の艦隊に合流できないまま”光の船”の攻撃を受けたのでデイヴィージョーンズ号は援護なく戦う羽目になったのだ。
「やはりあたしたちは捨て駒(sacrificial pawn)だったんだな!グリーン副長とフレッドまで見捨てるなんて、あたしたちでさえやらない選択を海軍はやったわけだ。海軍は海賊よりたちが悪い」
マリサは誰かに向けて言うわけでないが、吐き捨てるように言った。
デイヴィージョーンズ号の操舵は海賊たちに奪われ、”青ザメ”の連中は船内へ集められた。あとは海賊たちが船を操って本拠地へ行くのだろう。この海戦で”青ザメ”は白兵戦に挑んでいた連中を中心に死傷者が出ていた。今までで一番ダメージが大きい海戦といえる。特に古参である航海長ニコラスの死は痛手だった。はじめから分が悪い囮としての海戦であり、制限を伴っていたことも影響していたが、そんな言い訳は今となっては通用しない。
オルソンは船内に集められた際に、マリサにある忠告をする。
「マリサ、貴族のたしなみを忘れるな……最後に教えたたしなみをな。それがきっと役に立つ」
マリサはその意味がすぐにわかり、小さく頷いた。
マリサは彼らにとって大切な商品であるとされ、他の連中とは線引きをした扱いをされる。武器を取り上げられたマリサはそのまま船室へ見張り付きで幽閉された。フレッド以外の人間がすぐ間近にいる状況に無性に殴りつけたい気分に駆られ、目を閉じてその気持ちを抑えるのがやっとだった。
船内にいると船の揺れが少しずつ収まっていくのがわかる。悪天候を抜けていっているのか、もしくは天候が回復しつつあるのかどちらかだろう。自分たちの船をよそ者が操舵し帆を展開していくことは”青ザメ”の誰もが屈辱に思っている。
(海賊が海賊に襲われて拿捕されるなんて、ナッソーの奴らが知ったら笑いものにされるだろうな)
マリサはそうつぶやきながら見張りの男を見つめる。
「Ayudame por favor.(認識不足なのでご指導よろしくお願いします)」
半ば嫌味を込めて笑顔で男に話しかけると男は気分が良くなったのか笑顔で返してくる。
「Encantado.(こちらこそよろしく)」
こうしてマリサ達は新たな局面を迎えることになったのだった。
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