第36話 光の船①

 提督の艦隊は視認できる距離からデイヴィージョーンズ号から離れ、”光の船”動きを観察している。ここでもデイヴィージョーンズ号の動きを見ているのは6等艦のアストレア号だった。4等艦(戦列艦)であるレッドブレスト号とその他のフリゲート艦はさらに距離を置いている。”光の船”と接触し、証拠として相手の正体をはっきりさせておく必要があった。デイヴィージョーンズ号はあくまでも囮であり、提督の艦隊として戦力外とされていた。


 マリサはいつもの船員服の上からさっと脱着できるように、わざわざお針子に作ってもらったドレスを着た。パニエによって膨らんだスカートはサーベルやピストルを隠すのに丁度よく、他にもマリサはサッシュや胸元にも相変わらず小刀を数本忍ばせている。それだけ自分たちに不利な作戦であり、いかに自分の身を守るかだった。

 甲板に上がるとすでにフレッドとオルソンが貴族様の格好をしている。連中はマリサの”変装”にテンションを上げ、騒いだ。


「皆さん、ご機嫌いかが。おほほほほほ……」

 

 マリサがすまして言うと連中が噴き出すのをこらえて仕事に取り掛かる。


 フレッドが言っていた通り、デイヴィージョーンズ号に近づきつつある艦隊が見えた。イギリスの国旗と海軍旗を揚げ、そのうち1隻は自分たちよりはるかに大きい戦列艦……レッドブレスト号に匹敵する大きさだ。艦隊は静かに接近し、やがてデイヴィージョーンズ号から互いの顔が認識できる距離まで来た。相手の乗組員はマリサ達をみてとても穏やかな表情をしており、軍服も着ているが、フレッドは何か違和感を感じていた。

 戦列艦の艦長・副長らしき人物が挨拶をしてくる。


「こんにちは、たった一隻で航行している商船を見かけたものだから心配になって声をかけさせていただいた。この辺りは海賊が横行していて非常に危険だが備えは大丈夫かね、私はグリーン、このの副長をしている。よかったらあなた達に同行したいと艦長がおっしゃってますがいかがですか」


 マリサはわざと相手によく見える位置まで来てカーツイ(片足を後方内側へ引き、もう片足の膝を軽く曲げて背筋を伸ばしたまま礼をする)の礼をした。この場合そうした方がよかろうと判断したのである。合わせてオルソンとフレッドも礼をする。そしての発音になまりがあるのを聞き逃さなかった。自称グリーン氏はrの部分が巻き舌になっていた。

 本人を目の前にしてのこの嘘にグリーンは笑いたいのをこらえながら冷静に応える。グリーンも礼をし、

殿、お気遣いいただきありがとうございます。私たちは乗船している伯爵一行をアメリカ植民地へ送り届けるため対価もいただいております。海賊が出没するといえど必ず出没するとは限りません。この船は艤装もされております。御心配にはおよびません。どうか優秀な戦列艦の皆様は我らより小さな船、艤装がされてない船をお守りください」

 と言った。

「承知しました。そちらのご事情を理解しました。では、安全な良き旅を祈念します」

 そう言ってグリーンを名乗る人物は戦列艦の乗員に指示を出す。その際、艦長とおぼしき人物がマリサを見つめて会釈した。マリサもその人物の視線に敵意を感じながら笑顔で会釈する。

 

 ゆっくりと離れていく艦隊を水平線上に見送りながらグリーン副長は連中に言い放った。

「君たち、気付いただろう。私の名とレッドブレスト号を名乗る怪しい船。しかもスペイン語なまりだ。間違いなく彼らは”光の船(Barco de luz)”だ。提督の艦隊に急いで合流しよう。船首を回せ、アストレア号に信号をおくれ」

 連中はグリーン副長の指示に大慌てで動いていく。すぐさまオルソンは船内の大砲の連中の指示に回った。デイヴィージョーンズ号の砲撃は戦列艦を相手にできるようなものではない。砲撃を避けつつ一刻も早く提督の艦隊に合流する必要があった。


「デイヴィス、あたしとフレッドは白兵戦になるまでこの姿でいるよ、少しは油断材料と時間稼ぎにはなるだろうからな」

 マリサがデイヴィスに話すと、ニコラスと操舵をしていたデイヴィスが頷く。

「ああ、まかせたよ。イギリス海軍をかたったさっきの戦列艦はこの船の艤装や乗員の様子を観察していたのだろう。提督の艦隊にはやく合流しないと奴らに食いつかれたらひとたまりもないからな」

 自分たちが海賊(buccaneer)と知られたら私怨の矛先ほこさきとなるだろう。


 そこへ檣楼で見張りをしていたメーソンが叫ぶ。

「あの艦隊がこちらに向かっています。さっきよりも船の数が多いが間違いなく先ほどの艦隊です。そして旗を変えています」

 グリーン副長は望遠鏡で確認すると帆の展開を急がせる。アストレア号はおろか提督の艦隊はまだ彼方だ。

「総員、配置に着け。奴らは攻撃目的で迫ってくる。貴族様がいらっしゃるこの船をご所望だがまずは合流が先だ」

 

 グリーンの指示に連中は大わらわだ。急いで提督の艦隊に合流しないと戦列艦の狙いはデイヴィージョーンズ号であり、沈められる可能性が高い。

 敵の艦隊は先ほどの艦隊に加えフリゲート艦とスループ船が増えており、その二隻がデイヴィージョーンズ号に迫っていた。


(あの二隻でこの船を襲撃するということだろう。最初から仕組まれていたという事か)


 マリサに、いや”青ザメ”の連中含めて戦慄が走る。そして今までにないほどの緊迫感が襲った。風下の水平線を見ると提督の艦隊がようやく姿を現した。敵の艦隊はレッドブレスト号を中心とした提督の艦隊でないと白兵戦中心でやってきたデイヴィージョーンズ号では太刀打ちできない。

 デイヴィージョーンズ号の左舷側から”光の船(Barco de luz)”の艦隊が徐々に近づいており、そのうち二隻が確実にデイヴィージョーンズ号を捉えている。彼らが狙うのは確実にデイヴィージョーンズ号だ。


(これは単に囮というわけではないのでは……)


 二隻の動きに不信感を抱くデイヴィス。

 ふと空を見ると雲の流れが早い。風上側から灰色の雲が広がりつつある。

「ニコラス、どうやら天候が崩れるようだ。風の変化には気をつけろ。波も高くなっている」

「承知しましたデイヴィス船長。この天候を提督の艦隊も見ているとは思いますがね。あのデカい戦列艦はとにかく提督に任せましょう」

 ニコラスはおもむろに舵を切った。グリーン副長はどのように指示を出すのだろうか。風の変化は縮帆と展帆に影響する。少ない人員で行うには先読みも必要だ。掌帆長のハーヴェーも天候を見ている。船内ではオルソンが連中に砲撃の準備を急がせている。商船であるという手前、表立って戦闘態勢は取れないが守りは必要だ。



 アストレア号の信号を受けて後方の提督の艦隊も”光の船”の艦隊に迎え撃つべく徐々に姿を現した。

「奴らの風上にまわれ!単縦陣戦法をとるぞ!」

 ウオーリアス提督から指示が出る。帆船の海戦では風上に位置したものが有利だ。しかし”光の船”も風上を死守すべく提督の艦隊の前に扇形になって立ちはだかる。提督の艦隊はすでにレッドブレスト(むねあかどり・ヨーロッパコマドリのこと)号を先頭に大きく風上に周りこむ。

 

ドドーン、ドドーン


 ”光の船”艦隊が砲撃をしてくる。風で荒れつつある海面が激しく波打ち、アストレア号のミズンマストに被弾した。ミズントガンセイルのヤード(帆をつけている横棒)が落ち、甲板にいた乗組員が逃げ遅れて下敷きになった。仲間の乗組員たちが急いで落ちたヤードを移動させて救出する。砲撃を避けながら”光の船”の艦隊の外側に大きく回り込む提督の艦隊。

「天候が悪化する。風上をとるのはいまだ!」

 ”光の船”艦隊の砲撃にスパロウ号、グレートウイリアム号、ジャスティス号の一斉放射が迎え撃つ。


 ドドーン、ドドーン、ドドーン


 海上は砲撃による硝煙が漂う。この硝煙が曲者くせものであり、風上をとる理由だった。硝煙は双方にとって視界を悪くする原因となり、風で硝煙が散るのを待つまでが危ない。視界が悪くなるということは艦隊のそれぞれの意思伝達に支障をきたすということである。

 レッドブレスト号は硝煙をさけ、風を捉えるとついに”光の船”の風上をとった。あわてて敵戦列艦は船首を回そうとするが波が高く、船が横腹を見せ始める。

「戦列艦の船尾を狙え!確実に行け」

 レッドブレスト号のカノン砲が敵戦列艦船尾楼を捉える。そのあとにフリゲート艦が縦列につづく。

「撃て!」

 

 風上からレッドブレスト号が砲撃、一発、二発、三発。


 ドーン! ドーン!  ドーン!


 

 レッドブレスト号の砲撃は確実に敵戦列艦船尾楼を突き破り、船尾から船首に向けて縦射された。大音響とともに破壊が戦列艦を貫く。あたりに吹き飛ばされた乗組員や船の破片が飛び散る。急遽ボートを降ろし、我先に乗りこむ乗組員たち。残された乗組員たちは反撃しようにも船の機能が損なわれて戦闘はできない。

 ”光の船”の艦隊は体制が崩れ、硝煙で見通しが悪いせいで船首をぶつけて互いに破壊しあう船もあった。


 提督の艦隊は再び縦列になり単縦陣をくむ。


 レッドブレスト号に続き他のフリゲート艦も次々に一斉放射をしていく。


 ドーン ドーン ドーン 


 大音響と硝煙が辺りに立ちこめる。

 提督の艦隊は戦いで有利な風上をとるために、レッドブレスト号を先頭に五等艦のスパロウ号、グレートウイリアム号、ジャスティス号、、6等艦のフリゲート艦オーク号、ガイフォークス号が縦列になり、単縦陣戦法で”光の船(Barco de luz)”とすれ違うと、一斉に放射をする。


ドドーン、ドドーン、ドドーン


 それぞれの船がすれ違いざまに一斉放射をすると砲撃の音が辺りに響き渡った。敵船が衝撃で傾きながらも応戦してくる。


ドドーン、ドドーン、ドドーン


 砲撃による硝煙が辺りに立ちこめ、さらに視界が悪くなっていく。風上をとることは硝煙の中でも敵を見極めるために必要であり、”光の船”も提督の艦隊も互いに風上をとろうと回り込む。先ほどの砲撃で”光の船”の1隻のメインマストがやられ、甲板上に突き刺さるように落ちたため、航行不能になった。ボートに乗り込んで避難する乗組員たち。そしてそれは提督の艦隊もけして無傷ではなかった。

 砲撃に加え、船上から銃撃もなされる。天候の変化による大波の上で一発命中は難しいとしても多くの人員が銃撃することで命中率は高くなる。船と船の間を飛び交う銃弾、そして砲弾。

 ジャスティス号が被弾し、フォアマストが折れ、多くの乗組員が投げ飛ばされた。ボートを出して救助を試みる。


 天候は時間が経つにつれ悪化していった。風が時おり突風と化し、波が高くなった。


 悪天候は雨を呼び、遠くで雷鳴が聞こえた。船が強風で風下側に大きく傾きだした。これでは砲門が波に洗われるので浸水しやすくなる。砲門を閉じての戦いとなるため低層甲板からの砲撃ができない。これは風上側が不利となることを意味する。つまり、風下にいる”光の船”が有利になるということだ。


「風下に向かうぞ。敵の艦隊を放射しながら突き抜けろ」


 提督の指示に従い、放射しながら”光の船”艦隊を貫いていく。すでに海上には船が損傷し避難した乗組員たちが何艘かのボートにのり不安そうな顔をしていた。そしてそれは”光の船”も同じことだった。

 

 ウオーリアス提督は風上にいるデイヴィージョーンズ号を見た。囮としての役目を果たし、アストレア号まで合流をしようとしていたはずなのだがいまだに合流できないでいる。


(何が起きたというのだ。グリーン副長、今すぐ合流したまえ)

 

 予定ではすでに合流しなければならないはずのデイヴィージョーンズ号が二隻の船の接近を受けていた。商船の立場を守り、攻撃を制限するよう作戦として指示を出していたのを守り通しているのか。


(囮船を捉えるために?奴らの狙いはデイヴィージョーンズ号、そしてマリサなのか)


 ウオーリアス提督はこの展開に驚きを隠せないでいた。

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