第28話 利害関係
老海賊ジャクソンの処刑から1週間。マリサはそのままハリエットに引き止められ、スチーブンソン家に泊まっていた。そんなわけでフレッドは食事のときだけ家に帰り、寝るときは船に泊まることを選んだ。母親が『自分はどこでも寝ることができる』と言いながら自分の寝室を占領してしまったからである。もっともこれはハリエットの策略だった。
「ようやくあなたとゆっくり過ごすことができるようになったわね。こうしていると本当に海賊なのかわからないくらい
「スチーブンソンさん、海賊というのは海で活動するから海賊っていうんです。
マリサはようやくあの仏頂面が戻ってきていた。それはハリエットに不満があるというのでなく、ようやく本来の自分を取り戻せたという事だった。そのことにハリエットはとても気をよくしている。マリサもイライザ以外の女性とすごしたのはほとんどなかったので、彼女に対してイライザと似た思いを抱いていた。
「ところで気になることがあるんですが……この家に開かずの部屋があるのは何なんですか」
マリサはスチーブンソン家のあるところで湿っぽい空気を感じていた。どこかかび臭い匂いもする。
「あ、ああ……それはね……気づいていたのね」
ハリエットは珍しく顔が引きつっている。それは彼女にとって触れられたくない場所だった。フレッドが航海から帰るたびにその部屋のことを気にしているのだが、いつも先延ばしにしていたのだ。
そこへ船からフレッドが帰ってくる。母親の引きつり笑いにフレッドも何か思い当たるところがあるようだ。
マリサはほうきを手にすると満面の笑みでこう言った。
「大掃除しましょう!
マリサの一言にフレッドも加わる。
「ほら、やはりマリサには気づかれてしまったじゃないか。いつまでもそのままにしておかずにいい加減に部屋を整理をしよう」
フレッドも参戦し、スチーブンソン家で唯一マリサに明かされてなかった場所、開かずの部屋が開けられることになった。
ギシッギシッ
建付けの悪いドアが開けられ、それとともに湿ったカビけたようなにおいが立ちこめる。ずっと閉めっぱなしだったのかひどく空気がよどみ、歩けばほこりが立つ。
マリサもフレッドも窓を全開にし、風を通し日光を取り入れた。そこは何かの執務をした部屋だろうか。机やら椅子やら戸棚やらがあった。
「ここは亡くなった夫が仕事で使っていた部屋よ。夫が亡くなってからそのままにしているの……ついね」
ハリエットがいいわけをするそばでマリサとフレッドが不必要なものを運び出し、大掃除を始める。蜘蛛の巣やほこりのかたまりを払うと煙のように窓からほこりが出ていく。ハリエットは観念したのか雑巾がけをしだした。
この家の主が亡くなってから時が止まっていたこの部屋は再び時を刻みだす。半日開けっ放しにしただけで随分と環境は良くなった。それをみてマリサは実感する。
(天下無敵のスチーブンソンさんに勝った……)
今までハリエットのペースに巻き込まれてしまっていたが、思わぬ彼女の盲点を突くことができマリサは満足をしていた。
ジャクソン船長の処刑から1週間……あのまま船へ帰っていたら不安で何も考えられないでいたかもしれない。それは時間が止まっていたこの部屋も同じだ。そこをスチーブンソン家で家事を手伝いながら過ごすことで気を紛らわせ、自分を取り戻すことができた。今でも”青ザメ”の連中を救う方法は見つからない。しかしこのことはハリエットも共有し、動いている。
(必ずみんなを助ける方法はあるはずだ。戦争が終わるまでに総督に会うことができれば確かめたい)
なぜウオルター総督は恩赦を出さないで自分だけ助かるような方法をとったのだろうか。連中の誰かが海賊行為以外で犯罪をおこしているのかもしれないし他の理由があってのことかもしれないが、犯人捜しはしたくない。ハリエットが総督あてに書いた手紙の返事次第といったところだろう。
グリンクロス島で過ごしたあのとき、最後通告をもらいながらこのことを聞かずにいたことが残念でならなかった。
それでももし仮にその理由の当事者がわかったとして、恩赦を願い出るためにその人を差し出すというのだろうか。それはそれで仲間を売るようで嫌だった。それは裏切りとはまた違うからだ。
次の日、ようやく自分を取り戻したマリサは、1週間も面倒を見てくれたハリエットに礼を言うと船へ戻ることにした。あの
別れ際にハリエットがマリサにこう言った。
「あなたのためにタティングレースを編んでおくわね。どんなドレスにも負けないくらい立派なレースに仕立て上げるわ。結婚式が楽しみね」
彼女の言葉に思わず笑みがこぼれるマリサ。
「ありがとうございます。レース編みはやったことがないのでまた教えてくださいね」
「ええ、またあなたと過ごせることが来るのを楽しみにしているから」
こう言いながらもハリエットは何とか総督の真意を聞き出し、問題の解決に動かねばと思っていた。
一方、前回デイヴィージョーンズ号に偵察のために乗り込んでいたグリーン副長は執務室でロンドン市の官吏やウオーリアス提督らと話をしていた。
あの日、ジャクソン船長の処刑に立ち会った官吏があることを言ったからだ。
「……あの処刑の際、何か思い残すことはないかと聞いたところ、『反乱者をまだ許せないのか、反乱者を許さないことで苦しんでいる者もいる』と提督閣下に伝えてくれと言っていました。最後の悪あがきかと思って聞き流していましたが、なにか関係があったのでしょうか」
官吏は不安そうに答える。もっと早くに報告するべきだったし、もし重要な内容なら処刑も中止して対応すべきだったのだ。
「そうか、そんなことを言っていたのか。間違いないな、あのジャクソン船長は反乱者のことを知っていたのだ。私からこの足を奪ったあの男、マーティン・ハウアドのことをな」
そう言ってウオーリアス提督は手を握りしめる。そのことを知っていればジャクソン船長を締め上げてあの男の行方を探し出せたのかもしれない。今となってはそれもできないが、確実にマーティンの存在を感じた。
(待っているがいい、マーティン。必ずあぶりだしてお前を処刑場へ送ってやる)
「グリーン副長、君はデイヴィージョーンズ号に乗り込んで討伐作戦に入ってくれ。スチーブンソン君は長く”青ザメ”に居すぎた。監視なのか仲間としてなのか彼自身も混乱しているだろう。討伐作戦が終わったら早々に彼を君の指揮下に置く。それが彼のためだ」
「アイアイサー!私自身もマリサを追っていました。提督閣下のご配慮により、ようやくこの機会を得ることができました。感謝の極みであります」
ウオーリアス提督とグリーン副長の利害が一致していたのである。総督が恩赦をだせない理由はここにあったのだった。
そんなことを知る由もないマリサはデイヴィージョーンズ号に戻り、海軍への最後の協力である海賊討伐に備えてモーガンとともに航海の準備をしている。火薬・武器や食料の調達は自前である。そのかわりに報酬をいただくのだ。その為の特別艤装許可証であり、堂々と艤装をしていた。
海戦となると応急的に修理も必要だろう。けが人の手当てもある。ハミルトン船医や船大工たちも
「海軍の船に比べりゃ俺たちの船はボートみたいなもんだ。艦隊に加わっても足手まといにならないようにしねえとな」
イライザの元から帰ったデイヴィスが言うと、周りの連中が笑う。
「デイヴィス船長、小さいからこそ小回りがきくんですよね、これは大きな利点ですよ」
ハーヴェーに言われて苦笑いするデイヴィス。その目は何か大きなものを覚悟しており、しっかりと前を見据えていた。それは年齢を感じさせない1つの
その表情に安心したマリサは次々と連中に指示を出していく。人手が十分と言えないデイヴィージョーンズ号は艦隊での海戦はあまり経験がない。一隻二隻狙いの海賊である所以だ。ウオーリアス提督がどのような作戦でこの船を使うつもりなのかマリサは考えつつも、一方では連中を助ける道を模索していた。
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