第27話 客人とフレッドの焦り

 ジャクソン船長とその仲間の処刑が行われたその日、眠りから覚めたマリサは船に戻ることなくフレッドの家でふさぎ込んでいた。身近な人の処刑をみたせいか、その情景とともに自分が火あぶりにされる夢で何度もうなされ、思考が止まっていた。そんなマリサにハリエットは寄り添い、そばにいてタティングレースを編みながら見守っている。

「身近な人の死は誰でも辛いものよ。死に方がどんなものであろうときっと神は導いてくださるわ。そのためにイエスは私たちの罪を背負って天へ帰られたのだから。『悲しんでいる人々は幸いである。彼らは慰められるであろう。(マタイによる福音書5節1節 )』この言葉通りあなたの悲しみもきっとうけとめてくださるわ」

 ハリエットはマリサを抱きしめた。

「……わたしも夫を亡くしたときは神を恨みたくなるくらい悲しんだの。でも周りの何気ない自然や息子の成長に励まされ、慰められた。前へ一緒にすすみましょう、どんなときも前を向いていたあなたならきっとこの悲しみを乗り越えられる」

 ハリエットの言葉がやんわりとマリサを包み込む。それはグリンクロス島で一緒にホットパイをつくったあの想いと同じものだった。そしてハリエットはマリサの手を取ると台所へ連れていく。

「とてもいい鱈が手に入ったの。船ではあまり魚を食べないでしょう?だから今日は覚えていって頂戴ね」

 なんだかんだと言っては自分のペース引き込んでいく彼女の行動にマリサの表情が和らぐ。それを見届けるとハリエットはさっそく鱈の料理の1つであるフィッシャーマンズパイに取り掛かったのだった。



 今回は提督の任務にあわせての航海であるため、デイヴィージョーンズ号もしばらくの休養を取っている。このように本国へ帰るタイミングでオルソン伯爵は領地へ戻っていた。たとえ田舎の貴族であっても長期間領主が不在となるといろいろ不都合が起きてくるからだ。それでも”青ザメ”で得た臨時収入は緊迫する財政に大いに役立っている。一般の海賊(pirate)だと略奪したものは全て自分たちのものであるが、”青ザメ”はbuccaneerであり、略奪したものは国へ治め、取り分をもらっていた。それはイギリスを相手にしない海賊ゆえのやりかたであり、暗黙の了解だった。しかし略奪される側からすれば海賊に違いはなく、戦争が終わり相手国から訴えられたらイギリスがどう出るかはわかり得たことだった。

 この時代遅れの海賊を揶揄やゆするやからも当然いるわけで、ナッソーにあまり立ち寄らないのはそうしたこともあってのことだった。

 ”青ザメ”の連中で海賊(pirate)よりも取り分が少ない海賊(buccaneer)であることに不満を持つ者がいなかったわけではない。今までにも何人か取り分が多い他の海賊に移った連中もいた。そしてマリサやデイヴィスもそれを拒まなかった。


 デイヴィスは休養にあわせてイライザの元へ帰っている。ケガの後遺症なのか右腕に力が入りづらく、日常生活に不便もあるからだ。ジャクソン船長の処刑など耳に入ってないだろう。むしろその方がデイヴィスにはいいのかもしれない。今回は長い休養となるのでマリサもイライザの元へ帰るつもりであったが、ジャクソン船長の処刑からうまく思考が働かず、ハリエットの流れにのることに安心感さえ抱いていたのだ。



「勝手で申し訳ないけど、なぜ”青ザメ”にたいして恩赦をだせないのか総督に手紙を書いたの。このことであなたが苦しんでいることも。イギリスを相手にしない海賊(buccaneer)であるなら恩赦にしてもおかしくないのよ。だから何か理由があってのことだと思う。例えば……」

「連中の誰かが海賊行為以外で罪を犯している……そんなところだと思います」

 ハリエットの言葉にマリサが返す。その罪が総督の恩赦の範ちゅうにないとしたらそれも納得できる。

 

 ハリエットがゆでた鱈をホワイトソースで絡めているそばでマリサがマッシュポテトを作る。フィッシャーマンズパイはパイ生地を使わず、マッシュポテトで包んでオーブンで焼く、王室にもことあるごとに献上されている昔ながらの料理だ。

「だけどあたしたちは連中一人一人の過去は問わない。逃げた奴隷もいるし、鎖国で国へ帰れない武士もいる。『海岸の兄弟の誓い』は同じ海賊稼業をする仲間になる誓いであって、そこに過去を問う文言は一切ない。スチーブンソンさんがおっしゃっていることはあたしも感じているところです」

「総督の返事次第よね……あなたたちが航海へ出る前に返事が来ればいいのだけど。さあ、鱈のパイを焼くわよ。今日はここに泊まっていきなさい。私はどこでも寝られるから心配しないで。大丈夫、あなたの掟は破らせないから」

 最後の一言に動揺するマリサ。

「息子から聞いたわよ。海賊というのが不思議なくらい想像以上にあなたは良い躾をしてもらってるわね。イライザさんにぜひ会ってみたいわ」

 そうハリエットはニコッと笑った。その表情にマリサを捉えていた悲しみが和らいだ。



 フレッドは傷心のマリサを母親に預けると停泊中のデイヴィージョーンズ号に戻り、連中とともに航海中に様々な海藻や貝などはりついた船底の掃除を行っていた。海軍に比べこんなことも自分たちでやらなければならない。そのついでに海中からデイヴィージョーンズ号を観察した。一般の海賊は船ごと略奪をし乗り換えることがままあるのだが、”青ザメ”は略奪した船を国へ納めており自分たちが使うことはなかった。つまりこの船はマリサが船に乗る以前から”青ザメ”の船として使われており、老朽化していた。


(あまりいい状態ではないな……海戦のたびに点検や修理はしているようだが……)


 先に作業を終え、着替えながらフレッドは思案している。海軍ならフリゲート艦や戦列艦、爆弾ケッチなど大砲も人員がそろっており、どんな艦隊であっても相手にできるだろう。だが、海賊はそもそも艦隊を相手にするような戦いはしていない。せいぜい一隻二隻狙いだ。しかも船は沈めるより略奪していくのだから白兵戦がものをいう。

 デイヴィージョーンズ号もそこそこ大砲があり砲撃はできるが、海軍の比ではない。何といっても人員数が違うからだ。


(よくこんな装備で今までやってこれたものだな……白兵戦に強いということは砲撃に弱いということだ)


 もし海軍が”青ザメ”の討伐に動いたら真っ先にそこを狙われるだろう。自分は船のことも”青ザメ”のこともすでに知り得ている。恐らく利用されるだろう。

 そしてそれはマリサと”青ザメ”に対して裏切ることになる。

 総督との約束はマリサだけでなくフレッドをも苦しめていた。


 そこへ一隻のボートが横付けされる。連中が騒ぐので慌てて甲板へ上がるとすでにボートの客人が乗り込んでいたところだ。客人はフレッドの上官になることが決まっているグリーン副長だった。フレッドは思わず姿勢を正し、敬礼をする。

「そう驚かなくてもよろしい。次の航海でこの船も海戦に加わってもらうのだから様子を見ようと思ってきたのだ。ところで髪が濡れているが海に落ちたのかね」

 フレッドの頭が濡れたままなのでグリーン副長がのぞき込む。

「いえ、船底の掃除と点検のため潜っておりました。この船にはデイヴィス船長もマリサもいません。残った乗組員たちと私とでできることをやっております」

「そうか、船長殿は羽を伸ばしているのか。で、マリサは船を降りた(船を降りるとはこの場合海賊をやめるという意味)だろうな、前回そのように言ったはずだが」

「申し訳ありません、そのような話になっておりませんが、ただ今は私の家にいます。今朝がたの海賊の処刑を目の当たりにして体調を崩し休んでおります」

 船のあちこちをじろじろ見ながらフレッドの報告をきくグリーン副長。

「そうか、あの海賊の処刑をみて動揺したのか。まあ、それでよい。処刑が怖くなれば海賊を続ける気力がなくなるだろう。ところで……」

 グリーン副長はそう言って連中のほうを見るとこういった。

「君たちの中でマーティン・ハウアドを知っている者はいないか。昔世話になったから探しているのだが」

 グリーン副長の質問に連中の誰一人返事をしない。

「そんな名前は聞いたこともないね。一番古参のデイヴィス船長なら知っているかもしれないが、もともと物静かな船長が余計に無口になったからな、言葉を忘れたかもしれないぜ」

 そう言って連中たちが笑う。

「なるほどな、まあ尋ね人についてはまたの機会としよう。船長不在の時に海軍が船長室へ入るのはよろしくないだろうからな」

 グリーン副長はそう言うと再びボートに乗り込み、フレッドに告げる。

「あの処刑のニュースはコーヒーハウス(社交場を兼ねた喫茶店)や新聞を通して広がっている。マリサをそのニュースのネタにされたくないなら本気で船から降ろせ」

 グリーン副長の言葉に返事のしようがなくただ敬礼するばかりのフレッド。それを知ってか知らいでか副長ののったボートはどんどん離れていった。

 このままではマリサも”青ザメ”も助からない、どのくらいの連中がそれを知っているだろうか。フレッドもまた焦っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る