第21話 ホットパイと船を降りた海賊

 シャーロットの騒動でマリサは少しは彼女の気持ちがわかった気がした。シャーロットも海賊という人々に恐れられ、また自由に行動している者たちの処刑というリアルな話を聞いて以来、マリサがそんな死に方をするかもしれないという事に胸が苦しくなってたまらなかった。だからこそ、二人の父である総督はフレッドとの結婚を言い渡したのだろう。もしその相手が予定通り自分だったなら運命は変わっていたのかもしれない。シャーロットは屋敷で使用人の仕事をてきぱきとこなしているマリサに対して、いかに自分が甘いのか思い知った。



「自分のドレスぐらい、脱ぎ捨てずにちゃんと手入れしとけ。イライザ母さんはそういうことにとてもうるさい人だった。自分のことは自分でするのは当たり前のことだからな」

 マリサは脱ぎ捨てられたシャーロットのドレスを本人に片付けさせ、手入れをさせている。確かに海賊の連中は服を脱ぎ捨てるわ衣類は汚いわ匂うわだが、マリサは連中に流されることなく雨が降れば甲板上で雨水を使って洗濯をしていた。狭い船室も一番まめに掃除をしているのはマリサだった。そんな意味でシャーロットはマリサの影響を受け、以後は何もしない・できないお嬢様からの脱皮を目指すようになった。

 ただ、マリサの心配は別にあった。先日、屋敷に”黒ひげ”の仲間が襲撃しており、いつかこうしたことが起きるだろうという予感が的中してしまった。もちろん、総督の屋敷には屋敷を守る役人がいるわけだが、海賊の手の内を知っているわけではない。マリサとしてはこれ以上、迷惑をかけるわけにはいかなかった。


(どうしたものか……”黒ひげ”に限らず海賊はまたくるかもな……)


「ねえ、確かに海賊は怖い人ばかりだと私は教わったけど、実際はそうではないわね。ちゃんと話もできるし面白い人もいるわね」

 シャーロットの言葉に少しムッとしたが、それはそれで言い返す。

「あんたはあたしたちを怪物だと思ってんのか。人間だぞ。病気もするしケガもする。腹も減るし眠たくなったら寝る、まあ、少々荒くれてるけどな。ただ自分から飛び込んでいく世界じゃないよ」

「確かにそうだわね……いろいろ誤解していた。少しの間一緒にいたアーサーさんも素敵な人ね。疑いもせずに私と行動をしてくれたわ。おかげでいい冒険をさせてもらった。ごめんなさいね……本当にあなたに迷惑をかけてしまった……」

 こうして向かい合って話をすることが今後もあるのか、立場は違うが彼女とは間違いなく双子の姉妹なのだ。


 そうして『ぶっ殺す!』と言って屋敷を飛び出したマリサが落ち着きを取り戻したようなので、様子を見守っていたハリエットが声をかける。

「落ち着いたところで一緒にホットパイを焼きましょうか。私は明日には本国へ戻る便があるので帰ることにしたの。あなたに教えられるのは今しかないわ」

 

(でた……)


 マリサは顔を引きつらせながらも約束だから受けることにした。

「たくさん作って船のみんなにも食べてもらいます。それでいいですか」

「ええ、ここにいる人たちにも手伝ってもらってたくさん作りましょう」

 そんなわけで、使用人の助けを借りて大量のホットパイつくりが始まった。食材は夫人のおすすめはラビットパイだったが、グリンクロス島ではウサギ肉が手に入らなかったので牛肉とチーズを使った。牛肉を焼くと香味野菜で煮込み、柔らかくなったところでほぐしていく。


 6ペンスの歌を歌おう ポケットにはライムギがいっぱい

 24羽の黒ツグミ パイの中で焼き込められた

 パイを開けたらその時に 歌い始めた小鳥たち

 なんて見事なこの料理 王様いかがなものでしょう?

 王様 お倉で 金勘定 女王は広間でパンにはちみつ

 メイドは庭で 洗濯もの干し

 黒ツグミがとんできて メイドの鼻をついばんだ


  ※引用元 マザーグース「6ペンスの唄」ウイキペディアより



 ハリエットが歌うといつしかマリサも歌っていた。マリサも幼いころからイライザが歌っていたのを聞いて育っていた。ハリエットはマリサとの思わぬ共通点を見つけると嬉しくなり、自然にパイの指導に熱が入った。


「昔のペストリー(パイ生地)は小麦粉と水だけだったそうよ。食べずに捨ててしまうほど美味しくなかったんですって」

 夫人の笑顔はブレない。はっきり言ってマリサが突っ込むところがなかった。

「そりゃあ、もったいない。船じゃ贅沢は言ってられないからね、ビスケットを食べていたらコクゾウムシがでてくるなんて日常茶飯事だし」

 そうマリサが言うと

「だから息子が航海から帰ったときはおいしいものを食べさせてあげて頂戴ね。息子の好きな食べ物はまだまだあるから本当は全部教えてあげたいけど……」

 夫人はパイ生地を作る手を一瞬止めた。


「……死ぬことは絶対に許しませんよ」

 そういってマリサを抱きしめた。肌に触れた夫人の顔から涙があふれているのが伝わってくる。このぬくもりはイライザと何ら変わらないものだ。マリサはいままでハリエットに対して抱いていた壁が崩れていく気がした。

「スチーブンソンさん、心配しないでください。あたしは大丈夫です」

 そう言ってハリエットの手を握るマリサ。

 やがてパイ生地とフィリング作りが終わり、大量のパイ焼きが始まる。船の連中だけでなく屋敷の総督から使用人に至るまで今日は同じパイを食べるのだ。厨房は戦場のような忙しさである。



 船の分が焼きあがるとマリサはたくさんのパイを包んで馬を走らせた。すでに日が落ちかけていたが、思わぬ差し入れに”青ザメ”の連中は喜び、中でもデイヴィスは目を細めて味わった。フレッドも好きな食べものだったのですぐに食べてしまった。母親がつくったものだと思い込んでいたのである。

 連中の満足そうな顔を見るとマリサはアーサーに頼みごとをする。

「アーサー、シャーロットは嫌いか」

 ホットパイをペロッと食べて幸せそうな顔のアーサーにマリサが唐突に聞くものだから、アーサーは何が起きたかわからずに一瞬ためらった。

「……い、いや……なかなかすてきなお嬢さんだと思っている。マリサにはないものをたくさん持っている。なにせエドワード・ティーチ船長と対等に話をし、髭を編んだほどだからな」

「そうか……じゃあ、決まりだ。アーサー、船を降りてシャーロットを守ってやってくれ」

 この言葉にアーサーは目を丸くする。

「ごめん、好き勝手に言っているわけじゃない。エドワード・ティーチはシャーロットの存在とあたしと総督の関係を知っている。この前も手下が屋敷を襲った。またいつ何時同じようなことになるかわからない。だから海賊の手の打ちを知っているあんたじゃないとシャーロットを守れない。頼めるか」

 アーサーはしばらく天を仰いでいたが、やがて頷いた。

「わかった。俺も船が無くなった上に仲間の半数以上を亡くした。いつまでも”青ザメ”の居候をしているわけにはいかねえからな。ここらで商売変えるかな」

 アーサー自身も居候状態に肩身が狭い思いをしていたのだ。およそ半日だったがシャーロットと過ごした時間はとてもゆったりとしていた。そしてこう言い切った。

「俺は船を降りるよ。ここらでお姫様を守るのも悪くない。残った”赤毛”の連中の面倒を見てやってくれよ」

 船を降りるとは海賊だけでなく航海そのものをやめ、陸(おか)にあがって生活をすると言うことだ。

「……無理強いさせてるようなら謝るよ……シャーロットを守ってくれ。あたしはまだやらなきゃいけないことがたくさんある」

 マリサに促され、アーサーは船の連中に挨拶をするとマリサとともに屋敷へ行った。

 


 屋敷では総督とシャーロットが食事を終えたところだった。使用人たちはホットパイだけだが、総督とシャーロット、ハリエットにはグリーンサラダや白いパン、他の料理も添えられていた。

「失礼します、総督閣下」

 マリサがアーサーとともに現れたのでシャーロットは目を輝かせた。

「例の話の続きかね」

 総督は立ち上がるとマリサ達の前に歩み寄った。

「いえ、前回の海賊による屋敷の襲撃をうけて適切な人材を連れてきました。隣にいるアーサーは海賊でしたが、今日限りで海賊をやめてまっとうな仕事にむかうということなのでデイヴィージョーンズ号から追い出したわけです。護衛でも何でもできる男なので雇ってもらえませんか」

 マリサの言葉にシャーロットは嬉しくてたまらないようだ。

「そうだな……特にシャーロットは狙われやすいから頼むかな」

 総督はそう言うとアーサーの手を握った。

「よろしく頼む」

 こうしてアーサーは総督の屋敷に残ることとなる。

「そしてマリサ……あの話の続きだが……お前を助けられるのは期限がある。戦争が終われば私の権限の及ばないところになってしまう。私を父と認めないならそれもかまわない。和平が進めば海軍は必ず海賊討伐に動くだろう。それまでに海賊をやめ、スチーブンソン君と結婚することだ。……これは最後通告だ」

 総督の言うことは痛いほどわかる。自分でもよくわかっている。

「……あたしは”青ザメ”のみんなを守りたい、ただそれだけです。フレッドとのことも考えなければならないことも心得てます。あたしは死にません。大丈夫、ご心配には及びません」

 マリサはそう言って一息つくとその場を後にした。



 次の日、ハリエットは本国へ、マリサは次の航海へ出るために屋敷をでた。マリサを見送る総督の目は寂しそうであったが、マリサはわざと視線を外して屋敷を出ていった。


 ハリエットが本国へ向かう船に乗り込む前にフレッドが見送りに来る。

「この度はありがとう。おかげで誤解が解けて何とかやれそうだ」

 息子に役立てたことが嬉しいハリエットは再び長い時間会えなくなる辛さをこらえながら話す。

「昨日、ホットパイを食べたでしょう?あれはマリサが作ったのよ。私が教えたのだけど、呑み込みが早いわね……すぐに覚えてしまった」

「マリサが?僕はてっきりお母さんがつくったものだと……」

 そう、あのホットパイは母親の作るものと変わらないほど美味しかったのだ。

「……でもね、マリサはあなたのために作ったんじゃないの。この船の仲間のためにつくって……その中にあなたがいるわけね。マリサはいつも全体のこと、船の仲間のことを考えているのよ。あなただけのマリサじゃないってことを自覚していないといつまでも溝は埋まらないわよ」

 そうハリエットが言ったとき、船から乗船を急き立てる声が聞こえた。

「こんどはマリサに鱈の料理を教えてあげたいわ。ぜひ家に連れてきて頂戴ね」

 あわててそう言うとハリエットは船に乗り込んだ。


 こうしてマリサとスチーブンソン夫人であるハリエットの一連のグリンクロス島滞在は終わったのである。


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