第20話 海賊シャーロットと海岸の兄弟の誓い②

 作注:ティーチのセリフ「海軍に協力したばかりに船をなくして……」の部分は12・13アカディア襲撃、フレッドの母親であるハリエットが船に乗り込んだ理由が14話イライザ母さんの望み・スチーブンソン夫人の望みとなっています。



 見事に人材を確保したシャーロット。そのやりとりを離れてみていた男がいた。その男は三人に声をかける。

「よう、『海岸の兄弟の誓い』に証人がいるんじゃあねえのかい」

 声がする方を見てアーサーが驚く。

「エドワード・ティーチ船長!?」

 声の主は他ならない”黒ひげ”のティーチ船長だったのである。

「おうよ、”赤毛”のお前が覚えてるなんざ、俺も有名人だねえ。アーサーよ、噂じゃ海軍に協力したばかりに船をなくして”青ザメ”に取り込まれたっちゅうが、そりゃ本当か」

 アーサーにとって触れられたくないことをわざと聞いてくるなんて嫌な奴だ。マリサが毛嫌いするのも無理はない。しかしこの場で下手なトラブルを起こしたくないアーサーは荒立てることなく答える。

「残念だが本当だ。ただし取り込まれたなんて言い方は違うがな……でもまあいい、あんたが証人となってくれるんなら頼みたい」

 隣で聞いていたシャーロットも本物の悪名高き海賊様の出現にテンションが上がる。

「”黒ひげ”のティーチ船長、なかなか男前なのね」

 シャーロットのこの言葉にはアーサーも違和感を通り越して吹き出してしまったのである。


(何かおかしい。マリサ、どうかしちまっている)


 必死に笑いをこらえながらおかしくなってしまったマリサもどきとティーチを交互に見る。いや、当のシャーロットはいたってまじめである。

「ありがとうよ、お前はわかってたんだな。さてどこでその男に誓いを立ててもらおうか、指定はあるか?ここは海軍や民間がいる公共の場だ。海賊共和国(バハマ・ニュープロビデンス島)というわけにゃいかねえからな」

 ティーチはすっかり気をよくしている。

「じゃ、デイヴィージョーンズ号の船上でやろう。すでに連中も戻りつつあるからお披露目も兼ねてだ」

 アーサーの言葉にシャーロットのテンションはさらに上がる。

「船で?とてもふさわしい場所だと思うわ。私はこのチャンスを神様に感謝するわ」

 シャーロットの言動にさすがのティーチも様子がおかしいことに気付いた。思わずアーサーに耳打ちする。

「おい、マリサは総督の屋敷にいたっちゅうが、すっかりお嬢様っぽくなってるじゃあねえか。お前ら、大丈夫か」

「ティーチ船長もそう感じたか?俺も実は不安だ……まるで別人だ」

 アーサーとティーチはシャーロットの振る舞いに違和感を持ちながらもモーガンを連れてデイヴィージョーンズ号に乗り込む。



 一方、マリサは総督の屋敷での洗濯で衣服が濡れてしまい、着替えをしようと部屋へ入ったのだが、異変に気付いて声を上げる。

「やってくれたな、シャーロット」

 そこにはシャーロットが脱ぎ捨てたドレスが無造作に投げ置かれ、代わりに自分のシャツとズボン、サッシュ、そしてサーベルまでなくなっていたのである。

 マリサの大声にランドー婆やがやってきたが、マリサは完全に沸騰していた。

「ぶっ殺す!」

 マリサは厩から馬を出すと港めがけて走っていった。




 同じころ、アーサーがティーチを連れてデイヴィージョーンズ号に乗り込んだことで連中は大騒ぎをしたが、『海岸の兄弟の誓い』の証人としてきたと知ると、新たな人材の獲得に興味を持ち、デイヴィスともども集まってくれた。

 デイヴィージョーンズ号の甲板に乗り合わせていた連中とモーガン、アーサー、ティーチ船長、マリサの格好をしたシャーロットが集まる。これから”青ザメ”の仲間となるモーガンと契約を交わすのだ。そしてここにもう一人誓いをたてる人物が加えられる。奴隷船から逃げ、仲間となっていた黒人の少年、ラビットである。マリサはラビットの保護直後に名前だけつけた。それはラビットがまだ子どもだったからだ。この機会にラビットも正式に仲間になるということだ。


 海岸の兄弟の誓いとは海賊間の掟である。(これは後に海賊ジョン・フィリップ船長が掟を統計化し、それが海賊間に広まっていくのである)


 1,誰もが平等の権利を有し、略奪した酒の分配も平等である。

 2,獲物の分配も規定に従い、平等である。偽るものは島流しとし、仲間から盗むものは鼻と耳をそぎ、あるいは海辺へ置き去りにする。

 3,サイコロやカードで賭博をするべからず。

 4,夜は8時に消灯する。その後の飲酒は燈を消し、甲板の上で行うこと。

 5,少年と女は絶対に仲間へ入れないこと。女を誘惑し、船に連れ込んだものは死刑に処す。


 この一文に来たところでエドワード・ティーチ船長が大笑いする。

「わははは……本当によ、おめえらが誓いを堂々と破ってるんだが……まあ、そこはなんだ……うひひひ……」

 ティーチは笑いすぎて話が止まってしまう。そこへシャーロット扮するが助け船を出す。

「あら、そうやって大笑いする海賊も素敵よ。なんて笑顔がお似合いなのかしら」

 これには周りにいた連中も口をあんぐりさせてしまった。


 ありえない、ありえないのである。マリサがこんな言葉を言うわけがない。誰もがこれは総督の屋敷暮らしで毒されてしまったと思った。

「続けます!」

 アーサーが強引に誓いを続ける。


 6,戦時に船、または自分の持ち場から逃げるものは死刑。

 7,船の中で仲間の喧嘩は一切厳禁。必要とあらば海岸でピストルにて行うこと。


 この一文でラビットはコゼッティと喧嘩をしたことを思い出した。あのときは自分はまだ子どもだったし、マリサが助けてくれた。今ならこの7条に引っかかるだろう。


 8,獲物の分配の前に略奪をしないこと。戦時中に足を失ったものは800銀貨を支給され、生涯仲間となり、軽い負傷の者は負傷に応じて分  配金を支給する。

 9.音楽を奏でるものは安息日以外特別の許可がない限り休んではいけない。


 (参考文献:「海事史の舞台」別枝達夫 みすず書房)


 誓いはアーサーのあとにモーガンとラビットが復唱し、掟書きに署名をしたあと、配られたラム酒を酌み交わして儀式は終わる。この儀式は海賊によって違いはあるが”青ザメ”は銃や剣を使わずに酒を使っていた。モーガンの名前は本名なのか偽名なのかは問わないというと、「モーガン」でいいと言ったため、普通にモーガンと呼ぶことになった。

 夢まで見た海賊の儀式に今自分が参加していることにシャーロットの興奮はおさまらない。そしてみんなと同じようにラム酒を一気飲みする。


ふああ~


 シャーロットは一気に酔いが来てしまい、気分が高揚し、ティーチに言い寄る。

「長いひげがとてもお似合いだわね。でもこうするともっとかっこいいわよ」

 何を思ったか、マリサに扮したシャーロットはティーチの長いあごひげで三つ編みをしていった。周りの連中はありえないことだらけで言葉も出ない。マリサがティーチの髭を編むなんて!

 そして長いあごひげの三つ編みが何本か編みあがると、その先をリボンで結んでいった。

「これで誰もがあなたに注目してくれるわ。ああ、なんて愛らしい海賊なのかしらね。あなたの活躍が楽しみだわ」

 そう言ってティーチの手を握ったものだからティーチはすっかりその気になってしまった。

「おおお、おめえ……案外、わかるやつなんだな……」

 ティーチは顔を赤らめてしまう。



 とそこへ馬が駆け寄る音がする。そして聞き覚えのある声が響いた。

「あんたたち、何やってんだ!好き勝手は許さねえぞ」

 頭に血が上っているご本家のマリサである。マリサは例の使用人の服のまま、本物登場に慌てた連中が降ろしたボートから船に乗ると、声を荒げて叫んだ。

「シャーロット、何考えてんだ!こっちはお遊びじゃないんだぞ、ぶっ殺されたいのか」

 そうは言いつつもシャーロット相手に武器を使うわけにもいかない。その怒りの矛先は連中に向けられた。それはあのデイヴィスも同様だった。

「あんたたち、出帆まで酒抜きだからな!覚えとけ」

 怒りまかせにピストルを天に向けて撃ち放つ。息をハアハア言わせながらマリサはシャーロットに言い寄った。

「お嬢様のお遊びは終わりだ、屋敷へ帰れ。で……なんでこんなことをしたんだ」

「……ごめんなさいね、マリサの世界を私も経験したかっただけなの。あなたが海を駆け巡っている間も私はずっと総督の娘としているわけだから自由なんてない。ジェーンも私もあなたが羨ましくてならなかった」

 酒で気分が高揚していたシャーロットは涙目になった。確かに育ちの違いがあり、それを羨ましく思うのは人それぞれだ。

「……話だけ聞けば海賊なんてワクワクするような話かもしれない。だけど……シャーロットはロンドンにある海賊処刑場を知っているか。海賊は短いロープで絞首刑にされ、時間をかけて窒息させられる。1701年のキャプテン・キッドの処刑のときは途中でロープが切れて二度目のロープで絶命したほどだ。そして遺体はタールを塗られて今もテムズ川の川岸にさらされている。ついでにもうひとつ教えてやろう。シャーロット、海賊でありながら女のあたしの処刑は絞首刑じゃなく……火あぶりだ。憧れなんてもつな。こんなのはあたし一人で十分だ」

 マリサはようやく落ち着きを取りもどした。シャーロットも海賊の処刑のリアルな話を知らなかったので黙り込んでしまった。


「マリサ、あまり彼女を責めないでくれ。彼女は仲間となる人材を見つけてくれたんだ。ここにいるモーガンだよ」

 アーサーが弁護する。

「わかった、そのことは感謝するよ。だけどもうあたしに成りすますなよ……あたしに化けたらまず危険が伴う。そこにいるティーチ船長の手下に命を狙われたこともあるからな」

 そう言うとティーチが苦笑いをする。

「俺様の愛情表現じゃあねえか、有難く受け取れってんだ。おめえも海軍野郎に言い寄られてばかりしてねえで、俺のもとにこい。せいぜいかわいがってやるぜ。フハハハハ……」

 マリサはフッと笑うとこう言い返した。

「ティーチ船長、このあたしは高いぜ。まあ、あんたがどこかの戦列艦クラスの船をぶんどって海賊するようになったらなびいてやってもいい。そのときにあたしが生きて海賊をしていたらの話だけどな。あんたが海賊(pirate)として後世に名前を残すようになるのを祈っておく。今日は海岸の兄弟の誓いの証人役、ありがとうな。……それから……その髭の三つ編み、似合ってるぜ」

 ティーチはすっかり機嫌をよくしてしまう。

「おうよ、おめえもなかなかいい女になったな。それにしてもおめえと同じ顔が総督の屋敷にいるとはな……まあ、せいぜい気を付けておくこった」

 そう言うとティーチは船を降りていった。


(裏切者のコゼッティがあたしと総督の関係をティーチにばらしていた……こりゃあ何か手をうたないとだめだな)


 コゼッティの一件とは”黒ひげ”の仲間がマリサの命を狙ったことだ。結果的にマリサはコゼッティをその手で殺したのだが。

 マリサはこのまま船に残ろうとしたが、総督との話もまだなので仕方なくシャーロットとともに屋敷へ帰っていった。


 

※作注

 史実ではエドワード・ティーチはこの時はまだ一介の私掠船の船乗りに過ぎず、戦争終結後に海賊ベンジャミン・ホーニゴールドの手下を経て海賊活動を行い、ベンジャミンの引退とともに実権を握ったばかりか、マリサの希望通り戦列艦クラスの海賊船船長となり、今に至るまで名を残している。ちなみに出自は良家のご子息だったようである。ティーチをストーリーに絡ませるために史実をいじったことをご容赦願いたい。

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