第19話 海賊シャーロットと海岸の兄弟の誓い①
※作注
本作品に登場するエドワード・ティーチについては、作品のキャラクターとからめさせるために史実の時系列を変えているところがあります。
ジェーンは迎えの船の荷積みが終わった翌日、お付きの者たちとともに船に乗り込んだ。グリンクロス島では気の合う話し相手がおらず退屈しきっていたシャーロットは、せっかくの気の合う話し相手が帰ることに寂しい思いでいっぱいである。なんどもジェーンを抱きしめ、涙を流し別れを惜しんでいる。
「またこちらにお寄りくださいね……あなたと過ごした時間は何物にも代えられないわ。ああ、神様はなんて意地悪なんでしょう」
シャーロットは涙が止まらない。そしてジェーンも自由に過ごしたひと時が終わり、再びがんじがらめの生活で、しかも誰かを蹴落として誰かがのさばる、そんな駆け引きが暗躍する貴族社会に戻らねばならないのだ。
「楽しい時間をありがとう。感謝するわ。この島であなたと過ごした思い出を大切にするわね」
ジェーンも涙目である。王朝が絶えそうな今、各国や貴族社会の間では早くから次の世代がどうなるか持論でもちきりだった。ヨーロッパで繰り広げられているスペイン継承戦争もそうした各国の思惑があっての戦争である。
やがて別れの時間も終わり、ジェーンとお付きの者たちは船に乗り込む。さすがに道中の安全は確保しないといけないと見えて、帰路は海軍の船が護衛についている。うるさいからと言ってジェーンをデッキから船内へ投げ入れたどこぞの海賊の扱いとはえらい違いだ。
満帆に風をはらませ、船が港を出ていく。ジェーンとシャーロットはお互いが小さく見えなくなるまで見送っている。お嬢様達はどこかで生活の変化、つまり冒険を求めていた。シャーロットとジェーンは自由に思いのままに生きているマリサを内心羨ましく思っていたのである。
そんなマリサはフレッドへの誤解も解けたものの、もとよりイライザやデイヴィス以外の人間に対して距離をおくようにしていたので特に親密になる様子はない。マリサの片手の距離以内に不用意に近づこうものなら、遠慮なくサーベルだの小刀だので傷つけられる恐れがあった。それは頭目としての立場上、常に身を守ることを徹底的に仕込まれた結果であって、それが『裏切り者は頭目が始末する』ことにもなっていた。
しかしこの日は朝から機嫌がいい。総督やシャーロット、お屋敷の幾人かが見送りに行っており、自分に引っかかるものはないのだ。ただしある人を除いて……。
「朝からお掃除お疲れ様、いいお嫁さんになれるわよ」
今やマリサにとって頭が上がらない存在と化したスーパーマダム、ハリエットである。
屋敷で勝手に使用人として過ごしているマリサはいい加減に船へ帰りたかったのだが、船の準備がまだ整わないのでとにかく朝から働いて気を紛らわせていた。そのマリサに何かにつけ声をかけてくるのだ。
「航海へ出る前に一緒にホットパイをつくりましょうね。ホットパイは息子の好物なの。あなたにとっておきのホットパイの作り方を教えてあげるから覚えて頂戴ね」
「……はい?」
せっかく機嫌よく過ごしていたのに彼女のこの『息子よろしくアピール』に押されそうになっている。
(ホットパイか……確かに航海で食べられるもんじゃないな。食べさせたら連中が喜ぶかもしれないから覚えておいて損はないな)
そう心に言い聞かせるとマリサは夫人に負けない笑顔で応えた。
「ええ、航海までにお願いしますね」
総督の屋敷に海賊を送り込んだ”黒ひげ”はどうなっていただろうか。実はマリサが”黒ひげ”の手下を役人に引き渡していたとき、作戦の失敗を察したエドワード・ティーチ船長はいち早くグリンクロス島を出ていたのである。そして商船にカモフラージュし、何食わぬ顔でまた港へ入っていた。
「全く、人の邪魔ばかりしておもしろくねえ女だ。こうなっちゃあ、何としてもお前を俺様になびかせて見せるぜ。イブ(ティーチの愛人)には悪いが……まあ、俺様は強い海賊だ、なびく女はそこいらじゅうにいるってもんだ」
かなりの思い込みと思い違いで出来上がった自尊心はいつしかマリサを自分のものとしたいと考えていた。そして略奪品の中から高そうなレースが付いた服を着ると船長室の鏡を見てうっとりしていた。
「いい男じゃあねえか。まんざらじゃあねえな」
ティーチは長いあごひげをなでると密かに船を降りていった。
修理がほぼ終わっているデイヴィージョーンズ号。連中も久しぶりの休暇を満喫し、戻りつつあった。ただ積み荷や買い付けについては主計長だったコゼッティがマリサに始末されてから不在のままであり、作業が進まない原因となっていた。
「マリサはまだ帰ってこないが主計長は必要だ。早く人材が欲しいもんだな」
デイヴィスが珍しく口にする。人と話すことがめっきり減ったデイヴィスだが、人材不足は肌で感じているようだ。そしてアーサー・ケイにこう頼みごとをする。
「総督の屋敷にいるマリサに用があるから戻ってきてほしいと言ってくれ」
ジェーンの見送りから帰った総督とシャーロットだが、いつものように執務に入る総督と比べ、シャーロットは気落ちして元気がないようだった。これが普通の家族なら姉妹で語り合うこともあるのだが、マリサはあまりシャーロットとかかわろうとはしない。シャーロットは退屈以上に寂しい思いがあった。
そんなシャーロットの様子に総督は気づき、二人を会わそうとする。しかし当のマリサは目下使用人としての業務に徹しており、毛織物の衣類の洗濯物を仲間の使用人たちとやっている最中でシャーロットにかかわっていられなかった。シャーロットはそれを察して何を思ったかマリサが使っている使用人の部屋へ入っていった。そしておもむろにドレスを脱ぎ捨てるとマリサが船で着ているシャツやズボン、サッシュを身に着け、まとめ髪を下ろして1つに結ぶと、使えもしないサーベルまで装備したのである。こうなると見た目は完全に『マリサ』だった。シャーロットはワクワクした気持ちになり、堂々と玄関から出ていった。
そこへデイヴィスからの頼みでマリサに用があるために馬を走らせていたアーサーが通りかかる。
「もう船に帰ってもいいのか?デイヴィス船長が待っているぞ」
この言葉にシャーロットはニコッとし、馬に乗る。
「さあ、いきましょう」
マリサに扮したシャーロットの言葉に違和感を覚えながらも港へ走るアーサー。
「船の主計長が不在で荷積みの業務がうまく回らない。人手が欲しいってことだ」
「それは難しいことではないわ。私に任せて」
港まで来ると馬を降りたシャーロットは町を出歩く。歩き方も実におしとやかで、その後ろを不思議そうな目でアーサーがついていく。
(なんだ?屋敷で過ごしたせいでお嬢様になっちまったか?なんかおかしいぞ)
妙な違和感が漂うが今はついていくだけで精いっぱいだ。
とそこへシャーロットが道端にいたある男の前で立ち止まる。
「あなた、お腹がすいているの?仕事がないの?」
シャーロットに声をかけられた男はまだ若いようだったが痩せて座り込んでいる。
「……もう二日も食べていない……有り金全部すられた。ちくしょう、俺が酒に酔いつぶれさえしなければ……」
話を聞くと男は酔いつぶれたときにお金を盗まれてしまったらしい。
「そうね、それは困ったわね。じゃあ、お腹がいっぱいになってお宝も手に入るかもしれない仕事をしてもらいましょうか」
シャーロットが声をかけると男は目を輝かせて返事をする。
「本当ですか、そいつは有難い。雇ってもらえるんなら海賊でも何でもしますよ。俺の名はモーガン、商船で働いていたこともある。よろしく頼む」
事の成り行きにアーサーは驚いてばかりだった。マリサに化けているシャーロットの様子どころか頃合いよく船乗りが見つかり、しかも冗談か本気か海賊でも何でもすると言ったのだ。これは神の思し召しかわからないままアーサーはモーガンと握手をする。シャーロットはずっと笑顔だ。
(おかしい……マリサはいつも仏頂面なのだが……)
不思議に思ったアーサーだが、屋敷暮らしが続いてお嬢様に感化されたのだと言い聞かせてモーガンを連れ、シャーロットと船に向かった。
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