第13話アカディア襲撃②

 その夜は新月であり、月明かりを気にすることなく作戦に入ることになった。通りすがりに海軍に協力したおかげで砲撃をくらい、まともに航行できなくなったブラッディメアリー号は囮船としてその役目を遂行することになった。

「囮作戦については海軍の人員を回すことができるが、何人くらい必要か」

 フレッドの言葉にすかさずマリサが返す。

「それはどうもご心配をありがとう。せっかくだが海軍様の派遣はいらない。こんな危険な役目はあたし達だけでじゅうぶんだ」

 とマリサが拒否したため”青ザメ”と”赤毛”の『海賊』だけで行うことになった。危険が伴うからとは表向きの理由で、本当は自分たちの船の最後ぐらいは自分たちでやり遂げたい思いだ。それは自分の船を囮として破壊することになるアーサー・ケイへの最大のマリサの配慮だったのだ。


 海軍の作戦部隊はそれぞれボートに火薬を積み込み、密かに上陸し新月の闇に紛れて高台の砲台を爆破する計画である。そのため自分たちはわざとアカディアにいるフランス軍の気をひかせるために囮作戦を遂行するのだ。

「どうせなら派手にやってくれ。その代わり任務遂行後は家無し海賊の面倒を見てくれよ」

 アーサーはもうやけくそなのか腹をくくったのかわからないがため息交じりに吐き捨てる。

「ああ、『海岸の兄弟』は大切にするよ。あんたの寝場所がない時はあの海軍野郎を海に放り投げてやるからな」

 マリサは口角を上げる。海軍が信用ならないのではなくてフレッドが信用ならないのだ。

(せいぜい油断しておけよ。いつかこの手で正体を暴いてやるからな)

 作戦中はデイヴィージョーンズ号で提督からの任務を遂行するフレッドを一瞥しながらボートに火薬や油を積み込む。当のフレッドは時に殺気を漂わせるマリサに原因がわからず対応に苦慮しているのだが、そんな気持ちもマリサは無視をしていた。


 積み込みが終わり、闇の中にうっすらと浮かび上がるブラッディメアリー号。主なき船はミシミシと軋み音だけが辺りに響いており、まるで幽霊船のようだった。ボートから乗り移ったマリサ達は縮帆されていた帆を展開し、風をはらませた。新月とあって潮の満ち引きは大きく、大潮となっている。残された帆でフランス領アカディアまでちょっとした航海であり最後の航海だ。作戦のためデイヴィージョーンズ号も伴走している。そしてアカディアの港に向けて舵を切った。

「風と潮の流れが味方をしてくれる。今しか作戦のチャンスはない。失敗するなよ!」

 アーサーが”赤毛”の連中に声をかける。”赤毛”の大切な船、望み通り思い切り派手にやってやろう……。マリサは準備を進める。

甲板のいたるところに火薬樽を置き、導火線に火をつけた。

「よし、あとは結果を見せてやれ。あのうっとおしい海軍野郎にな!」

 マリサの声に囮部隊はボートに戻り、急いでデイヴィージョーンズ号に戻っていく。上陸部隊はすでに上陸したころか。

 風を受けたブラッディメアリー号は港へ向かって進んでいる。主なき幽霊船のように明かりもなく、軋み音だけをたてて……。

「いけ!」

 伴走していたデイヴィージョーンズ号は急遽回頭し、撤退していく。

 生きる屍と化したブラッディメアリー号は潮の流れと風の援護を受けて静かに港へ入る。そこには商船だけでなくウオーリアス提督の艦隊を攻撃したフリゲート艦や戦列艦も停泊していた。さすがに間近に来ると海軍の当直が異変に気付いたようだ。あわてた多くの水夫が甲板に出てくる。そこへ導火線をたどっていた火がゴールに達した。


バガーン!ドガーン!


 いたるところに置かれていた火薬が次々に爆発していく。破壊されていく船の部品が周りの船に飛び交う。間近のフリゲート艦が急いで砲門を開き砲撃の準備をする。しかし停まることを知らない囮船は遠慮なくフリゲート艦に接近した。

 叫び声を投げて逃げ惑う水夫たち。そして接舷可能な距離まで来た。


ドッガーン!!


 爆炎を上げて大爆発するブラッディメアリー号。そして巻き添えを被ったフリゲート艦。あたりには両船の破片が飛び散り、海面いっぱいに広がった。新月で暗いなかをさらに爆発による煙が充満し、視界が悪くなる。海に投げ出されて助かった者を救助しようと動き回るフランス海軍。


 一方でひそかに上陸をしたイギリス海軍の上陸部隊は高台の裏道を探し出し、小さな火の明かりだけでお台場まで到達していた。そこを守っている人員の対応は白兵戦に慣れている海賊が行うのだ。

 兵に声を上げさせることなくオオヤマが一人二人三人……他の連中はカットラスや小刀で攻めていく。そして海軍の上陸部隊が射程距離が長い大砲に爆薬を仕掛け、導火線を長くひく。そこへ港のほうが騒がしくなった。部隊は囮船が港へ到達したのを確認すると導火線に火をつけ、急いで崖の裏道を降り、ボートへ戻っていった。彼らについては提督の船やフリゲート艦より小型である爆弾ケッチのエトナ号が迎えた。

 港は囮船の『攻撃』で人員が集められていた。そこへ高台から大音響とともに火柱が上がった。


ボーン!ボーン!


 お台場の大砲が次々に爆破されていく。その破片は高台から宙を舞い、あたりに飛び散った。フランス軍や地域住民の驚きようは落ち着いて考えることができなくなるくらいだった。



 作戦は思惑通りになった。それぞれの船に戻り、公海において亡くなった乗員の水葬が行われている。亡くなった海賊たちの水葬は連中に見守られ、マリサとアーサーが聖書を読み上げた。海賊たちは特に宗派の争いをすることはない。それは集団の中でも人種や身分を問わない(身内を守るために身分を隠す海賊も少なくなかった)姿勢であり、特に『海岸の兄弟の誓い』で結ばれた”青ザメ”と”赤毛”ではカトリックであろうがイングランド国教会であろうが、ピューリタンであろうがそれを争いの種にすることはなかった。


   主よ、汝はいにしえより われらの住処にてましませり

   山いまだなりいでず

   汝いまだ地と世界とをつくりたまわざりしとき

   とこしえよりとこしえまで 汝は神なり

   汝 人を塵にかえらしめてのたまわく

   人の子よ 汝ら帰れと……(以下略)

   

    聖書交読文 詩90編 より


 海賊たちの遺体は亜麻袋に入れられ海へ流された。こんな儀式は二度とごめんだ、そんな思いである。遺体はいつかは朽ちていくだろうが海で死んだのなら本望だろう。

 仲間を見送った海賊たちはコップにラム酒を注ぎ入れ、最後の別れの言葉を口にする。


「海賊の死に乾杯!」

 

 各々が一気に飲み干す。仲間を多く失ったばかりか船までなくなったアーサーの気の落ちようは言葉に表せないほどだ。そんなアーサーに気の利いた言葉をかけられないマリサはこれ以上フレッドとかかわりを持ちたくないと思っている。今の自分に自制心があるからこそ総督との約束を反故にして連中を売るようなことはしたくない。しかしこの歯止めが効かなくなったらこの手で彼を殺してしまうかもしれない。マリサはあえてフレッドの視界に入らないようにしていたのだった。


 無事に任務を遂行したウオーリアス提督の艦隊は本国へ戻ることになった。お互いにけが人がいるうえに船の修理も必要だからだ。マリサはその後本国へ着くまでほとんどフレッドと言葉を交わすことはなかった。



 デイヴィスの怪我は航海中に少しずつ治癒していったが、なかなか治りきらなかった。そしてマリサの目にはデイヴィスが何かを恐れているように見えた。マリサが尊敬していた賢くて強いデイヴィスの別な一面であり、それは今までにもマリサが感じ取った『陰り』でもあるのだ。そんな思いをもちながらも航海は続き、数か月後に船はロンドン港へ入る。そして船は船大工による本格的な修理が始まった。


 艦隊が解かれたことにより、フレッドは休暇をもらい、少しの間だが家へ帰ることになった。フレッドは念のために聞こうとマリサに声をかける。

「よかったら……母に会わないか」

 マリサの機嫌の悪さは全く理由がわからないが、一度だけでも母に会わせた方がいいと思っていたのである。しかしこのことにマリサが逆上する。

「断る!」

 その場にいた連中は何事かと思い、二人を見つめる。そのことがまた引っかかってマリサは顔を背けるとギャレー(厨房)からラム酒を注ぎ入れ、一杯、二杯と飲み干し、自分の船室にこもった。こうなってはあたりバチがこわいので連中もかかわらない。

「なにがあったかわからないが、マリサの癇に障ったか誤解かどちらかだろう。今のままではあんたはマリサにやられるかもしれないぜ」

 そばにいた大耳ニコラスはフレッドに忠告した。

「そうだな……機嫌が悪い原因が全く分からない……何とかしなければとは思っている」

 フレッドは母に相談するのもやむなしだと思い、家路につくのだった。

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