第12話アカディア襲撃①

 海洋で繰り広げられているアン女王戦争、そして大陸で繰り広げられているスペイン継承戦争。発端はスペインのカルロス2世国王が世継ぎがないまま没したため、フランスのルイ14世が孫であるフェリペ5世を継承者としたことにある。これに対し、イギリスはカルロス3世(カール大公)を継承者としていた。海洋の覇権、大陸の覇権を巡って各国の思惑が戦争へと駆り立てていた。

 1711年4月、和平への転換となる事件が発生する。ドイツ皇帝ヨーゼフ1世が嗣子がないまま没した。必然的にそれまでイギリスがスペインの継承者としていたカルロス3世(大公カール)がオーストリアの支配者となり、皇帝カール6世に選ばれたのである。このことはイギリスとしてもスペイン王位を認めるわけにはいかなくなり、結果的にフランスと和平談判をすることになっていく。

 皇帝カール6世がそのままスペイン国王の座に就き、ドイツ皇帝を兼ねることになれば、大陸に巨大な支配力と影響力を持つ国が生まれることになるからである。昨年の11月に和平派のトーリー党が政権を握ったことに続くこの一件により、世の中は戦争から和平への道を模索していくことになる。


 ここはフランス領アカディア近海。雲一つない快晴であり、抜けるような空に不釣り合いな大砲の音としぶきの音が響いている。”青ザメ”は女王陛下の海軍の援護部隊として組まれ、後方から支援をする立場だ。全部で10隻ものフリゲート艦や爆弾ケッチで編成された今回の艦隊の総指揮者はウオーリアス提督であった。ウオーリアス提督は数多の海戦で名をあげ、その厳しさで脱走を企てる水夫もいた。彼の右足のひざから下が事故で欠損しており、ひざから下は木製の脚の代用品がはめられていた。そしてコツコツと松葉杖の音をさせて周りの水夫たちを恐怖に陥れていた。

 デイヴィージョーンズ号は海軍のように本格的に大砲を何基も積載しているわけではないので、白兵戦にならない限り後方支援にまわっていた。そして強制徴募隊で人員が集まらなかったために新たにこの海戦に海賊が加わっていた。アーサー・ケイ率いる海賊”赤毛”である。”赤毛”は早々に海賊(buccaneer)から海賊(pirate)へ移行しており、本来ならば海軍とともに海戦をするはずではないが、たまたま港に寄港したために声がかかったというわけだ。そのあたりは提督とアーサー・ケイの取引があってのことだ。

 艦隊の前方にいるフリゲート艦2隻とそれに挟まれた格好の爆弾ケッチ2隻が港を襲撃する。後方の部隊はフランスの船に襲撃を阻止されないように砲撃をする。


ズドーン!ズドーン!


 水ぶきが大きく上がり、衝撃で大波が船を揺らす。爆弾ケッチの中にはスペインの植民地を襲撃したときにマリサ達が乗っていたエトナ号も活躍をしている。艦長はあのスミス艦長だった。捕虜の身から乗員諸共脱出し、船を取り戻したことを高く評価されていた。もっとも、あのきっかけを作ったのは他ならない海賊たちであった。


 そこへ金切り音とともに高台から砲撃される。


ドドーン!

 

 それは爆弾ケッチを飛び越えて後方にいるデイヴィージョーンズ号ほか海軍の船の間近に着弾した。

(射程距離が長い……今までの大砲とは違う)

 マリサは警戒した。

 提督が乗る4等艦(46門から60門の砲を積んだ戦列艦)レッドブレスト号はいち早くそのことに気付き、一時撤退命令をだす。そこへフランス海軍のフリゲート艦が艦隊の両側から迫ってきた。射程距離の長い高台からの砲撃に加え、両側から接近してくるフランス海軍の船。すでに砲門が開いている。

 デイヴィージョーンズ号も迎え撃つために砲門を開くが圧倒的に砲の数が違う。


 ズドーン、ズドーン、ズドーン


 デイヴィージョーンズ号左舷側に着弾し、水柱とともに船が大きく傾いた。たちまちしぶきが雨のように甲板に降り注ぐ。連中もバランスを崩し、甲板を滑っていった。あたりは破壊されたヤードの破片が散らかる。そしてもう一発


ズドーン


 わざと喫水線を狙っているのだ。衝撃で倒れこむマリサ。マリサだけではない、デイヴィスも衝撃で倒れその体に部品が落ちてきた。

「デイヴィス!大丈夫か、ハミルトンを呼んでくる!」

 デイヴィスが顔をゆがませている。見るとシャツを右肩から胸にかけて血で染めうわごとを言っている。

「マリサ、オーレインとスミスが死んだ……」

「いまはしゃべるなよ、じっとしてて」

 マリサは駆けつけた船医ハミルトンと連中にデイヴィスを中へ運ばせた。とにかく止血をしなければならない。そしてその事実はデイヴィージョーンズ号の歴史を塗り替えた。今までけが人は出ても死者は出していなかった。海賊行為と戦争は違う。それだけ戦い方が違うというのは不利だった。今できることは銃で相手の水夫を少しでも撃ち殺すことか。

 

 砲台からの攻撃はますます強くなっていく。

 撤退しながらも迎え撃つ各船とデイヴィージョーンズ号と”赤毛”のブラッディメアリー号。砲撃を受け、転桁索やヤードの一部が破壊された。それだけではなくブラッディメアリー号はメインマストが破壊された。提督の船は圧倒的に有利に迎え撃っているが、そもそもこちらは白兵戦がものをいう海賊であり、戦い方が違う。しかしそんな言い訳は通用しない。迷っている時間はないのだ。

 艦隊は爆弾ケッチを艦隊の内側にして砲撃をしながら速度を上げて撤退をしていく。


 艦隊が公海へ入ったとき、10隻の船のうち2隻は沈められ、撤退できたのは8隻だった。そのうち無傷なのは爆弾ケッチと提督の4等艦レッドブレスト(むねあかどり)号だけである。残りは何らかの損傷を受けていたり人員が負傷したりしていた。

 

 メインマストが破壊され甲板も穴が開いているブラッディメアリー号はもはや長い航海は無理である。かといってこのまま逃げたくはない。”赤毛”の死者は12人で、航海に必要な人員もやられてしまった。フリゲート艦なら他の戦いもできただろうが自分たちは協力をすれど海軍ではない。アーサー・ケイは悔しさのあまり拳を握りしめる。


 船の応急修理とけが人の手当てが急いで行われる中、フレッド他、各船の艦長がレッドブレスト号に召集される。これからどう戦うか提督と会議をするのだ。

 

 会議が終わってフレッドがデイヴィージョーンズ号に戻ってきたときにはあらかたの負傷者の手当ては終わっていた。こういったことに慣れている船医ハミルトンの成果である。しかしデイヴィスの負傷は安静が必要だったため、以降の船の操舵については航海長である大耳ニコラスが代わることになった。

 フレッドはマリサや連中を集めると提督からの指示を伝える。

「この襲撃を成功させるには高台の砲台を何としても破壊しなければならない。そこで夜襲をかけることになった。ボートに乗り込み、崖に上陸し、火薬庫爆破、大砲を破壊する。その作戦にはレッドブレスト号、デイヴィージョーンズ号、ブラッディメアリー号の人員が加わることになる。そして作戦の中に……ブラッディーメアリー号を囮に使うことが記されている」

 その場にいた連中……特に”赤毛”の連中が騒ぎ立てる。

「俺たちの船を囮にって、船を見捨てろってことか!はじめっから俺たちを捨て駒に使う気だったのか!」

 アーサー・ケイの怒りは収まらない。海軍に義理があったわけではないのにたまたま声がかかったから協力してやった。それなのに囮になれということは……。協力して攻撃され、まともに航行できないと知ると囮になれとは……。それはマリサも同じ気持ちだった。

「この場でどうこう言っても提督の指示は変わらない。海軍のフレッド様に何を言っても無駄だよ。アーサー、”赤毛”と”青ザメ”は『海岸の兄弟の誓い』をたてている仲間だ、作戦後はこの船に乗ってもらうとする。ただ、こんな仕打ちをする海軍をあたしは軽蔑するからな!」

 そう言ってフレッドを睨むつけるとマリサは黙り込んだ。フレッドと距離を置くようになってから業務上必要なこと以外は話をすることもそばにいることもない。

 そのフレッドの説明後は作戦遂行に備えて準備をするために連中は各々の仕事に入っていく。


 大耳ニコラスはデイヴィスに代わって操舵をしながらフレッドとマリサの様子が気になっている。いや、あのスペイン領のクエリダ・ペルソナ島を脱出して以降様子がおかしいのだ。それはうすうす他の連中も気が付いている。

(どうもこれは『じゃじゃ馬ならし』がうまくいってねえようだな……フレッド、シェークスピアの作品を読んだかい?マリサを馴らすには読んでおいたほうがいいぜ)

 そう独り言を言いながら準備をしている連中を見つめていた。

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