第17話 招かれざる客
ウオルター総督の屋敷ではすでにジェーンがキンキン声をあげていた。総督とシャーロットが出迎えた途端にその声は始まった。
「なぜおまえがそこにいるの?」
自分を貴族として扱わなかったばかりかモノ扱いしたあのマリサと同じ顔をした人物がそこにいたからである。総督は令嬢御一行がデイヴィージョーンズ号に乗船していたことを知り、説明をしなければならなかった。
「申し訳ございません。ここにいるのはシャーロット、私の娘であります。そしてあなたが乗船された船にいたのはマリサといい、彼女も私の娘であります。船については私から特別艤装許可証をだしており、ときには女王陛下の海軍とともに行動をすることがあります。マリサが無礼を働いたことと思いますが、どうか私に免じてお許し願えませんでしょうか」
丁寧に説明をする総督を前にジェーンは驚きを隠せないでいた。
「どんな理由か知りたくもありませんが、レディの環境としてはどうかと思いますわ。この私をデッキから船内へ投げ入れたんですからね!」
ジェーンの言葉に総督他、その場の人々は驚きのあまり言葉を失う。無礼にもほどがある。そこでその場にいた自称マリサの後見人であるオルソンが補足する。
「わたしの教育不足で大変不快な思いをさせてしまいましたことをお詫びいたします。そこはスチーブンソン夫人としっかりと教育しますので数々の無礼をお許しください」
オルソンの言葉を受けてハリエットは何度も頷いている。
マリサはそんなやり取りを知る由もなく、屋敷の使用人たちと洗濯をしている。目の前にシャーロットと同じ顔をした『使用人』マリサがいることではじめは緊張していた使用人たちも、マリサが全く違和感なく当たり前に洗濯をしているので打ち解けていく。その横では、お湯洗いをするため使用人の一人が庭のかまどでお湯を沸かせた。
「家事はすべてイライザ母さんから教わったよ。洗濯だけでなく掃除をすることも料理もね……まあ、あたしが作るものは塩気が多いけどね。シャーロットと同じ顔をしていてもあたしはあたしだからお嬢様扱いはやめてくれ」
水を張った洗濯たらいに船から降ろした自分の洗濯物を入れ、足で踏み洗いをしているマリサ。周りの使用人たちは立場を共有できたとあって嬉しそうだ。おしゃべりをしながら一緒に洗濯を始める。マリサもドレスを着てすまし顔で一日暮らすよりはこのほうがずっと落ち着いていた。
育ての母であるイライザは、まさかマリサが海を選ぶとは思わなかったので家事の手伝いだけでなく、女性としてのたしなみを教えていた。しかしマリサが海を選んでしまってから言葉は荒くなるし、自分の前に姿を見せるたびに白兵戦でつけた傷を見ることになるので、待つ身としては恋人のデイヴィス以上に心配をしていた。もっとも、イライザの心配をマリサはさほど気にしてはいなかった。デイヴィスの土産話や同じ海賊であった父親のことをまるで冒険話のように聞いて育ったので、どんなに不便で怖くても海がいいと選んだのである。そのことについてデイヴィスは船を女性が1名住むだけの環境を整えるべく改造したのだ(さすがに連中のように外で排泄をさせることはできなかったので海軍のように外付けで場所を確保した)。マリサは自分の立ち位置を自覚してから刀剣手長のオオヤマやギルバート、オルソンなどに徹底的に剣や銃の扱いを叩きこまれ、その身の軽さもありマリサは能力を伸ばしていった。小刀ははっきりいってマリサの趣味であった。(感情任せに投げつけるので連中は迷惑をしていたが)
色鮮やかな野鳥のさえずりを聞きながら女の使用人たちはマリサと洗濯をしている。ドレスなど本当に洗濯しづらいもので、水気を取って絞り、広げて干すのはなかなかいい仕事だが、それでも仲間がいれば楽しい。これは海賊であろうがなかろうが変わらないことだろう。
マリサと使用人たちが洗濯物を干し終わったとき、屋敷の広間の方から悲鳴が聞こえた。どうやらジェーンの声のようだが、他にも女性の悲鳴や男のわめき散らす声が聞こえた。様子もわからず洗濯場の使用人たちは立ち止まり、声も出ないようだ。
マリサはその場にいた使用人たちを後ろの納屋へ避難させると庭の片隅に置いていたサーベルを手にする。そこへどやどやと幾人かの男たちが叫びながら現れた。
「使用人は黙ってろ!手を出すんじゃねえ!」
日に焼け、薄汚れた服を着た男たちがマリサを囲む。彼らからは潮のにおいがした。間違いなく彼らは船乗りだろう……マリサはどこかでこの男たちにあったような気がした。その男たちはうっとしいと言わんばかりに干してあった洗濯物を払い、地面に落とす。この行為がマリサの沸点にきた。
「おいこら、よくも洗濯物を落としてくれたな」
サーベルを抜くと構える。一人で5人、しかも今はスカートだ。動きが取れるかどうかだがそんなことを気にしてもいられない。
「なんだ、使用人のくせしてやる気か?”黒ひげ”を相手にする気か」
(……そうか、こいつらは”黒ひげ”か。あのエドワード・ティーチ船長の……それで見たことがある気がしたんだ)
以前、マリサを殺そうとしたあのエドワード・ティーチ率いる海賊だ。思わずサーベルを持つ手に力が入る。
「相手にするも何も……時間かけてせっかく洗濯をしたのに地面にわざと落とされたら怒るにきまってるだろうが!洗濯物のお返しをしてやる」
「ははあ?なにを馬鹿なことをぬかしやがって」
一人の男が落ちた洗濯物を踏みつけた。マリサの怒りは抑えようがないほどだった。
「こい!”黒ひげ”の野郎、”青ザメ”のマリサが相手にしてやる」
マリサは被っていたリネンのヘアキャップを脱ぎ捨てた。
「マリサ?使用人じゃないのか」
男が慌てている。マリサはハリエットに負けないくらいの笑顔で答えた。
「海賊が使用人の格好をしていたらいけないのか?総督やご令嬢に何かしでかしたら速攻で海軍が追ってくるぜ。何せ、”青ザメ”は海軍と協力関係にあるからな」
余裕の笑みに男たちがかかってくる。迎えうつがさすがにスカートをはいての動きは足もとがおぼつかない。そんなマリサの視界にあるものが入る。マリサはサーベルを持ち替えるとそばにあった柄杓で煮え立ってる熱湯を男たちめがけて投げつけた。湯洗いのために沸かしていたお湯だ。
「ぎゃあ!アチチ!」
とっさに顔を手で隠しながらわめく男たちを切りつける。一人、二人、三人……。それでも挑んでくる四人目五人目にめがけてもう一度熱湯のサービスをする。
「うわっちっち!」
切りつけられた五人は武器を取り上げられ、納屋に隠れていた使用人たちとマリサとでそのまま柱に縛り付けられる。マリサは騒ぎを聞きつけてきた男の使用人に島の役人を呼ぶように言う。
「さあ、いったい何を企んでいるのか聞こうじゃないか」
マリサが”黒ひげ”の一人に声をかける。
「ここに本土の有力な貴族様がいるときいたからな、身代金をたんまりもらおうと。大広間の仲間はとっくにご令嬢を人質にしているぜ」
「なるほど、それはどうもありがとう。貴人を人質にして身代金とはあんたたちもしけてんな。そんなのは海賊の仕事じゃないと思うがなあ」
マリサは拘束した”黒ひげ”の男たちを任せると、叫び声が聞こえた大広間へ急いだ。
はたして広間ではフレッドとオルソンが”黒ひげ”の仲間6人を相手にしていた。そこにはジェーンとお付きの者、総督とシャーロット、そしてハリエットがいる。部屋の外ではランドー婆やがおろおろしながら泣きそうな顔をしており、マリサを見ると一度に泣き崩れた。
マリサは彼女に洗濯場へ行って使用人たちといるよう指示をだし、すでに役人を呼んであることを話すと広間に入っていった。
総督の広間は広いテラスを兼ね備えたものだった。おそらく”黒ひげ”はテラスから忍び込んだのだろう。そしてその中にはあのアダムもいた。マリサが裏切者コゼッティを殺すために居酒屋へのりこんだとき、マリサに毒を飲ませた……本人は知らなかったらしいが……あのアダムである。恐らく今回も言われるままになっているだろう。
「”黒ひげ”の皆さん、ようこそグリンクロス島総督の屋敷へ。かわいそうにおバカな船長の言われるままにこんなことをやってしまったか。アダム、あんたにまた会えるとはな」
マリサがアダムに目をやる。アダムは体を小刻みに震わせて総督に小刀を突き付けており、その様子から彼がいやいややっていることがみてとれる。ジェーンやシャーロット、スチーブンソン夫人もそれぞれ人質となった格好だ。これではフレッドとオルソンだけでは間に合わないだろう。
「あんたたちがどれだけおバカか言ってやるよ。いいか、ここでご令嬢を人質にとっても身代金を請求する時間はあるのか。本土にご令嬢を人質にとったから身代金よこせって手紙書いても、この島から本土までの時間とその返事が返ってくるまでの時間を考えたら全く賢いやり方だとは思えないがね。すでに他の仲間は洗濯場の柱に縛り付けてあるぜ。役人も呼んであるからじきに到着するぞ。ほら、馬の蹄の音が聞こえるだろう?」
確かに蹄の音が聞こえる。マリサが事前に呼ぶようにいっていた役人が到着したようだ。
「アダム、今すぐ総督の首から小刀を外せ。そうすれば総督はあんたの減刑に努めるだろう。あんたは海賊には向かない、ここで総督からチャンスをもらえ。そして出直せ」
マリサがそう言うとアダムはすべてを理解したかのように大きく息をした。彼のおどおどした性格は海賊には向かない。それを自覚しているのだろう。そして突き付けていた小刀を降ろした。総督はマリサをみると大きく頷いた。
その直後に役人たちがどやどやと入ってくる。フレッドとオルソンはテラス側につき、逃亡を防ぐ。
「や、やべえ!船長はこんなこと言わなかった」
他の”黒ひげ”の5人は次々に投降し役人に捕らえられていく。あのアダムもである。しかし彼は総督によって減刑を受けるだろう。今ごろティーチ船長は仲間からの吉報を待ち続けている。彼の処遇についてはこの島の役人や総督がすべきであってマリサが関与することではない。
役人が捕らえた”黒ひげ”とともに引き上げたあと、広間の片づけが続く。その日行われるジェーンご一行様の歓迎の宴の準備のためであった。
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